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恋が戦争(後)
横顔はまるで知らない人みたいだ。本当大人しそうに笑って、優しそうで、猫かぶりの榛名だ。しかも折角迎えに来てあげた俺になんて気付かないで、クラスメイトと普通に喋ってる。
昨日一緒に音ゲーしてた時、俺のこと下手くそってなじって意地悪そうに笑った榛名をまるで、嘘みたいにして。
「まどかちゃん、彼氏のお迎え?」
「っ、名前で呼ぶな!!」
「マドカちゃん、通行の邪魔。」
「な・ま・え・で・よ・ぶ・な!!!」
「円、うるさい。」
そう云って、俺のこと冷めた目で見る榛名は、やっと俺に気付いた。俺にはやっぱり榛名は優しくない。ほら、すぐまたクラスメイトには笑いかけるくせに。
他人が榛名に向ける照れた表情やメロメロな顔なんて俺はちっとも興味無いのに。むしろなんか、ムカつくぐらいなのに。
「うわ、髪ふわっふわ。」
「あっ、こら触るな!!!!」
「まどかちゃんほんと目おっきいね。やっぱ本物はかわいいなー。」
「っ、うん!!!」
榛名のクラスの出入り口、しゃがみ込んで榛名の様子を伺っていたら、馴れ馴れしい奴らに褒められて、そう答えたら何でか周りの奴らにどっと笑われた。
あ、今云った言葉はもしかして嘘なのか?失礼な奴らめ。俺がむくれると、更に面白がって、笑って。結局、かわいい、かわいいよってちやほやされて。
それで、ふふん、ってなっていたらやっと来た榛名に腕を引っ張り上げられた。
ほんと邪魔だからって、呆れた声で告げられながら。
「ほら、調子乗らない。」
「乗ってない!!!!!」
こんなの当たり前の事だ。うるさいって顔した榛名の少し後ろ、オオカミに気を付けるんだよーとはやされながら、俺と榛名は榛名のクラスを出た。榛名は先輩と俺の動画、うちの学校の裏掲示板とやらに匿名で貼ったらしいからな。
俺の周りは武ちゃんしか心配してくれなかったけど、ちやほやされる事が増えたのは嬉しい。まあ触られたりするのウザいけど、可愛いって云われるのも嬉しい。
あと榛名は嘘吐きで外面が良いみたいだから、クラスで苛められてないかと思って迎えに来てやったんだけど、普通そうで良かった。俺の前でだけ性格悪いの、いい加減皆にもバレてるっぽいけど、それを本人が気にしてる様子無いのはムカつくけど。
だから、そんなこと云ってあげないけど、良かった。
「なぁに、ニヤニヤしてんの?気持ち悪い。」
「なっ・・!?気持ち悪くない!!お前のクラス、馴れ馴れしい!!!」
「けど誰に可愛いって云われたって、円は嬉しいんでしょ。」
「うん。」
榛名、彼氏なのにそういうの全然云ってくれないし。あれ?いや、例え榛名に沢山云われようと、俺は他の人にもいっぱい云ってもらいたいんだけど。それでもやっぱ、榛名に一番云われなきゃ意味無い気がする。
だって榛名が彼氏だから、俺の中で今、一番のポジションだから。他の奴らと差が出来てるもん。
俺はそう思うのに、榛名は、軽い、って溜息を吐いてみせた。
「なに!?榛名がいっぱい云って、俺があんなのじゃ喜べなくすればいいじゃん!!!」
「・・・円。自分が今云った言葉、理解出来てる?」
「うん?分かってるよ?」
「彼氏に求める条件、多すぎる。」
「これが一番大事!!!!」
俺は榛名みたいに、俺に嘘吐いたりしないのにそんなこと云う。俺はちゃんと本気で真面目に云ったのに、榛名は俺に返事しない。しかも知らない奴に声掛けられて、少し笑ったり、さよならって云ったりする。俺は榛名と話してたから、そういうの無視してたのに面白くない。
プラス、俺が榛名のブレザーからはみ出したカーディガン引っ張ると、苦笑って感じで、ちょっと優しくだけど、困ったみたいに笑うだけで。
