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『嘔吐 -Result-』

じとり、と額に滲む汗が気持ち悪くて、まだ眠てぇまだ眠てぇって重々しい瞼を強引に開く。 仰向けで寝てたらしい俺の肩口にセオさんが額くっつけて寝てて。あーやべえ可愛い好きって思う自分が嫌だ。 なんでこんなに好きんなっちまったんすかね、何でっすかね、なーんて。もう言わねぇっすよ、好きなもんは好きなんだからしゃーねーじゃん。 そんな事より、あまり考えたくないけど、既に陽が傾き始めている。 丸一日寝てた。日曜だったのに。割とショック。 それに、あー煙草吸いてえまだ頭重てぇけど体だりいけど、ヤニ、ニコチン、とにかく煙草。吸いてえ。って既にニコチン中毒も重症な体が悲鳴上げてる。 好い加減起きないと。 ゆっくりと肘をついて半身を起こす途中でもぞもぞとセオさんが動くのを背後に感じたけど、起き上がる気配はない。まあいっか。 何だっけ何があったんだっけ何してたんだっけ、ああ喧嘩か俺ら喧嘩したんだった。仲直りびみょーにしてねえじゃん。なあなあで無かった事になんのかな。俺マジで昨日死にそうなくらい辛かったんすけど。 あ、でも俺もひでえ事言った、セオさんに。あ、ちょっと、ってかだいぶ気まずい、これ。 ベッドの上で暫く座って、ぼう、とした後で振り返ると寝惚け眼と視線がかち合った。 「たばこ吸うだけっすから、ねてていーっすよ」 「ん、」 ふわふわでよくうねる、くっしゃくしゃな髪に手を伸ばして撫でたら小さく声が返ってきたけど、まだセオさんは起きるつもりはないらしくて目を伏せた。 そういえばちゃんとセオさんの事がはっきりと見えている。朝のはマジでやばかった、マジでセオさんぼやけてたもん、そんなの異常じゃないっすか。そんなの可笑しいんすよ。確かに熱で可笑しくなってたんで、しょうがねぇんすけどね。 くぁ、と欠伸を漏らしてバキバキの体を解すのに背伸びを一つ。 極力揺らさないように立ち上がってセオさんを跨いでベッドから下りる。 床に投げ捨てられたジーンズを拾い上げて、尻ポケットに手を突っ込んだら拉げた煙草。 ぐっちゃぐっちゃに押し潰れて既に楕円でもない平たいシガレットは果たしてまだ吸引出来るか不安なところだ。 だからってとぼとぼ歩いて最寄りのコンビニまで新しいのを買いに行くのは面倒で、セオさんの電子タバコを拝借するのも気乗りしない。 寝室の奥のベランダに続く掃き出し窓を開けて安物の白黒のサンダルを突っかけて、これまたやっすい折り畳みの踏み台を椅子替わりにして腰掛ける。 フェンス越しに住宅街が広がるだけのつまらない景色を見下ろしながら、潰れたシガレットに火を点けたらやっぱり吸い心地は良くなかった。 風味もイマイチでお世辞にも美味いとは言えず、喉を掠って肺に流れていく煙が異様に重たい。 具合悪い時の煙草って、こんなに不味かったっけ。 「中で吸えばいいのに」 不意に響く声に振り返ると、きちんと円形のスティックを加熱器具に差し込むセオさんがいた。 ギリギリ寝室ってラインでしゃがんで欠伸する姿すらさまになってて。さっきまで可愛い寝顔晒してたクセに、なんでそんな一瞬でカッコ良くなっちゃうんすかね、ずりーっすよ。 「や、なんか外の空気吸いたくて」 「そ。気分はどうですか」 「たばこが不味いっす」 「でしょうね」 ちょっとだけ俯いて頬を緩ませる、ただそれだけなのに、少し笑っただけなのに、ドキッとすんのが悔しい。 あ。俺も謝ってねーけど、セオさんも謝ってねーんすよ、昨日の事。 