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『沈溺エクスタシー』 第2話

時刻は既にてっぺんを過ぎていて、遠くでセオさんがシャワーを浴びる音が聞こえる。 つけっ放しだったテレビは深夜のドキュメンタリーに変わっていて見知らぬ誰かの日常を映し出していた。真面目なトーンのナレーションが不気味で面白くない。 嫌でも目に入る茶色い段ボールをあくまで見えないふりして気にならないふりをしても、目に焼き付いた見慣れない器具のようなものの形が頭から離れない。 マットな質感、S字型のフックのような形状の中央から伸びるくびれたヘッド。 どこをどう挿入するのか。その時の感触は、感覚は。痛い苦しい、それとも意外と気持ちいい? 未経験で未開拓で未知の領域を、妄想めいたイメージで掴み取ろうとしたところで、正しい答えは見つからない。排出という正しい役割しか果たして来なかった開口部が、ナニかを迎え入れる入口としての役割を覚える時、果たして俺は何処を漂うんだろう。 煙草、吸おう。 ソファの上に投げ遣っていた煙草とライターを拾い上げて台所に向かう。相変わらず、浴室の方からは途切れず流れ続けるシャワーの音がざあざあと小さく聞こえている。 強、と書かれた換気扇のボタンを押下して、シャワーの音を掻き消すみたいにぼうぼうと響く音を聞きながら煙草に火を点け、肺一杯に煙を取り込んで精神の安定を図る。 今更になって怖気付いた心が、焦燥感と不安と恐怖と、それからほんの少しの好奇心を絡め取って渦巻いていて。ぼう、とする。 布団をかぶって空寝を決め込む勇気はなかった。勝手に中身を開け広げてマジマジと観察する程好奇心もデカくなくて。でも、でも。 セオさんとそれなりの事はしてみたくて。男女の其れのように繋がってフィットして、溶け合って混ざり合うあの幸福感を、できるならセオさんと共有した、くて。 だからと言ってセオさんを組み敷いて抱え込んで馬乗りで腰を振るのはイメージし辛くて。どちらかと言えばセオさんの腕の中で、肉付きの悪い胸板にすり寄って眠る時間の方が好きだったりして。 愚図愚図考えてる内に坩堝。 「寝ないの?」 実のところ、さっき換気扇の音の奥でシャワーの音が止まったのは既に知っていて。遅れてガラガラと浴室の扉が開いたのも聞こえていた。 だからセオさんが風呂から上がった事も分かってて、そろそろ戻ってくるのも分かってた。 それでも、既に燃え尽きて勝手に火を消して冷たくなったフィルタを指に挟んだ儘台所に立ち尽くしていたのは、戻ってきたセオさんがこうして声を掛けてくれて、背後から抱きしめてくれるのが分かっていたから。 「──、考えごと、してた」 「それは僕が勝手に買ったアレのせい?」 「……なんで買ったんすか、」 「その方が、ぜんじろーくんもきちんと気持ち良くなれると思って」 シャンプーとボディソープの香りを漂わせながらセオさんが肩口に顎を乗っけてくるのを甘受する。 セオさんが風呂に入る前にも似たような会話したっけ。 背後から伸びる俺のよりほんの少し大きな右手が、燃え滓になった吸い殻を引き抜いて灰皿に放った後で、左手と共に俺の腹部に絡み付く。 「僕の事がコワくなった?」 「んーん、怖くねえですよ。すきっすよ、」 「そう、よかった。僕も好きですよ」 「ん、」 「だからほら、今日はもう寝ないと」 「──……ためさ、ねーの、」 「試してみたいんですか?」 「──……ん、でも、途中でもし、その、こわく、なったら?」 「怖くないようにゆっくりするから。それでも怖くなったら、また試したくなった時にやってみればいいんですよ」 一つ一つ、ゆっくりと交わされる言葉を飲み込んで。 あやし上手なセオさんの手に掛かれば、焦燥も不安も恐怖も全て薄れていく。 腹部に絡んだ手に視線を落として、そっと触れて、手を重ねる。 「無理して焦る必要はないんですよ」 ねえセオさん、ほんとーに、怖くねーですか。 痛くない?ほんとーに、気持ちいい? 「──、だって、でも、ちゃんと、シてーじゃん、いい加減、」 不安をぶつける筈が口を突いたのは想定外のおねだりで、ずっと積み重なった色欲で。 耳元を掠めていく吐息が溜息なんかじゃなくって、小さな笑い声なんだと気づいた瞬間に、ぐしゃぐしゃ頭を撫でるセオさんが、あぁ、やっぱり好きだな、困ったなあなんて考えた。 「下、全部脱いでうつ伏せになって」 新調したばかりのベッドで、新調したばかりの枕を並べ直して、届いたばかりの商品を一つ一つ開封しながら柔らかな声色で紡がれたのは、ムード作りの歯の浮くセリフでも、前戯の時の愛を語る言葉でもなかった。 自分でも不思議なくらい、何故だかセオさんの言う事に抗うのは難儀な事で、唯の指示さえ絶対服従の命令のように聞こえる。 だから抗う事なく下半身を覆い隠す全てを脱ぎ去って、のろのろと寝具に突っ伏す。それだけの事なのにガチガチに緊張して、唾を飲む音さえ耳に響く。 「ゆっくり解すから、力抜いててくださいね」 「、ん」 「ちょっと冷たいけど、我慢して」 「ッ、つ、ぅ」 ある程度はセオさんの手で温められていたであろう粘度の高い液体は、思ったより冷たくはなかった。 ただ、妙に研ぎ澄まされて敏感になった皮膚の上を、つうと伝う感触にぞわぞわする。