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夏祭り (2)
「あ、颯太それ親指の付け根痛くない?」
「へ?付け根?」
見ると鼻緒の摩擦で両足の親指と人差し指の間の付け根が真っ赤になっていた。
特に痛みを感じていなかったが、ちょっと待っててと言って瑛二がどこかへ走っていった。
一分ほどで戻ってきた瑛二の手には水の入ったペットボトルが握られていた。
「しみないといいな……じっとしててね」
まだ息も整っていないまま瑛二はペットボトルを開封し俺の足にジャバジャバかけた。
「……っつ!」
「ああごめんしみる?痛いよね。もうちょっと我慢ね」
持っていたタオルで足を包んで水気を取り、絆創膏を貼ってくれた。
「これで良し」
「ありがとう」
どういたしまして、と立ち上がる彼はまた「良い人」の笑顔。普段だったら気になってもスルー出来ているのに、今日はやけに引っかかった。
「なあ瑛二、お前、俺と居て本当に楽しいの?」
「すっごく楽しいよ?なんでそんなこ――」
「だってお前、俺といる時本気で笑ったこと無いじゃんか」
瑛二とこうして真面目に話すのなんて初めてだった。祭のせいで昂っているからか、瑛二との温度差が気になったためか、ただそんな線引きをされたままじゃあまりに寂しすぎる。そしてきっと寂しいのは瑛二の方だ。
「お前はいつも、誰に対しても『良い顔』してる。それは別に悪いことじゃないけど、こんだけ一緒にいて、家にも行って、祭にも来て、それでもお前はその笑顔を貼り付けたまんまだ!俺は、俺はお前の本当の笑顔が見たいよ」
面食らった瑛二は目を見開き、瞳を泳がせていた。颯太の目を交互に見て、あわあわしている。
「あはっ、気付いてたの?颯太……」
「気付いてた。ずっと。お前が何抱えてるか知らないけど、俺はお前に心を開いてもらいたいと思ってるよ」
きゅっと口を結んだ瑛二は今にも泣き出しそう。
足を開いて邪魔にならないようにして、目の前でしゃがんでいる瑛二の後頭部を掴んで胸に寄せた。
「……ごめん颯太。でも僕、本当にちゃんと楽しいんだよ。ただこの顔がもう癖になっちゃったんだ。そっか、颯太にはバレちゃうのか。今までバレたことなかったからなぁ。びっくりした」
瑛二は俺の肩口に額をグリグリ押し付けている。
鼻をすする音がたまに聞こえる。できるだけ優しく髪を撫でている時、近くに置いていたスマホにメッセージが届いた。
「瑛二、太一さん着いたって。迎えに行く?」
瑛二は左右に首を振った。
「この場所伝えれば来れるか。本殿の近くの……木のベンチ……と、よし。瑛二、飲み物でも飲んで一回落ち着いたら?」
「……ない」
「え!?さっき自販機行ってきたのに!?俺の水しか買ってこなかったのか。お前本当に良い奴な!待ってろ。今度は俺が行って買ってくるから」
ゆっくり離れた瑛二がコクっと頷いた。
俺は自動販売機のある場所まで急いだ。
急いだはずだ。戻ってくるまでさほど時間は経ってない。それなのに。先程までの場所に瑛二の姿はない。
「太一さんが来たのか?」
「おーい!颯太くん!おまたせ!」
慌てて振り返ると後ろから太一さんが歩いてきた。
「あれ?瑛二は一緒じゃないの?」
何となく、何か良くないことが起こっているような気がして俺は夢中でその姿を探した。
「瑛二?瑛二!どこだ瑛二!」
俺が離れてから時間はそれほど経ってない。居るとしたら近くのはずだ。周辺を見回して早足で歩いていると、何かがコツンと足先に当たった。暗くてよく見えず、しゃがんで見ると見覚えのあるカエルの人形が転がっていた。
「……瑛二のカエル!」
カエルを掴み、もう一度集中して辺りを一周ぐるり見渡すと、本殿の裏の方から砂利を踏む音や衣擦れなど、明らかな人の気配がした。
――夏祭りだしそんなことも……
「お取り込み中だったらすみません!」
予め一言謝り走って行くと、そこには二人の男と瑛二がいて、瑛二は本殿の壁を背にした状態で浴衣をはだけさせて震えていた。
「なんだ兄ちゃん。こっちはお取り込み中なんだ。さ、祭りに帰った帰った」
「颯太!」
え、マジでお取り込み中じゃん。
「生憎、俺はそこにいるそいつを探しに来たんですよ……一応聞くが、これは合意か?」
目には涙が浮かんでおり、瑛二は首を左右にブンブン振った。
「だろうな。そいつから離れてもらおうか」
一人を殴るともう一人も怯え、二人はどこかへ走り去って行った。
「瑛二、大丈夫か?」
「颯太っ!颯太っ!怖かった。怖かったよ。ありがとう……!」
瑛二を胸に抱き寄せると、まるでダムが決壊したかのようにわんわんと泣き始めた。これまで溜まってきた燻りをすべて洗い流すように、「ごめん、ごめん」と言い続けて。
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