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『エンニジア』
──……18時38分。閉店の時間まであと22分。
広くはない店内に1つしかないフィッティングルームは未だに使用中。
さっき来店したばかりの女子高生の3人組がレジカウンターの内側で退屈を露にしてる俺に向かって話し掛けてくる。
「ZENさんが店番してるっ」
「お昼のMANNEQUIN見ました!」
「今日、彼女さんとデートなんですね」
「今日デートなんで、もう店閉めてさっさとレジ締めるつもりだったんすけど、テメーら今日は何か買うんすか?」
ひどーい、何も買わないけどぉ、と口を尖らせる3人に向けて「買えよバーカ」と悪態を吐いてゲラゲラ笑う。
『MANNEQUIN』ってコーディネート写真共有アプリを切っ掛けに来店した3人組はほぼ毎日来店してくれている。近くの高校に通う17歳とかなんとか。
だが、ハンガーラックにぶら下がった服の凡そ全てには、手軽に手を出せるような額の値札は下がってない。
ロゴが刻印されただけの何入れるかも分かんねえような小さなポーチでさえ8,000円なんて馬鹿みたいな値段が付いている。
ガラスケースの中のアクセサリー類に至っては、豆粒みたいなペンダントトップ1つで56,000円なんてザラ。
たっけー服なんて買わない買えない、そんなガキでもどんな客でも、店に通い詰めてくれる“人”そのものが店員にとっては“宝”じゃないっすか。ってカッケーポリシー掲げて、気付いたら仲良くなってて、サヤちゃんとマイちゃんとアイネちゃんって名前まで覚えてっから、俺ってばエラい。
「彼女さんってどんな人ー?」
「んーどんな人ってなんすか、例えば?」
「見た目とかぁ、性格とかぁ、年上とか年下とか!」
「見た目は、なんだろ、俺よりでけーっすね。ちょーカッコいい。黒のスキニーが似合う感じでほせーけど、意外と力あんだよなぁ。あー、あと猫っ毛で優しそうなふいんきっつーかなんつーか、癒し系。マジで見てるだけで飯食える。性格も優しいっすよ、ちょっと意地悪だけど。年は俺より上っすね、俺よりちょーデキた大人って感じ」
ZENさんは長身好きで年上好き、と勝手にインプットして意外だと驚いた顔をする小柄な女子を尻目にキャッシュドロアから小銭を取り出してコインカウンターに流し込む。
だって今日俺デートっすからね。時間になったらとっとと入り口閉めて、売上を金庫にぶち込んで、そんでもう一仕事残ってるんで、色々早めに済ませてえんすよ。
なーんて事考えてんのに、全然気が付かずにコイバナの一つ二つ引き出してやろうって女の顔して、爛々と輝いた目がこっち見てる。やめろバーカ。
「えーなんかデキる女って感じぃ」
「わかるー!キャリアウーマン的な!」
「わかるー!六本木でOLとかやってそ~!」
「や、えんにじあっすよ」
上司のサポートとかばっちりで、後輩思いで面倒見よくて、え~勝ち目なーい、とか何とか勝手に盛り上がってっから、そんなんじゃないと否定した筈が、なんかシラけた。
あれ、セオさんの仕事って結構すげーんじゃなかったっけ。前に説明された時、意味わかんねー知らねー横文字ばっかで全っ然わかんなかったけど。
大手の企業とか出入りしてるし、設置した機械のメンテナンスしたり修理したり、プログラミングだっけなんかそーいうんもやってるっつってたんすけどね。俺そんなの一個も出来ねぇし、たぶん滅茶苦茶すげー仕事だと思うんすけど、あれ。
「っぷ、あはは、は」
「えっ!?ZENさん本気で言ってる!?」
「やばいウケる」
一拍置いてケラケラ笑い出した意味が全く以ってわかんなくて小首を傾げる。ツボに入ったらしくて笑うのに必死で何がそんなにおかしいか教えてくれる気配もねーしわかんねーけど、まぁいっか。
「──……、それを言うならシステムエンジニアじゃないですか?えんにじあ、って何ですか」
「あ、セオさん。やっぱ似合うっすね、黒のスキニー。白のシャツもイイ感じだし、オーバーサイズの黒いアウターもイイ感じっすけど、オーバートップス一枚の方がシンプルで似合いそう」
やっと試着室から出てきたセオさんが、顔を見るなり呆れ返った顔で正しい職種を教えてくれた。
え、うそ、え、もしかして、えっ、なんて声があからさまに聞こえるけど、もうそんなのどうでもいい。