臀裂を伝って秘部に到達すると、反射的に全身が粟立つ。ありとあらゆる神経が其処に集中するかのようで、思わず力んでしまうのを緩められない。 それを知ってか知らずか遅れて臀裂に差し込まれた指が、溝に沿って秘部へと進み、到達する前に引き返して、また溝を掬う。 「ン、ッ」 「大丈夫」 ぬるぬると滑りが良くなって抵抗の薄れた溝を何度も、何度も。何度も。届きそうで届かない、焦らすみたいに指が往復する度にむず痒いような疼きを呼ぶ。 思わず漏れ出る声に慰めが降って、触れて欲しくないようで触れてみて欲しくて。きゅうきゅうと胸が絞られるから、顔を埋めた枕を握る。 その後も何度も丁寧に念入りに臀裂を伝った指が、漸く秘部に伸ばされる頃には、すっかりふやけ切っていて、直に触れられた筈なのに感触は少し遠かった。 早々に押し入るでもなく、固く閉じた其処を円を描くように揉み解す指が誘うのは、揉み解しのマッサージを受ける時みたいな心地よさで。 痛みや違和感があるかもしれない、という不安を打ち消して、程好い力加減で秘部の周辺を丹念に捏ね繰り回されるのが不覚にも気持ちいい。 性的快感とは違う、リラックス効果があるような、そんな心地好さで、先ほどまで緊張し切って強張っていた体から力が抜ける。予想以上に、悪くないって言うか、逆に全然好い。 「気持ち悪くないですか」 「んー……、思ってたより、」 「気持ちいい?」 「ン、」 「良かった」 心底ホッとしたような声に、嗚呼セオさんも緊張してたんすか、なんて事を考えられる余裕さえ生まれた。ケツの穴捏ね繰り回されながら、セオさん心配する余裕あった、良かった。 自嘲か安堵か、どちらも混ぜたような吐息が漏れた直後。 「ちょっと入れてみるから、痛かったら教えてください」 なんて冷静に言葉が降ってハッとする。ちょっと待って、と言葉にする前に、阻むように力を込める前に、ぬるりと滑らかに僅かに指が侵入する。 意図もあっさり、すんなりと侵入を受け入れすぎて、言葉を失う。 予想するに人差し指の第一関節程度。その程度のほんのちょっと、に過ぎないけれど。痛くなかった。 丁寧に柔らかく溶かされた開口部の感覚がすっかり鈍ったようで、力を込めても抜いてみてもイマイチ分からない。 ただ、内側から広げるみたいに淵をなぞるのだけは明確で、遠い排泄感と漏れてしまいそうな違和感が頭を擡げる。 「っ、なん、か漏れそ、」 「漏らしてもいいですよ」 ふっ、と笑う音の後で、少し動きが早くなった指がぐりぐりと穴を広げていく。此処にきて初めてとんでもない羞恥が襲ってきて、胸が、心臓が、ぞわぞわする。 「これは、どう?」 「──ッ、ぅあ、っ、やば、もれ、るって、」 ぐぐ、と深く押し沈められた後で酷くゆっくりと引き抜かれて、またぐぐ、とゆっくり押し沈められる。 さっきより一層増した排泄感に紛れて、霞む位遥か彼方に何とも言えない歪な快感の形を感じる。 追えばいいのか、逃げればいいのか分からずに、逆行しては順行するその動きに合わせて呼吸をするのに必死になる。 「うん、しっかり、動きに合わせて呼吸して」 いつも通りゆったりとしたセオさんの口調とは裏腹に、テンポ良く抜き差しされる指を拒みたいのに拒みたくない。 荒れそうになる呼吸を必死に堪えて、枕を掴んでやり過ごす。 ヤバい、セオさんの指に……──、犯される。 疑似的なピストン運動を存分に堪能してから、ずるり、と指が引き抜かれるのと同時に、枕を掴んでいた指から力が抜ける。 セオさんの顔が見たい。振り返ってセオさんの顔が見たい。抱きついてとりあえずキスしたい。 起き上がって抱き着いて、縋るみたいなキスがしたい。 そんな俺の思考を余所に、秘部に冷たい器具が押し当てられて、ぐっ、と挿入された。 「あ゙、っ、待ッ、…な、にッ」 「ローション。冷たいけど、ごめんね」 言い切るか言い切らないかの内に、ちゅう、と注入された液体の冷たさに震えて、今一度改めて枕を握る。何されてんの、今、俺。 力を込めたら奥に吸い上げてしまったようで、注入の勢いと相俟って奥に流れる液体が冷たい。それでも止まらない注入に鳥肌が止まらなくて、ぶるぶると何度も寒気が背筋を走る。 漸く止まった注入。 シリンジが引き抜かれた後で、宛がわれたのはS字フックにおまけがついたような形状のアレだろう。 「これが入ったら、ご褒美にちゅーしてあげます」 残酷でいて幸せな宣告に、覚悟を決めるその前に、何の躊躇も抵抗もなく、指より太いヘッドの先端がゆっくりと差し込まれる。 「あ、っつ、ぁ、あ」 「ぜんじろーくん、ちから抜いて」 「ッや、むり、ンッっ、は、っあ」 「──……これ以上、興奮させないで」 ぎしりとスプリングが軋んだ後で、器具を器用にゆっくりと差し込み続けながら覆い被さってきたセオさんの吐息が、耳を溶かす。 ──……、ずるい。 蕩ける思考のせいで一瞬力が抜けた隙に、奥のひだを潜り抜けた侵入物が難なくずぶずぶ沈んでいく。 根元まで飲み込んだ事をわざわざ知らせるように、会陰を球状の突起がつついて、臀裂にリング状の薄いプラスチックが挟まった。 「全部、入りましたね、」 吐息が耳を掠めた後で、待ち焦がれたキスが降り注いだ。

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