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『沈溺エクスタシー』 第1話

残業になりました。先に寝ててください。夕飯は済ませてきます。 最寄り駅の手前でセオさんからメッセージが届いた。 時間が合えば一緒に帰るが、時間が合わない事も屡。 りょーかいです、と返事して、スーパーにもコンビニにも立ち寄らず、一人とぼとぼ家路を辿る。一人ならカップ麺でいいや。 慣れた手つきで鍵を開けて、玄関に足を踏み入れた瞬間ホッとする程、すっかり住み着いて住み慣れたセオさんち。 無音が寂しいからなんて理由でテレビをつけて、ゴールデンタイムのバラエティをテキトーに垂れ流す。 日中立ちっぱなしで疲れた体をソファに沈めて、家主の目を気にせずふんぞり返る時間が寂しくも幸せだったりして。まあいつも気になんてしてねーけどね。 風呂も晩飯も後回しにして、暇つぶしにインストールした流行りのアクションRPGでも、なんて考えた矢先に、部屋にインターホンの音が鳴り響く。 またネットで何か買ったんだろうなぁ、と予想しながらモニターを覗いたら案の定。 緑と黄色のユニフォームのお兄さんを確認して玄関開けて、“せのお”とサインして荷物を受け取る。 「……衣類?ネクタイ?シャツ?まいいや」 品名、衣類。 衣類にしては厚みがあって、思った以上に重みがあるA3サイズの箱をローテーブルに置いて背伸びする。 寛ぎリラックスタイム、スイッチONとなる所に横槍を入れられて、だらだらする気が失せた。 疲れた、風呂入ろう。 シャワー浴びて、焼きそばすすって、ソファに座ってネットサーフィン。SNS見てゲームして、そんでまたネットサーフィン、エンドレス。 新作の洒落た格好良い柄物のシャツ、たけーけど欲しい。あ、あいつら今日はカラオケ行ってんだ。SSSレアピックアップガチャ、確率3倍ったって全然当たんねーじゃんやっぱ課金勢しか報われねぇ世界なんすか。 あ、そういや家とか一応探した方がいいかな、俺んち。それとも2DK以上の部屋探してセオさん一緒に、って、そりゃダメか。 「風邪引くよ」 「んん、っ……んー、」 スマホ片手に座った儘でこくこく居眠りしてたらしい俺の頭を優しく撫でながら、優しく起こす声に顔を顰める。 微睡みの中で撫でられてる感じと、耳心地いい声と。包まれた儘で朝まで寝たい。目開かない。無理。 「寝るならベッドに行っておいで」 「ンー……、」 「ほら」 優しいけど優しくないセオさんが、ソファに座ってそのままぐっすり、を前みたいに許す筈はなくて、がぶがぶ頭を揺すられて嫌々目を開ける。 寝惚け眼で背凭れに首を乗っけるみたいにして上を見たら、まだスーツ姿のセオさんと目が合った。 「おはよ」 「ん、」 「ただいま」 「ん……、かえり」 頭を撫でてた手がそのままネクタイに伸びて結び目を緩めて解く。 上着を脱いでソファに掛けて、Yシャツのボタンを一つ、二つ、三つ、と外すのをぼんやり眺めてやっと目が覚めてきた。 シュルリ、と布が擦れる音の後で取り払われた臙脂色のネクタイが上着の上に重ねて掛けられるのを目で追って、ふと思い出す。 「……あ、なんかとどいたっすよ、にもつ」 「ん?あぁ、開けて貰えますか?」 お着替え真っ只中のセオさんが俺の顔を見た後で、ローテーブルを一瞥した。 インナーとボクサーパンツのちょっと間抜けた姿で今しがた脱ぎ捨てたスーツを纏めて手に抱えて、寝室に向かいながらお願いされる。 まだぼんやりとしていて、眠気がずんずん瞼に圧を掛けてくるのを何とか我慢して、A3サイズの箱を手に取る。 開けやすいようにOPENと書かれた点線通りに段ボールをビリビリ破いて中を覗いた。 納品書と書かれたペラ紙を取り出して、その下に綺麗に並べられていたのは、 アダルトグッズ。 “売上No.1☆保湿力抜群!乾きにくい♪片手でらくらくワンキャップローション~クリアタイプ~” “先端が丸くて安全!ローション注入用シリンジ10ml” “2人で満足♥0mm感覚ぴったりフィット!オリジナル-0.02mm-” “初心者らくらく 小ぶりでなめらか挿入 Prostate正規品 Sサイズ” “アナルプラグ 電動機能つき前立腺マッサージ機” 各々にベタベタ貼られた販促シールが商品の概要と共に俺に優しく教えてくれる。これ、割とヤバいやつ。 掘られるやつじゃん、や、セックスはしてーけど、何この、え、何だこれ。 思わず全部に目通したけど、通しちまったけど。え、ちょっと、セオさん、なんでコレ俺に開けさせたんすか。 いつもちゃんと自分宛の荷物は自分で開封するじゃないっすか。ってことはあれっすよね、中身分かってて開けさせたんすよね。 眠気吹っ飛んだ、マジで。マジで眠気吹っ飛んだ。 「中身、確認してくれました?」 完全に思考がこんがらがって動転しまくってる所に、声を掛けられて、びくりと肩が跳ねる。 咄嗟に箱閉めて何も見てない事にしたいけど、そんな事にはならない。だって俺もう見ちゃったもん。 「ぜんじろーくん?」 「……っ、何すかこれ」 「そろそろ必要かなと思って」 買ってみました。 てへっみたいなニュアンスでちょっとお茶目さ出しながらセオさんが寝室から戻ってきた。 無理顔見れない。無理。絶対無理。 「コンドームと、ローションと、シリンジと、」 「あ、だっ、ちょ、言わなくていいんで!多分全部入ってたんで!はいこれ、多分全部入ってるんで!」 発注したブツの名前を一つ一つ列挙するのを止めて、箱をテーブルの上に戻す。 「お風呂入ってきますね、先に寝てていいですよ」 ぽんぽん、と頭を撫でてぺたぺた足音立てて浴室に向かっていく、その後ろ姿さえ今は見れない。 風呂入ってくるから先に寝てろって、や、あの、無理じゃねぇかな。だって俺今、多分俺のなんだ、その、あれだ、ケツの穴どうこうする為の、それ専用のアダルトグッズ、まじまじと眺めちゃったんすよ。 だって、え、俺もしかしたらこれからチョメチョメされっかもしれないんすよね。 ──……無理じゃね?寝れなくね?何言ってんだセオさん。

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