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高校2年生 (2)

あの日からずっと、颯太に言わないといけないことがあった。もしかしたら高校卒業するまでは言わずに過ごせるのではないか、もしかしたらそのまま大学に進学してルームシェアを出来たのではないか、もしこのまま大きな変化が無いのなら、もっと長く生きられるのではないか、考えれば考えるほど「もしかしたら」の未来を願わずにはいられなかった。 実のところ高校に入るまではさほど症状は頻繁に出ていなくて、多くても3ヶ月に1回、そうでなければ半年来ないこともあった。だからこそ最悪の事態を考えてしまう。恐らく俺はもう持たない。多分思い込みなどではなく、ほぼ確信に近い。 現に入院しているとはいえ体力の低下が著しい。きっと次に発作が起きれば前回より寝込んでしまうかもしれないし、運が悪ければそのまま死んでしまうかもしれない。 俺は颯太と生きたいだけなのに、どうにも体が言うことを聞いてくれない。発作は辛いし、治らないと分かっていて発作の恐怖を抱えて生きるのにはもう疲れた。けれどもし生きる方法があるのなら、俺はどんな方法でも試したい。颯太といる時間だけが俺にとっての生きる意味だ。 スマホを取り出して調べてみると、今は特効薬が無いとされているが近い将来、それも五年以内に有力な薬が完成しそうだと書いている記事を見つけた。もしこれが本当なら…… ――本当なら? 本当ならどうだというのだ。俺が医者から告げられた寿命はおおよそ三年。 寿命を告げられてもそれよりも長く生き延びる人は沢山いる。ただ、今の俺にそんな自信を持つことはもう出来ない。 色々調べていくうちに、ある文を見つけた。 「トランスヒューマニズム……?」 トランスヒューマニズムとは、技術の進歩は現代の人間の限界を超越できるという考え方だ。 つまりがんや心臓病で亡くなったとしても、そうした病が存在しなくなった未来であれば、人は蘇生できるかもしれない、ということ。現に、あるプロスポーツ選手も肉体を残し眠りについているという。 この方法なら、薬が開発されて実用化するまで身体を保持できる。 たどその方法というのが一番厄介であった。俺は調べているページをブックマークに登録して画面を閉じた。

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