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ピンク色の……? (6)
跨った桃花さんの右手が頬に触れる。耳を撫で、スルスルと首筋をなぞり鎖骨へ。そのままシャツのボタンに指を引っ掛けられ、制止しようとした口は彼女の唇で封じられてしまった。
「んんっ!ん!!」
「ん……颯太くん暴れないでよ。気持ちよくなるだけだよ?」
桃花さんがこの後何をしようとしているか、この部屋がある意味を何となく察してしまっている。とにかく今は逃げなきゃいけない。
「君ははるくんとどうやったのかな?どっちが下だった?」
桃花さんは後ろに手を回し、俺の半身に手を乗せた。
「あれ?勃ってない。はるくんと同じ顔だから跨がればすぐだと思ったのに。……て、違うな。こうか」
触れた半身を撫でながら耳元に顔を寄せた桃花さんは声の高さを若干低くして優しい声で
「颯太」
と呼んだ。
その声は青花のものそっくりで、違うとわかっていても身体が反応してしまう。
「今ピクっとしたね。そっか、この声か」
俺が反応する声色でこれでもかと愛を囁かれた。好きな人と同じ顔、同じ声、先程飲んだ強いお酒のせいもあるだろうが、頭がだんだんふわふわしてきて正常な判断が出来なくなる。目の前にいるのは誰だ?
「颯太」
再び名前を呼ばれ、つぅと涙が目じりからこぼれ落ちた。
「青花……」
「うん、そうだよ颯太。俺はここにいるよ」
暖かい手が優しく頬に触れる。
確かにそこには愛しい人の顔があり、愛しい人の声で呼ぶ声がある。しかし、何かが違うと心のどこかで叫んでいるのだ。
「ち、がう。青花じゃない」
跨っている肩をグイッと押し、自分の上半身を起こす。
急に倒されバランスを崩した桃花さんはベッドに尻もちをつく形で手をついてなんとか転落するのは防いでいた。
「桃花さん、何でこんなこと……」
「あ、あれぇ?だめだった?」
先程まで俺に跨っていた体は、縮こまってふるふる震えている。目を泳がせて口を噤んでおり話そうとしないが、急かしてしまえば余計に言わなくなるだろうから、待つことにした。
青花も、何か大事な事を話す前などはしばらく考え込んでから話す癖があったので、こういうところもそっくりだ、と感じていた。
チラチラこちらを見て様子を伺う桃花さんから視線をそらさずにいると、観念したのか大きく息を吐いてぽつりぽつりと話し始めた。
「……私、今までちゃんと恋愛とかしたことなくて、4年前くらいにはるくんから『彼氏』が出来たって聞いてすごく羨ましくて、自分もって思ってたんだけどなかなか良い出会いとかなくて、SNSとかで繋がった人何人か会ったり、そういうお店行ってみたりしたけど、あるのは体目的ばっかりで」
「体目的……」
跨られている時からずっと気になっていたことがある。跨った俺の腹に当たっているもの、それは絶対に女性にはない明らかな質量。
「桃花さん……男性、ですね?」
肯定のサインは頷きで示された。
「そう。女の子と間違われた時もあったし、男だとわかってた上で襲われたこともあったの。どれだけ体を重ねてどれだけ愛を囁かれても、そんなのは行為中のうわ言に過ぎなくて。連絡が来てもするのは行為だけ。そんなことを繰り返してたらホテルの外に捨てられたことがあって。散々飲まされてヤられて動けなくなってたとこを、ママが助けてくれたんだ」
苦しそうな笑顔を浮かべながら話す桃花さんの心の傷はまだ癒えていないだろうに、何故今回のような行動を取ったのかが気になって仕方がなかった。
それにこの部屋に通される前の、ママさんの発言も。
「あ、うん。私の癖ってのはね、この店に初めて来たお客限定で、適当に連れ込んでヤっちゃうことなの。流石に2度目以降だと顔もバレてるからやりにくくて、初見限定にしてるんだ。嫌がる相手を組み敷いて無理やり快楽に引きずり込む時の苦しそうな顔が見たくてさ。そんなことしたってやり捨てられてきた男達への復讐にはならないんだけどね。やってる間、その顔を見てる間は一時的だけど解放されてる気になれるんだ」
桃花さんは体を重ねた回数だけ泣いてきたのだろう。今でも泣きそうな顔なのに、涙が零れてくる様子は無い。
「男同士だし、そんなもんかなって思ってたんだけど、やっぱり心のどこかでちゃんと愛されてみたいって思ってたんだ。でも、疲れちゃったしもういいかなって思ってた時、颯太くんに会ったんだよね」
「俺に?」
「そう。神様がくれた最後のチャンスだと思ったね。颯太くんは俺と同じ顔の青花の恋人。だったら、青花の代わりでもいいから、愛されたいって」
気付いたら俺は桃花さんを腕の中に閉じ込めていた。
「……俺は元々ストレートだし、男は青花しか付き合ったことないので桃花さんの気持ちを分かってあげることは出来ません。でも、桃花さんはまだ若いです。これからもっと出会いがあります。だからといって今回みたいな無茶はもうしないでほしいですけど……」
「無いよ、もう。この辺にいる人達はそろそろ私の話も広がってるだろうし、同性が好きで、心から愛されるなんて夢物語なんだよ。君たちが特殊なだけ」
「……あの、一人だけ知り合いで恋人募集中の男性いるんですけど、色々諦める前にその人に一度会ってみませんか?人柄なんかは俺が保証します」
あはは、と桃花さんは大きな声を上げて笑った。
「颯太くん、君相当なお人好しだよ!分かった、分かったよ。颯太くんの紹介だし一回だけ、ね。……ちなみにその人の、その、対象って……」
「男です」
「そっかそっか。うん、会ってみるよ」
言って桃花さんは鼻をすすった。
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