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『嘔吐 -Another-』第6話
昨日から数えて何度目とも数えるのも億劫なくらい、彼をずるずると引き摺ってベッドに戻して、ふとヘッドボードの小さな引き出しを開けると探していた薬とシートがあった。
あぁ、よかった、あった。
ほっ、と息を吐いて二度寝でもしようかと思ったけれど、どうにもそんな気分ではなくて。へたり込む様に床に座る。
ジーンズや下着が散らばっていて、拾い上げてせめて洗濯機に入れないとと思ってみても、億劫で。
床に落っこちていた携帯を拾い上げてベッドに背を預ける。
あぁ、ネットで買える、かな、──……ダブルベッド。
ついさっき寝起きで寝惚けている上に、熱で浮かされていた彼が示唆した事の意味はわかっている。わかってる、……──。
大手の通販サイトを開いて、躊躇なくダブルベッドを検索する。
この木製の、いいな。でもぜんじろーくんは、こっちの黒いのの方が好きそう。安いのだったら2万円くらいからあるんだ。部屋は狭くなるけど、サイドボードもついでにほしいなあ、なんて。思っている内に画面が歪む。
収納付きのなら、ぜんじろーくんの分の洋服を入れるのにも丁度いいかな。マットも買わなきゃ、布団も必要ですよね。
目についたぜんじろーくん好みのモノトーンの、ぜんじろーくんの洋服も収納できる、おしゃれなダブルベッドと、星5評価のマットレス、僕好みのネイビーのシーツを選んでワンタップ。
カートに入れて46,080円。決済はネットバンキングで。
あすにはお届けの文字が沁みた。ぽたり、と落ちた雫の出どころがわからない。
そのせいで、くしゃ、と僕の髪を優しく掴むみたいに撫でたのがぜんじろーくんだと気付くのがワンテンポ遅れた。
「セオ、さ、熱さがったら、ちゃんと出ていきます、おれ。あれ、……セオさん?」
舌っ足らずな口調で確信的な事を言うぜんじろーくんを振り返れない。今はダメ、泣いてるなんて年下のぜんじろーくんには知られたくない。カッコ悪い、じゃないですか、
「んー……?あぁ、ぜんじろーくん?水持ってくる?」
「え、セオさん、もしかして寝てた、んすか、」
驚いた声色のぜんじろーくんにちゃんと否定してあげたいけど、いつも通りを装って、気遣いを装った言葉を掛けるのが精一杯。
バレないように立ち上がって水を取りにいく最中で、目を擦ってみても次々に溢れる雫が止まらない。
ぐちゃぐちゃに濡れた手で何度も何度も顔を拭いながらグラスに水を注いで寝室に戻ろうと思うのに足が竦む。
いつもの何倍も何十倍も時間を掛けてリビングを通って寝室に戻ったけれど、ぜんじろーくんの顔が見れない。
なのに、
「あの、さっきも言ったんすけど、その。熱さがったら、」
追い打ちなんて掛けてくるから。
「うん。えっちするって約束です」
ぜんじろーくんの顔色が良くなったらえっちしましょう、って僕、言いましたよ。今日はだめだけど、ぜんじろーくんの顔色が良くなったらえっちしましょう、って、僕。
「お願い。うん、そうだったって言って。言って下さい。言い、なさい、ぜんじろー、」
気付いた時にはもう何もかもが遅くて、折角注いできた水が並々に入ったグラスが手からすり抜けていく。
ベッドの上に落ちて布団に思いきり零れて濡れた。でも買い替えるからどうでもいいんです、こんな狭苦しいベッドなんて。
未だに顔を直視できないぜんじろーくん目掛けて覆い被さりながら、やっぱり涙、止まらない。
「違うくねーですか、それ」
「……違いません」
「そ、すか」
「えっちするって、約束しました、」
「や、あの。一番サイテーなパターンだと思うんすよ、それ。喧嘩した後、ごめんとか言わずにセックスみてーな事してなあなあで仲直りって。一番だめなやつですよ、大人として」
「ダブルベッドならさっきネットで注文しました」
「や、そーいう事じゃねーから。ちげーから、セオさんそれ絶対間違ってっから」
夜中に僕にしがみついてきていた筈のぜんじろーくんに、今度は僕がしがみついていて。
そしたら、ちゃんと抱きしめ返してくれてて。
「っ、ふは、もうなんなんすか、まじで。ずりーよ、ははっ、やべえセオさんやべ、へへ、ははは、っやべーってまじで」
だめな僕を笑い飛ばしながらもあやすみたいに背中をぽんぽん撫でてくれて、いて。
「好きですセオさん、大好きです。いちばん好きです、どうしたらいいんすか、これ」
「一緒に居ればいいと思います」
「そ、すか。そーすよね、わかりました」
「はい、ぜんじろーくんの物分かりが良くなって安心しました」
熱、あるくせに。具合よくないくせに。どこにそんな力が残ってたんですかって力で引っ張られて体勢崩されて、ベッドに転がされて。勝手に腕をセッティングして勝手に頭乗っけて、見られたくなんてないのに、じっと僕を見てくるぜんじろーくんはまだ頬っぺたが赤い。でも満足げにふふって笑って目を閉じるから、つられて笑って目を閉じる。
起きたら、ちゃんと、ごめんなさい、って謝るから、だから、
「せおさん、おやすみ」
「おやすみなさい、ぜんじろーくん」
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