俺の見立てた服を想像してたよりうんとずっと綺麗に着こなしたセオさんがバカカッコイイ。
でも、俺ならこう着るし、きっとセオさんも似合う、と思って見立ててみたものの、いざ実際の着こなしを見たら、確かにバカカッコイイけどなんか違う。
仕事帰りで黒の革靴だからとかそんなのを差し引いても、遊びが欠けてる。
んー、と唸りながら近寄って後襟引っ張って背中側に空間空けて、肩口を引き摺り落として全体に緩さを持たせる。
バックルの上までインナーの裾を捲り上げて中に折り込むみたいにくしゃつかせてタックイン風にして、下半身のライン強調して。
「ちょっとアウターのポケットに手突っ込んで、足は足首交差さして、んで入口の方見て。俺に顎のライン見せるみてーにちょっと角度つける感じで」
「え、こ、こうですか」
「あ、ちょーいい、マジでいい、やばい、そーそれ、そんな感じっすイイ感じ」
「ぜ、ZENさん、うちら帰ります!!」
「あー?りょーかーい、また明日~」
若干存在忘れてたけど、アイネちゃんが叫ぶみたいに声掛けてきて、言い終わるか言い終わらないかの内に全員一斉に入口の方までダッと走って行くのが見える。
適当に返事しながら尻ポケットからスマホ取り出してカメラ起動して。寒色系のフィルターか暖色系かはたまたセピアかモノクロかなんて考えて迷って、面倒臭くなってオリジナル。後でゆっくり加工すりゃいいんすよ。
雑誌の表紙を撮影するやり手のカメラマン気分でちょっとだけ屈んで下からのアングルで被写体を捉えたら、セオさんの耳が赤かった。
「耳赤いんすけど、試着室暑かったっすか」
「……ぜんじろーくんのせいですけど」
「え、俺?何かしましたっけ」
「……本気で言ってるんですか」
「あ、ちょっ、待ってセオさんストップ黙ってその角度でもう一枚いっときたいんで」
カシャッ、カシャッと手動でシャッター切りまくって、連写しまくる。ざっと十枚ちょっとさくっと撮って「おっけーっす、ありがとーございます」と声を掛けたらちょっと疲れたらしいセオさんが大きく息を吐いた。
まだ耳あけーけど大丈夫かな、なんて思いながらスマホを尻ポケットに仕舞い直して、レジに戻る。液晶に表示された時刻は19時13分。
あ、もう閉店時間すぎてんじゃん。
「セオさん、内鍵閉めてバック入ってきて。金庫に金入れたらもう行けっから、そんまま裏口から出て裏通りの方回って行った方が近いっす」
「わかりました」
金庫に現金ぶち込んで、ロッカーからカーキ色のオーバーサイズのアウターを引っ張り出す。アピアランス確認用の全身鏡の前に立ってさっきセオさんにしたように敢えて着崩した感じで身に纏ったら出来上がり。
「ほんとにこの格好で行くんですか」
「当たり前じゃないっすか」
「……そうですか、」
「色とか、ベルトとか、あ、あと靴とかちげーけど。やってみたかったんすもん、お揃いコーデ」
うちで一番でかいショップバックにスーツを綺麗に仕舞い込んで、ちょっとだけ違うだけのコーディネートでセオさんがバックヤードに入ってきた。
やばい、セオさんが俺好みの俺チョイスの俺っぽい服着てる、やばい、改めて見たらやっぱかっけえわ。
「さっきの写真は、いつものSNSにアップするんですか」
「んや、あれは待ち受けにします、って、あー、うわー……ツーショット撮りゃよかった、セオさんもっかいあっちで撮るのってアリっすか?」
なしですね、と言い放って裏口の方に向かってくセオさんの耳はやっぱり赤くって、熱でもあんじゃねーの大丈夫なんすかって聞こうと思ったけど、
「あの子達毎日来てるんだって思ったら嫉妬しそうになりました」
でも本人居るのも忘れて惚気るのはどうかと思いますよって理由を教えてくれたんで。
「えんにじあじゃなくってシステムエンジニアやってます、って自分からバラしたのセオさんっすからね」
って軽口叩いて、セオさんの手ひん握って店を出る。
だってセオさんの事キャリアウーマンできれーなねーちゃんだと思ってたんすよアイツら。カッケー大人のデキる男っすよって教えてやりたかったっすもん。
えんにじあはガチな言い間違いっすけどね。
はーずかし。
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