「円、お子様なのにね。何でそんな事云うの?」
「お前がいつまで経っても俺に優しくないし、云ってくれないから!!!」
「もう、自分ばっかそんな、押し付ける。」
「なに!榛名も俺が好き以外になんかあるの!?!?」
「・・・・・。うん。円、ちょっとおいで。」
榛名はそう云って、昇降口に向かうのを止めた。何でか段々、人が少ない方へと歩いていく。俺がこないだ、人気の無い所で先輩に襲われたばっかだから警戒して止まると、手を繋がれた。ずるい手だ。
「榛名、ココじゃ云えないの?」
「うん。さすがに云い辛い。」
そう云った榛名に連れ込まれたのは空き教室だった。机と椅子が適当に寄せられてて広いけど、ちょっと埃っぽくて暗い。こんな場所知ってるなんて、榛名、不良だ。俺を先に入らせて引き戸まで閉めちゃうし。そんなに榛名、これから恥ずかしいこと云うんだろうか。
それから手が、ぱっと離されて、やっと真面目な榛名が見れるのかと思ったのに、俺は口を塞がれた。
「・・・っ!んっ・・・んんっ?!?」
しかもこの前の、ちゅ、どころじゃ無い。いきなり口が触れる所じゃなく塞がれて、口の中に、ぬる、と何か触れた。俺のこと壁に押しやる榛名の胸辺りをばしばし叩いたら、手首を掴まれた。口の中食べられるような、押し込まれる感触はすごく嫌で不快感満載なのに、息が出来ない所為か頭がぼうっとしてきて、手には力が入らない。
なに。何だこれ。恥ずかしい通り越して恐い。それから気持ち悪かった。
それに、こんなことして溜息吐く榛名、俺は知らないのに。
「もうちょっと色っぽい反応出来ないかなあ・・・。」
「っ、おま・・・!お前・・・・!!」
塞がれた時と同じく唐突に口を離されて、怒ろうとしても口の中が水っぽくて、俺は慌てて口を手で覆った。飲み込んでから、吐いても良かったかもって思った。何の味もしないのに、こんなの一方的に押し付けられて。
しかも身体からもずるずる力が抜けていって、俺は床に座り込んでしまった。
「はっ、榛名のバカ・・・!!!」
こんなの前より全然ロマンチックじゃなくて、苦しいだけだった。
俺は甘い言葉を期待して付いてきたのに、彼氏への信用、そうやって台無しにする。俺はキッと口元拭う榛名を見たのに、榛名ときたら甘く笑った。
「んな睨まないでよ。泣かれたら優しくしたくなるから、これが簡単な手だって思ったのに。」
「そ、そんな理由で、あんなのっ・・・!!?」
「円はいつでも自分中心に考えるね。円が理解できない事、いっぱいあるのに。」
そう云って、榛名も俺の目の前にしゃがんだ。意地悪い表情でも無くて、笑ったりもしないで、ただ淡々と口を開いた。
「俺、女の子の方が好きだよ。けど避妊とかめんどくさい。だから、男でも可愛ければ、まぁ、イけるかなって思った。」
「・・・・・は、はる、」
そんなこと知らない表情で云う、榛名を呼ぼうと、急いで呼び戻そうとしたら、口を塞がれた。もう口でなんかじゃなく、触れたのは手のひらだった。
榛名はちょっと、ほんのちょっとだけ微笑んだ。
「それで選んだのが円だよ。見沢との別れ話が聞こえちゃったから、俺は円に告白したの。確かに円、可愛いもん。けどムカつくよ。うるさいし、思ったより馬鹿じゃなくて、きれいな事も云うし。自分が可愛がられるの当たり前だと思ってて、ワガママでさあ。」
「・・・っ、」
「けど、一緒に居たら情も湧いたから、ちゃんと云うね。八つ当たりだけど、俺、もううんざりだよ。」
うそ、って俺は云おうとしたけど、声が出なかった。だって榛名の目、全部本当だって云ってるもん。愛なんて無いよって、云わんばかりだもん。
俺は榛名が云ったこと、ただ頭の中で繰り返してやっと理解出来そうな話なのに、榛名は、今日は一人で帰るんだよって云うんだもん。
