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瑛二の過去 (2)

「おはよう瑛二くん。新学期早々ため息なんてどうしたの?」 目の前にはあのガキ大将から目を付けられている彼が春休み前と変わらぬ笑顔で立っている。 挨拶くらい、と口を開こうとした時廊下にいたそいつと目が合った。これじゃあ本当に一言も交わせない。 僕は下唇を噛み、すれ違いざま「ごめん」と小さく呟きその場を離れた。 授業の時間が近くなり教室に戻ると、教室内は異様な空気になっていて、みんな橘を奇異の目で見ていることが分かった。後から「橘ってゲイなんだってさ。気持ち悪いよな」と近くの席の奴に耳打ちされた。……何だそれ。橘のことを知りもしないで、噂とその場の空気だけで人を仲間外れにするようなお前らの方がよっぽど気持ち悪いよ。 その後も監視はずっと続き、橘に話しかけられても答えないようにした。それでも目を盗んで橘に話しかけようとしていたのだが、ある時それがガキ大将本人に見つかってしまい、僕は監視を厚くされた。というより、休み時間になると毎回呼ばれるようになった。することと言えば何も無い。このバカの話をただ聞いているだけ。 そのうち橘から話しかけてくることも無くなり、何も出来ないまま橘への嫌がらせはエスカレートしていった。 いよいよ見ていられない、と思った矢先、親の転勤と引越しが決まってしまい、ついにはろくに別れもできず僕は夏休み前にあの学校を去った。 あの時の彼はどうしているだろうか。元気にしているだろうか。……あれから何度も彼の夢を見ているが、連絡先も知らないため彼と会う術がない。ただもし会えたらあの時のことを謝りたい。 あの時の弱かった自分を変えるために、引っ越した先では無理にでも明るく振舞った。目が隠れるほど長かった髪を親しみやすいよう目が見えるようにカットし、メガネを外しコンタクトに変えた。兄ちゃんの笑顔を真似して明るく接すれば、みんな簡単に心を開いてくれた。 そのおかげか引っ越した先では何度か告白されることはあったが毎回橘の顔を思い出してしまい、自分から惚れることも無かったため友達以上先に進むことは無かった。 なんて簡単でなんて薄っぺらい。笑顔の仮面にみんな騙されて、「良い奴」の札を付ける。 「王子スマイル」だなんて持て囃して黄色い歓声をあげやがる。俺は自分可愛さに友達を売った最低な奴なのに。 実際医者を目指そうと思ったのも、給料が良いことと、多くの人と毎日関わるため会える確率が上がるのではないかと考えたから。もし病院に来ていれば自分が診察しなくてもカルテは残るから連絡先くらいはわかる。 そんな動機だったため、医者であろうが看護師であろうが目指すところは変わらないのだ。 入学面接で述べる回答は嘘ばかり。信憑性を上げるため実体験を混ぜつつ嘘のエピソードを作り上げる。「良い奴」の皮を被った僕は、いつしかそれを手放せなくなっていた。 周りに人が集まるようになった結果、薄い関係しか築けなくなった。誰も俺の本質には気づかない。橘程心を許せる人は未だにいない。 僕は独りぼっちだ。早く、早く会いたい。橘――

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