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第10話

 ――渡瀬。  そう俺のことを呼んで後頭部を先輩の手が覆うように抱え、キスをくれた。重なって、絡まる、昨夜を思い出させるキス。昨夜の行為を。  今日は先にシャワーを浴びた。  バスルームに映る自分は昨夜まで知らなかった痕を体中に残している。仕事を終えて、一旦うちへ戻り着替えた時もじっと見てしまった。 「……」  二十八年間、つけたことのない鬱血の赤色。  二十八年間……したことのない行為。知らなかった、セックスの快感。 「……あ、お待たせしました」  バスローブだけ羽織って部屋へと戻ると、先輩が窓の淵に腰を下ろし背後で煌めく夜景に視線を向けていた。  そして、シャワー上がりの俺へ視線を移して、プッと吹き出して笑った。 「あ、あのっ」  変、だっただろうか。 「変なの」 「……」  やっぱり変だった? したことがないんだ。昨夜が初めてで、こういうのしたことないから手順がわからない。そもそも人をお金で買うっていう行為は俺にとってとても非現実的で。 「普通、サービスする側の俺が言う台詞を客のお前が言うの」 「……」 「お前ってさ」 「はい」 「……可愛いね」  大昔、高校の時からそれを言われたけれど、そんなの、二十八年間誰にも言われたことがない。先輩だけだ。そんなことを言うのは。  あ。  もしかして、これは営業トークというやつなのだろうか。だってそうだろう? 高校ならまだ可愛げがあったかもしれないけれど、今、二十八の俺にそんなものあるわけがない。  可愛いね、なんて言葉をこの先輩に言って貰えたのなら、どんな女性だって蕩けるだろう。嬉しくてたまらないんじゃないだろうか。だって、男の俺には不釣り合いな言葉だとわかっていても、これが営業トークだと気がついても、それでも嬉しいのだから。 「あ、お前、今、可愛いって言ったのは営業トークだって思っただろ」 「!」 「違うよ。まぁ、営業トークで言うこともあるけど、でも、今のもさっきのも、それから昨日言ったのも違う」  そう言ってくれているその言葉自体がもう営業トークなのかも――。 「高校の時のお前に言ったのも」 「……」  高校の時、にも言ってくれてたこと、覚えててくれたんだ。 「それに男の客は今までいなかったけど、でも、男相手に可愛いなんて連呼したって嘘臭いだろ。しらける。もっと上手く褒めるさ。お前に言ったのは」 「!」  手を引っ張られ、そのまま引き寄せられて、抱き締められた。背後に夜景を背負う先輩はそれはそれは映画のワンシーンのようで、こんなに近くに引き寄せられてしまったら堪能できなくて少しもったいない。 「本当にそう思ったから」 「……」  あぁ、でも、少し照明を落とした部屋で、夜景にほのかに映し出される先輩はそれはそれでカッコ良くて。 「ここ」 「ぁっ」 「辛くない?」  小さく声をあげてしまったのは、先輩の指が尻の間をバスローブ越しに撫でて、あそこを押したから。バスローブの分厚い布に阻まれてひどくもどかしいけれど、とてもゾクゾクした。昨日、何度も先輩のをそこに挿れてもらったのを思い出して。 「あ、っン、辛く、ない、です」 「……」 「お待たせしてしまった、んですが、アっ、ちゃんと、洗ってきました、から」  そこ、ちゃんと洗った。指で、ちゃんと。 「あっ」 「渡瀬、お前さ」 「あ、あっ」 「煽るの……上手いね」  そう、だろうか。  そうなら嬉しい。煽るのが上手いと褒めてもらえたけれど、でも、俺にしてみたら、貴方の方がよっぽど上手だ。 「あ、あ」  だって、抱きしめられて、孔を指で撫でられる感覚に身悶えて乱れたバスローブから覗く乳首を。 「あぁっんっ……んっ!」  舐めてもらいたくて、その唇に自分から押し付けたくて堪らなかったから。 「あっンっ、ぁ」  押し付けて、その舌に舐めてもらって、歯を立てて齧ってもらいたくて、そこにたくさん残る鬱血をもっと欲しくて仕方がなかったから。 「あ、先輩っんんん」  乳首、ゾクゾクする。硬くなったそこを舌で転がすように舐められて、腰の辺りが重く感じる。気怠くて熱っぽい重さに戸惑いながら、先輩の頭を抱きかかえた。 「っん」  昨日何度も感じた小さな痛みを乳首のところで感じた。きっとまた赤い痕が一つ増えた。 「ああっ」  少し離れたところにもう一つ。 「あ、あっ、先輩、ンっ」  反対側にももう一つ。赤い、キスマーク。  そして、バスローブの腰紐は先輩の指に引っ掛けるように下へ引っ張られ、簡単に解けて、足元にわずかな音を立てて落っこちた。 「っぷ」 「先輩?」  急に笑われて、浅ましすぎたかと慌てた。自分から乳首を押し付けるなんてって呆れられたのかと。 「酒も入ってたからか、俺、ずいぶん、がっついたな」 「え?」 「馬鹿みたいにキスマークつけてんじゃん」 「……あっ」 「ここも」  乳首にキスをされて甘えた声をあげてしまう。 「こっちにも」  脇腹なんてくすぐったいだけかと思ってたのに、そこにキスをされてゾクゾクした。 「それにここにも」  でも、そこはひどく興奮した。 「あっ、ンンっ」  首筋のところ。そこにキスをされると、なんともいえない切なさが込み上げてきて、どうにかなりそうだ。早く、ってせがんでしまいそうになる。 「あ、先輩っ」  早く、俺と。 「渡瀬」  お願い。 「先輩、」 「……」 「して、ください」  そう切に願って、自分から先輩にキスをした。夜景が自慢の大きな窓に寄りかかり座る先輩に、腰を屈めて、昨夜の真似っ子で舌先を差し出して絡めるキスをして、二十八年間、言ったことのない言葉を口にした。 「セックス、して」

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