俺は榛名のこと、やっと好きになれてきたのに、優しくないのも慣れてきたのに、そんな、俺が想像出来たことよりどうしようもないこと、云うんだもん。
「俺っ、が、榛名のこと・・、好きでも・・・?」
「大丈夫。忘れられるよ。」
やだ、やだ。俺が首を振って、榛名のブレザーを掴んでも、榛名は俺の手を払ったりなんてしなかった。ただかわいそうなもの見る目で俺のことを見た。そんな榛名は見たくなくて、視界がどんどんぼやける。
俺は俺のこと一番にしてくれる人じゃないとダメなのに、それでも榛名に手を伸ばしちゃったの、何でだろう。俺にだってプライドはあるのに。
あそこまで云われて、でも、それでも好きって何だ。好きって口にしたら瞬く間に、今縋りつくくらいにはそうだったのだと自覚して、後に退けなくなっちゃうのも何だろう。
別に嘘吐くのが嫌だからとかじゃなく、俺に半端に、ほんのちょっとだけ優しくする榛名を失うのが嫌で、涙が出た。
「今更泣くの、反則だよ。泣けばいいってもんでも無いからね。」
俺はまた、大事な人を失くすんだろうか。ずっとずうっと大事だった武ちゃんは手が届かない人になってしまった。俺を二回、好きだと云ってくれた先輩はまやかしのキラキラで、すぐ目が覚めた。
榛名だって、たかだか二週間の、幻の、偽物のキラキラだったのに、まだ俺の目には光って見える。
悔しいんじゃなくて、かなしい。先輩に襲われて、俺なんてどうでもいいって、自分を否定された気がした時より今が辛いのは、もっと、絶望的な言葉を使われたからかも知れない。それに俺はやっと榛名のこと、案外好きだって自覚したのに。
時間が経てば痛みなんて、段々忘れていけることを俺だって知ってるけど、俺、今そんなこと考えたくないし、榛名が彼氏じゃなきゃ嫌なのに。
さっき、口を塞がれた時よりずっと、すごく苦しいのに。
「っ、やだ・・・。榛名、やだ・・・!!」
「ほら、泣かない。立てないなら見沢呼ぶ?・・・今日もデートかな?」
俺はムリヤリ立ち上がらせようとする榛名に抵抗しようとしたけど、実際に足に力が入らなくなっていた。
榛名は俺の脇の下から手を抜いて、ケータイ取り出しながら、いつもの温度で言葉を吐く。
けど榛名は嘘の彼氏で、もう俺には付き合いきれないって云う。
ぐるぐる、榛名に云われたことがやっぱり、俺の頭の中で、ずっと気持ち悪い速度で回っている。
「・・・・・・。やっぱ繋がんないね。どうしよう。」
「おっ、俺のこと、置いてっ、く?」
「それで誰かにまた襲われたら、さすがに寝覚め悪いからね。したくない。」
「ふっ・・・・、」
だから、円が泣き止むとすごく助かるんだけどって、口にしてはめんどくさそうに笑うくせに、榛名のバカ。そんな、まだ中途半端に俺に優しくする。
俺にもあの、他人に対してみたいに壁作ってただ、優しくしてくれれば、こんな面倒なことにもお互いならなかったって思うのに。
「やだぁ・・・。なんっ、で、俺の前でだけっ、榛名、化けの皮、剥がしたの?」
「酷い云い草だなあ・・・。まあ、うるさいのとワガママなの、思ってた以上でムカついたからだよ。あと正直に生きてるの、羨ましかったから。」
榛名は何でか、困ったみたいに笑った。そんな困ったみたいに、かなしそうに笑うなら、榛名も変わってくれれば良かったのに、って俺は榛名を恨みながら、ぼろぼろ泣けてきた。
それかやっぱり、俺に対してもちゃんと、壁作ってくれれば良かったのに。榛名は俺の一番になってくれる人かもって、俺に夢見させないでいてくれれば良かったのに。
掴めない榛名の、ただ服を、俺は出来るだけ、ぎゅうと握りしめた。
「俺はもう、面倒だったよ。何やっても見た目の事ばっか云われるの。うるさい女子が居ないなら大丈夫だろって思ってたのに、今度は男子にちやほやされるし。人の趣味なんかにもケチ付けて、勝手に評価して口出ししたりするし。」
