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夏祭り (3)
元いたベンチに戻り、太一さんにメッセージを入れると太一さんは息を切らして走ってきた。
「瑛二!良かった見つかったんだね。……何かあった?」
ベンチで俺の肩に手を回し、顔を俺の肩にうずめて抱きつくようにして隣に座っている瑛二を見て、何かが起きたことを察知した太一さんの表情からは温度が消えていった。
「ちょっとトラブルがありまして……」
普段温厚な太一さんがここまで怒るところは初めて見た。
話していいか瑛二に許可を取り、事の顛末を太一さんに伝えた。
「は?何そいつら。俺の可愛い弟に手出してくれちゃってさ。颯太くん、そいつらの特徴教えて。今からでも追いかけて一発入れてくるから」
俺は慌てて制止した。
「待ってください!俺が一発入れてきましたし、走って逃げてしまったのでもう見つからないかと……」
「あーー!悔しい」
瑛二はその間もずっと俺にしがみついたままで、時折ぐすっと鼻をすすっている。
背中をポンポン叩いてやると埋めた頭をグリグリと肩に擦り付けて来た。
「痛い痛い。瑛二、大丈夫か?」
「ごめん……大丈夫。ありがとう。颯太ヒーローみたいだった。兄さんも、ありがとう」
ヒーローみたい、と以前青花にも同じことを言われたことを思い出し、思わずクスッと笑みが零れた。
お礼と同時に瑛二はうずめた顔をスっと横に向け、視線を太一さんに合わせた。
すると太一さんは大きく息を吐き、瑛二を俺ごと抱きしめた。
「無事で良かった……」
「僕さ、昔一瞬虐められかけたことがあって、クラスの……というかほぼ学年のガキ大将みたいなやつに殴られたことあって。その時も五、六人に囲まれてたからその時のこと思い出しちゃってさ。そしたら動けなくなっちゃったんだよね」
「瑛二……それ俺初めて聞いたぞ」
「だって今初めて言ったもん」
「兄ちゃんには言ってくれー!力になれたはずなのに!」
「その時はそれどころじゃなかったんだ。僕が助かったのは僕と仲が良かった子がいじめの対象になったからで……」
瑛二は中学生の時体験したことを全て話してくれた。
そこで俺はひとつの答えにたどり着いた。きっと、そのいじめられた子というのは青花のことだ。
中学の名前を聞くと、やはり俺と青花が通っていた中学と同じ名前だった。
「そうか……お前がその時の……」
当時の青花の片思い相手で、不謹慎ではあるかもしれないが、こいつが振ったおかげで俺は青花と出会い、青花と俺は互いに惹かれていったんだ。
ここで出会ったのも、そういう運命だったのかもしれない。
「僕ね、もう一度その子に会って、あの時守れなかったこととか、あの時あんな奴らの圧に負けて無視しちゃったこととか、何も言わずに引っ越しちゃったことも、全部全部謝りたいんだ。それから許されるなら、また友達に戻りたい。そのために僕は見た目も性格も変える努力してきたんだ。……そのせいで作り笑いが外せなくなっちゃったんだけどね」
恥ずかしそうに笑った瑛二の表情は、これまでの作り笑いではなく、砕けた本当の瑛二の笑顔だった。
「瑛二はその子の名前、覚えてるの?」
「うん。橘青花って子」
「え!?」
太一さんは驚いて勢いよく俺の顔を見た。話の途中で気付いていた俺は苦笑いで返すしかなく、太一さんは両手で顔を覆った。
「え、何?二人ともどうしたの?」
「瑛二、俺に恋人が居るのは知ってるだろ?」
「ああ、うん。今体を冷凍保存してるっていう……」
「そう。それが青花だよ。俺の恋人、橘青花。話を聞いた感じだと、俺たちが出会ったのは瑛二が引っ越した後くらいだな」
瑛二はあんぐりと口を開けたまま動かなくなってしまった。
「あの、瑛二……?おーい」
肩を揺すってやると急に我に返り、「え!?」と大声で叫んだ。
「太一さん、てっきり名前くらい言ってるかと思いました」
「患者さんの情報は個人情報だから、例え家族であっても言っちゃいけないんだよ。颯太くんは患者本人じゃないから颯太くんの名前は出してたし、青花くんのケースは珍しいから、同じ医療関係に進むものとして軽く状況だけは話して瑛二と意見交換するくらいで……本当は疾患とか治療とか、そういうことも病院外で話すのは禁止なんだよ」
医療関係者の事情は知らなかったな、と感じた他、決まり事に関してふわふわしてそうな太一さんでもそういったルールをしっかり守ってくれていたことで青花の情報が無駄に出ることがなかったのだと感謝の気持ちでいっぱいになった。思えば俺と連絡先を交換する時も決まり事に関して気にしていた。
真面目で誠実な人なのが改めてわかった。
「そっか。じゃあ今橘は眠って……それじゃあ次橘と会えるのなんて何年も……会える可能性なんてゼロに等しいじゃんか!僕まだ彼に謝ってないのに!」
世界の終わりのような、悲痛に歪んだ顔。その気持ちは俺もよくわかる。
「瑛二、青花は戻ってくるよ。絶対」
「なんでそう言いきれるんだよ!だって……!」
「青花が戻るって言ったから。俺は青花を信じるって決めたんだ」
首に吊るしているリングはあの日から1度たりとも外したことは無い。同じ紐に自分のリングも通し、今は二つのリングが重なっている。
「ほんと、君って真っ直ぐだよね……」
瑛二の目にはまた涙が浮かんでいた。
瑛二の涙が引くのを待っている間に太一さんが焼きそばやたこ焼きを買ってきて、打ち上げられた花火を見ながら食べ、今年の祭りは幕を閉じた。
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