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決断

俺は瑛二に呼ばれて病院に併設されているカフェに来ていた。 店に入り、窓際の一番奥の席に白衣を着た彼の姿を見つけ、近くまで寄って声をかける。 「瑛二」 読んでいた本から顔を上げた彼はにっこり笑った。 「久しぶりだね颯太」 「そう?前に会ってから一ヶ月も経ってないよ?」 「そうだっけ?まあ座りなよ。コーヒーでいい?」 見ると瑛二の前にあるカップは既に空になっていて、瑛二は店員を呼んでコーヒーを二つ注文した。 「颯太、これはもう既に橘のご両親には話してあるらしいんだけど、橘を治せる薬はもう既に承認されてうちの病院に届いてるんだ。そこで、だ。問題はここからなんだ。颯太もわかってると思うけど、薬自体は当時も開発が進められてたし、完成するのは時間の問題だった。でもそこじゃない問題、あるだろ?」 「……青花の身体の解凍、だよな。結局あれからまだどの国でも成功例が無い」 瑛二は頷いて、白衣のポケットからスマホを取り出して画面を見せてきた。 「これ見て」 そこにはロシアでの解凍実験の記事が載っていた。 「さすが人体冷凍を初めてやったロシアだよね。この検体が一番惜しいところまでいってる。その時の医師がそこに載ってる人」 そこには白髪の、ベテランそうな医師の顔写真が載っていた。 「あのさ颯太、辛いけど、僕は橘を起こさなくてもいいと思ってる」 「……え?」 「冷凍するときに少しでも体内に結晶が出来てしまっていたとしたら、どれだけゆっくり解凍させても結晶ができた部分の細胞は壊れちゃうんだ。そうなると絶対に橘は目を覚ませない。その時点で終わりなんだ」 「それは……」 「分かってるよねそりゃ。颯太は当時聞いてるんだもんね。なあ颯太、それでも君は橘を起こしたい?」 瑛二の目は真剣だった。少し、浮かれてた。 青花を治せる薬が開発されて、ようやく青花と一緒に生きられる。 十年経って薬を待っている間に一番大事なことを頭の片隅に追いやって忘れてしまっていた。 何で青花が最後の決定をあれほどまでに悩んだのか。 明るくなったと思われた未来が、急にまた闇に包まれる感覚に陥った。 「確かに医者として言うなら、橘が生きて戻れる可能性は限りなく低い。肉体を壊してしまって無駄に苦しみを背負うくらいなら『辞めた方がいい』と思う。だけど、僕個人の意見としては……僕は橘に会いたい。会ってあの時のことを謝りたい。颯太は?」 「俺は……」 俺は、当然青花と会いたい。この先も一緒に生きていたい。 そのために俺は――俺たちはこの道を選んだのだから。 「俺も、青花と会いたい。ちゃんと会って話がしたい」 瑛二の目を見て話すと、フッと笑って後ろを振り返った。 「だ、そうですよ」 後ろには帽子を被った大人の男女のカップルが座っている。 彼らが帽子やサングラスを外して驚いた。 「あ!!」 「久しぶりね、颯太くん」 「菫さん!誠さん!なんで?」 「きっと颯太くん、私たちに気を使っちゃうかなって思って。確かに青花は大事な息子よ。けど、あの時あの子はあなたを選んだ。だから今回も颯太くんの決定に従おう、きっと青花もそれを望んでるって誠さんと二人で話したの」 「そ……だったんですか。いいんですか?本当に……」 「ええ」 誠さんも頷いている。 この話は瑛二を通じてすぐに中村先生や他の医師たちにも伝達され、青花の身体を解凍するための計画が具体的に立てられることになった。

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