「っ、俺、ちやほやされるの、大好き。ダメな自分のこと、肯定してくれたもん。俺、誰かの一番じゃなきゃっ、嫌、だけど、」
「・・・本当、俺たち気が合わないねえ。」
「けど俺、榛名のこと、好きだもん!!!」
「うん。面識無くてもOKしてくれたぐらいだもんね。やっぱ顔?」
「違うよ・・いっぱい見付けたもん。ゲーマーすごいし、中途半端に意地悪いのも、許すからぁっ・・・、」
「うわ、上から目線。・・・俺が円のこと、好きじゃなくてもいいの?」
「それは嫌!!っだ、けど!!!」
あ、笑った。榛名にしては下手くそなその笑い方は、榛名も苦しいからならいいなと思った。俺に情は湧いたって云ってたくらいだ。こっちはもっと、すぐ滲む視界をこすってもこすってもキリが無くて、ぐずぐずと鼻詰まるし、心臓も苦しい。苦しくて堪らない。頭の中もずっと、同じことがぐるぐるしてるし。
「円は一番に、すごい拘ってたのにね。」
「だって、一番じゃないとっ、かなしくて苦し、い。自分が、居なくてもいい、幽霊みたいの、っ、もうやだもん、」
「けど、俺のこと好きなの?」
「っ、うん・・・。」
「円、もう自分が何云ってるか分かんないでしょ。滅茶苦茶だ。」
こっちだってもう、謎々してる気分だ。俺は見付けられない。榛名に傍に居てもらう方法、どんな言葉にしたら良いのか、見付けられない。
もうただ、何云われたって俺は榛名のこと、やっぱりここで諦めたくないなあって思うばかりなのに。ぼろぼろ落ちる涙を拭われて、また少しずつ好きになるばっかりなのに。
「俺っ、榛名のこと好きになっちゃったので、付き合って下さい!!!」
「ハハ。円、元気だね。」
「元気っ、じゃないー・・もう、っ、苦しい・・・。俺、榛名の一番じゃなくてっ、も、・・もういいよ・・・、」
「そんな嘘云わない。泣きながら喋るから苦しいんだよ。円は俺にフられた自分が、ただ可哀相になってるだけだよ。・・・ほら、立って。もう可哀相だから、送ってってあげる。」
そんなこと云う榛名に手を引かれたって、ぎゅっと力を込めて手を握られたって嫌だ。
こんなの望んでたものと全然、全く違う。
やっぱり涙は止まらないし、ずっ、と鼻をすすっても鼻水まで出てきて全然治まらない。
こんなに泣いたの、武ちゃんにフられた時以来だ。けどあの時は、こんなに学校で思いっきり泣けなかった。武ちゃんにも上手く縋れなくて、一人ぼっちだった時、俺の元に榛名がやって来た。
榛名が俺のこと好きって云ってくれたから、俺は帰り道、大して泣かずに済んだ。武ちゃんにフられてひどく悲しかったけど、榛名が告白しに来てくれて、俺は嬉しかったのだ。やっぱ俺、どうでもよくなんてないじゃん。まだまだ誰かの一番になれる可能性あるじゃん、って。
まあ、家では家族にバレないよう、やっぱり部屋で静かに泣いて、泣いたけど。
十日と十年。そんなの比べ物にならない筈だったのに。
俺がいくら泣いても、榛名はもうパルクにもゲーセンにも連れていってくれなかった。
別に奢りじゃなくたって、俺は榛名と一緒に居られたら、もうそれでいいと思ったのに。
榛名はもう、俺が泣きっぱなしでも、憎まれ口を叩いたり、涙を止めてはくれなかった。道行く人に俺が泣いてるのがバレて、見られてる中、せめて俺と手を繋いで送ってくれたんだろうか。もう泣き疲れて、俺は全然覚えてない。
ただ、ふかふかのベッドで、幸せな夢を見た。
榛名が俺以外の人達に対してとは違う、別にきれいにじゃなくて、俺に嫌味の無い調子で、ただ楽しそうに笑いかけてくれる夢だった。
そんな榛名はどこにも居ないって、俺はもう分かってるのに。俺になんかあんな、滅多にしなかった表情をもう見せてはくれないって、俺はちゃんと分かっていたのに。
