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中村医師の報せ
いつからか、期待をしなくなっていた。
多分もう会えないとあの日覚悟は決めてあったし、諦めようとする思考ばかりが止まらなくて、苦しかった。
数年で開発されると言われていた薬は、青花が眠りについてから三年後、ほぼ完成だと言われていた試作品で命に関わる可能性のある大きな副作用が見つかり研究し直しとなった。
はじめ開発部は副作用についてを隠蔽して発表しようとしており、それを知った一人の研究員が内部から告発したそうだ。その結果更に長いこと待ったが、青花の命を守ってくれたと同義だ。顔も名前も知らないその人に感謝している。いつか青花と二人で会って直接お礼を伝えたい。
あなたのお陰で救われた命があるのだと伝えたい。
「例の薬が臨床試験も終わってようやく厚生労働省に申請されたそうだよ!これで承認されれば橘くんに使うことが出来る。治してあげられるんだよ」
何か返答しなきゃ、と思っても言葉が喉で詰まって出てこなくて、言葉の代わりに涙が流れた。
すると中村先生は優しく肩を抱き寄せてくれた。
「良かったね。長かったね」
俺はみっともなく、まして仕事中に目上の方の胸でわんわんと泣いてしまった。
さすってくれる背中が温かくて歯止めが効かなかった。
五分ほど経ったろうか、中村先生がさすっていた手をポンポンとリズム良く叩くように変わる。
「そろそろ落ち着いた?戻れそう?」
俺は中村先生の白衣をしっかり握ってしまっていることに気付いて慌てて離れた。
「あっ…。すみません!」
「いいよいいよ。十年経って見た目が変わっても、私の中ではあの時の高校生のままなんだ。私の前では素直にいてくれて構わないよ」
そう言い残し、彼は仕事に戻って行った。
慌てて休憩室に置いてあるティッシュで顔を拭いて休憩室を出ると、すぐさま看護師長は俺を休憩室に押し戻した。休憩室入口の目の前にある机は看護師長の席であるため、出てきた瞬間に俺の顔を見て動いた。
「望月くん顔真っ赤。そんな顔で患者さんの前に立たせられないから、洗ってきて」
鏡を見るとティッシュで荒っぽく吹いたせいか、目元の赤みが強く出ていた。
「……やっちゃった」
慌てて顔を洗い、休憩室の冷凍庫から保冷剤を取り出し持っていたハンカチでくるんで目に当てた。
ある程度瞼の熱が冷めたところで鏡を見ると少し良くなっていて安心した。
休憩室を出ると師長は変わらず自席でカルテをチェックしており、俺の顔を見て若干眉をひそめたものの大きく頷いた。
この病棟の看護師……いや、この院内の看護師や医師らはみんな俺と青花のことを知っている。
応援して気遣ってくれる同僚は沢山いるけれど、仕事に私情を持ち込むな、とか、コネで就職させてもらって居座ってる、とか悪く言う人ももちろんいる。
だからこそ俺は仕事には真摯に向き合わないといけない。それこそ仕事に私情を持ち込んで他の人に迷惑をかけるなんてやってはいけない。
俺は師長に謝罪の意を込め頭を下げ、気を引き締めて受け持ち患者のカルテを開いた。
それから更に一年半が経ち、ようやく申請していた薬が承認されたと連絡が入った。
夢だった青花との未来が現実に近付き高揚感で満ちていた俺は、瑛二の放った一言で違う現実に叩き落とされるとは思ってもみなかった。
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