やっぱ良くねぇと思うんすよ、喧嘩とかしてさ、でさ、謝んないまんま日常に戻ってさ、有耶無耶にしてさ。 セオさんを眺めるのを止めてフェンスの下に視線を戻すけど、そんな風景より本当はセオさんの事を見てたい訳で。 面白くねーな、って限界まで燃えて匂いを変えた不味い煙草を揉み消して野晒しの灰皿に放り投げる。 ちっとも美味いとは思わないけど、2本目を取り出して火を点けたのは、まだ肺が満たされないから。 くちさびしいから。 「セオさん、あんね、俺ね、思ったんすよ。何思ったかっつーとね、なんつーか、なんて言ったら良いか、あー、わかんねーけど、でも、あんね、セオさ、」 「ぜんじろーくん、今まですみませんでした。昨日も、すみません」 昨日は言い過ぎましたすいません、セオさん。って言いたかったのに全然言葉にならなくて口籠っている内に先に謝ったのはセオさんの方で。 視線も体も動かせなくなった。 「仲直り、しませんか」 「、っ」 「最初は、僕なりに大事に扱ってるつもりだったんですよ。気付いたらノンケだからとか、いざって時に急に気変わりされたらどうしようなんて僕の方がビビっちゃって、不安にさせちゃいましたね、」 ぜんじろーくん、僕の事、すごく好きでいてくれてるのにね、と普段より饒舌に喋るセオさんが、いつの間にか立ち上がってて素足でベランダに下りてきてて、俺の頭を撫でてる。 急にバクバク五月蠅くなった心臓が無駄に焦燥を煽る。 ぼた、と長く伸びた不格好な灰がコンクリートの上に落ちた。 「謝ろ、としてたのに、なん、で先に。謝っちゃうん、すか」 「ずるい大人だから、ですかね」 「……ほ、んと、っすよ」 あ、やばい泣きそう。具合わりぃからかな、涙腺が緩んでんのかな。って考える俺の心ん中読んでるみたいにセオさんは相変わらず優しい手つきで頭撫でてて。 なんかちょっと恥ずかしい事もしれっと言われた気がするし、今セオさんの顔見たら俺もうダメんなっちゃうから見上げらんないすよ、無理っすよって思いながらズボンの裾を掴む。 「セ、オさん」 「ん?」 「おれ、も。言い過ぎたんで。すい、ません。だっ、て、寂しかったんす、よ。寂しかったんすもん。飽きられたか、もとか。見放され、た、かも、って。だっておれ、セオさんの事、すげー、好き。だし。はじめ、てなんすもん、男、好きになん、の、」 目が泳ぐ。 詰まって思ってる事全然すらすら出てこねーや、って視線揺らしてたら、屈み込んだセオさんが顔を覗き込んできて、 ちゅっ、 て鼻先にちゅーしてった。 「………っ、なん、で鼻なんすか、なんでっすか、ねえ、セオさんッ、」 暫く何が起きたか全然解んなくて硬直も解けなくて、漸く我に返ったらセオさんはさっさと寝室に引き返してて。 すっかり燃え尽きた煙草放って、もう酔っ払ってない筈なのに、くらくらするって程具合も悪くない筈なのに、どたばた忙しなく後に続いたら、そしたら、寝室のど真ん中で振り返って破顔したセオさんが、おいでって言うみたいに手を広げてっから、俺もうあーもう。 「晩ご飯、うどんでいいですか、それともお粥?」 「や、現実戻んの早すぎんだろ、ねえ。ここはちゅーするとこだと思うんすよ。鼻とか子供騙しじゃなくってさ、ちゃんとまうすとぅーまうすするシーンだと思うんすよ、ねえ」 セオさんの胸に飛び込んでぶつくさ可愛くない文句を吐いて可愛げのないおねだりでキスをせがんだら、少し体を離して器用に顎を持ち上げたセオさんがちょっとだけ高い位置から接吻を落としてくれた。  

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