俺、あんなに泣いて頑張ったのに。俺は榛名に優しくして欲しかったけど、あんな隠し切れない、通し切れない嘘を抱えて、半端に優しくされて、こんなかなしい結末が欲しい訳じゃ無かったのに。
それでも榛名の一番じゃなくてもいいってまで、俺、云ったのに。
フラれるとかすごく辛い。それも短期間で二回もだ。武ちゃんの時と比べ物にならない。武ちゃんの中で俺は二番になったけど、榛名の中だと俺なんてすごくどうでもいい順位なんだって分かっちゃったもん。それに武ちゃんの時は榛名が来てくれた。
それで俺は榛名を好きになっちゃったのに、榛名にとって俺はどうでもいいんだもん。夢の中でも心臓ら辺がズキズキ痛くて、涙が出てきて、上手く呼吸が出来ないって最悪過ぎる。
やっぱり俺、一番がいい。父さん母さんが無理なら、武ちゃん。武ちゃんにも、榛名にもこっぴどくフラれちゃったから、やっぱり武ちゃんかなあ、もう。
武ちゃんもあの彼女にフラれて、また二人で幸せに、俺たち上手くやってけないかなあ。
それが一番幸せな結末だって思うけど、やっぱり俺、榛名がいいや。
武ちゃんには、俺とは違う意味で武ちゃんと、相思相愛の人と幸せになって欲しいって思うもん。それに俺は自分がワガママだって知ってるけど、なんだかんだで許してくれる、気まぐれにだけど優しい榛名と付き合ってたの、いっぱいムカついたけど楽しかった。辛くて泣いてた時ばっか一緒に居た所為か、すぐ好きになったし。
榛名が俺の一番でもいいって、本当に本当に、思えたもん。
アンタなんて産まなきゃ良かった、要らないって、もう顔も覚えてない母親に、俺は昔よく云われた。一番傍に居る人に大事にしてもらえないこと、愛してもらえないことが不幸だったし、それを不幸だと思った。
『まどかちゃん?これから宜しくね。』
『三人でゆっくり家族になろうね。』
そう、母さんと父さんが俺に云ってくれたこと、俺は今でも鮮明に覚えてる。
俺を挟んで幸せそうに笑ってくれて、二人とも俺と手を繋いでくれて。晴れの日はお出かけで、雨の日も俺と家の中で一緒に居てくれる。仕事の日でも毎日俺と会話してくれる。
円は世界で一番可愛いねって、愛してるよって惜しみ無く、他人なのに、そう云ってくれた。ささいなことで褒めてくれたり、悪いことしたら叱ったりしてくれた。
それは、どんなに望んでも実の両親はしてくれなかったことだった。
二人は俺を一番大切にしてくれた。思ってくれた。愛してくれた。
自分だけがあの人たちの一番なのがすっごく嬉しくて、とても幸せだった。
今だって和花と同じように大切にしてもらってるの、分かってるけど、それでもだ。
「マドカの最初の反抗期はノドカが産まれる時だよ。もーほんとやさぐれて、拗ねてさあ。けどおじさんとおばさんの前じゃそれ、取り繕うとすんの。別にお前が要らなくなった訳じゃないって、どんなに云ってもダメだったんだ。妹生まれるって分かった日から毎日二人に隠れて泣いてるマドカが可哀相で、だから、オレがお前のこと一番にしてやる!!って云っちゃったんだよ。それでコイツ、ぴたっと泣き止んでさぁ。」
「っ、武ちゃんの膝じゃない・・・・・。」
「オレより榛名の方が、やわらかくていいだろ。」
「はる・・・な?」
嘘。榛名、消えちゃったもん。俺の嘘の彼氏だって、そう云ったもん。
なのにベッドに寝転んだ俺を、榛名が上から覗き込んだ。重い腕を伸ばして、ほっぺたに触ってみる。あ、けど俺、榛名のほっぺたの感触知らないから比べようが無い。でも目に映る輪郭をなぞると、ちゃんとその通りの感触がある。これ、幻じゃない。
「っ、うっそだぁ・・・・・。」
「うわ、また泣く。もう目、溶けるよ。円すごいね。寝てても俺の手離さないで、膝にまで転がってくるんだもん。」
ほんと図々しいよね、ってちょっと笑って、偽者じゃ無さそうな榛名は、俺が知ってる榛名の喋り方で話した。確かにもう片方の俺の手は、榛名の手をしっかり握ってた。
あと、天井だけでも分かる。見慣れていてよく知ってる部屋だけれど、ココ、俺の部屋じゃない。向かいの武ちゃんの部屋だ。
「マドカ。その顔じゃ家、帰れないだろ。お前の分も飲み物取ってきてやる。」
「あと・・・お腹減った・・・。」
「分かった。」
ひら、と武ちゃんは手を振って部屋を出て行った。さっき武ちゃん、懐かしくて恥ずかしい、俺の昔話してたな。通りで俺が懐かしい夢を見た訳だ。
俺は、ごろ、と榛名の膝の上をちょっと転がった。するとそのまま、ベッドに落とされた。
重かった、足痺れたんだけど、と榛名はこんな時でもクールな顔で口にした。
「そうだ、なん・・で、榛名居るの?」
「もう忘れた?円が俺の手、離さなかったから。」
そんなの、解くことだって出来るのに。今みたいに俺を簡単に落とすことだって。榛名がほんのちょっと、心を鬼にすればどっちも出来た事なのに。
それ、しなかった、したくなかったって云ってるも同然なの、榛名は分かってるんだろうか。
その辺りには榛名は触れずに、ただ少し笑いながら話を続けたけれど。
「円、帰り道も脇目も振らずに泣きながら、俺のこと好きって云い続けてたから、見沢が居ても置いてくの可哀相かなって。夢見も悪そうだったし。」
「なんでんな・・・楽しそうなの・・・。」
「円は本当に、俺の一番になれなくてもいいって思う?」
「・・・・・。榛名が俺の方向いてなくて、他の誰かを好きだとしたら、すっごいやだ。」
「やっぱりね。そうだと思った。」
榛名に声を立てて笑われて、俺は、むう、とむくれた。
けど手を離したら、榛名はすぐに俺のこと置いて帰っちゃいそうで、離せずに強く、もうちょっと握りしめた。
「俺、嘘吐いた気、無かったもん。」
「俺も吐いてないよ。全部ちゃんと、思ってた事だから。」
「なら嘘、ちょっと吐いてても良かったのに・・・。」
「アハハ、じゃあ今度こそお別れだ。」
「・・・・・・。やだ。」
ここまで俺、頑張って粘ったのだ。そんな簡単に別れてなんてやるもんか。俺はむくりと起き上がって、手を離して、榛名に、ぎゅううと抱きついてみた。痛いって云うからちょっと、腕の力を緩めてみたりして。
それでも何も云わない榛名の顔色を、暫くしてからちらりと伺うと、ひっどい顔だと榛名はまるで、嬉しそうに笑って、俺の目元を撫でた。そんなの全部、榛名の所為なのに。
「もう今日、俺は別れようと思ってたのに。俺の中で今、円が暫定一番なので、それキープする努力が出来るならどうぞ。」
「・・・可愛いも、大事も一番?」
「まあ、見捨てられないくらいには好きになっちゃったんだよね。それに、いつもこのくらい静かだとすごくポイント高い。」
「んん。善処する。」
勝手に俺は、榛名の小指と指切りをした。
榛名は黙って、それを見ていた。
「俺、誓ったので、榛名も何か誓っていいよ。」
「んー・・・。今のところ、何だかんだで円が一番可愛いと思います?」
「すっ、すごい余計なセリフ多かった・・・!!!」
「誓いのしるしに、キャラメルパフェ奢ってあげる。」
「っ、やったあ!!!!!」
「だから人んちで騒がない。」
はっと口元押さえて、大声出した所為で喉の痛みにちょっと震えて。
それから、粘り勝ちって、榛名が諦めたように笑ったので、俺もにんまり笑った。結局、俺は榛名に勝ったのか負けたのか、まあ、とりあえずこの恋を俺の辛勝として。
俺にはやっぱり、暫定らしいけど、とにかく彼氏が出来た。
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