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第12話 三回
バスケ部に入りたかったわけじゃなかった。
同じクラスの奴が見学に行きたいのだけれど、一人じゃ心細いからと、まだ知り合って間もないけれど、その中でも大人しそうな、いや、暇そうだったのかも、俺に同行してくれないかと頼まれた。
それで行っただけだった。
そしたら、先輩がいた。
体育館を覗いた瞬間、目の前をものすごい速さで駆け抜けた人がいた。それが、二年生だった先輩。ドリブルで数人抜いて、そのままシュート。
カッコ良かった。
まさに一目惚れだった。
結局、そのバスケ部への見学を頼んだクラスメイトは入部せず、俺が入部した。理由なんて絶対に言えない。
二年生の先輩に一目惚れしたから、だなんて。
大石と話すようになったのはその頃からだった。
自分の恋愛対象が同性だと気がついたのはもっと前からだったけれど、でも、とても自分が「外れた」人間な気がして、誰かを好きになるのすら怖かったんだ。
先輩が初めて好きになった人だった。
カッコよくて、俺にも気さくに話しかけてくれる人で、もちろん人気者で。手なんて届くわけもない人で。遠くからでも見ていられたらそれでいいとバスケ部に入部した。わずかで構わないから、繋がりが、接点が欲しくて、バスケ部に入ったんだ。
もちろん、人気者の先輩は女子にも人気。
けれど、どの女子とも、どんなに可愛い女子とも付き合って、二ヶ月ともったことがなかった。
そして、こっそりと耳にした噂。
『白岡先輩ってさ、三回好きっていうと別れるんだって』
きっとどこぞの誰かが面白半分に、モテる白岡先輩をやっかんでそんな噂を作ったんだろう。二回目までは大丈夫。三回目、好きだと告白してたら、別れようと告げられる。そんな御伽話のような噂。
けれど、確かに白岡先輩はどんな女子とも二ヶ月以上続いたことがなかった。
そう、俺が二年生になってすぐくらいだった。
すごい可愛い女子が一年に入ってきたんだ。確かモデルやってて、アイドルのオーディションとかも受けているようなすごい可愛い女の子。あの子は一番短かった。確か。二週間くらいでダメになったんじゃないかな。あの子は知らなかったから。きっとたくさん言ってしまったんだろう。
好き。
そう言ってしまったんだ。皆できるだけ言わないように気をつけてるのにって。その女子と最短で別れたことが、あのおかしな噂話を信憑性の高いものにしてしまった。
三回好きと言ったら終わり、だと。
でも、それは付き合っていたらの話。
俺の場合は付き合ってもいないから。全く別の、話。
「帰るの?」
「……ぁ、はい」
バスルームで身なりを整え終わったところだった。
「明日、そっか……月曜だもんな。仕事か」
「あ、いえ。明日は休日です。土曜も出勤したから、その振替で」
「……」
だって、恋人でもないのに、そんな連続で夜を共にさせるわけにはいかないから。
それにゲイじゃない先輩にしてみたら、同性の後輩がずっと一緒にいるなんて、嫌、でしょう?
「部屋はチェックアウト十一時なので、このまま先輩は寝て、て……っくだ……ン、い」
コートを取ろうとした手に、先輩の手が重なった。
「せんぱ、……っ……っ、ン」
どうかしましたかと顔をあげたら、キスされた。
「ン、……ぁ、あの」
舌が絡まり合う濃厚なセックスの前戯じゃなくて、触れるだけキス。
「明日は?」
「……ぇ」
「明日も会う? 毎日、だっけ?」
会ってくれるんですか?
先輩にとっては少し関係が変化したけれど、でも、ただの後輩なんだ。そう毎日相手をして欲しいなんて言われても。
「なら、泊まれば?」
「は? あの」
泊まるってここに?
「けど、あの」
「延長料金取らないから」
「いえ、そうじゃなくて」
先輩は財布を取り上げ、寝にくいだろと笑い、それをテーブルに置いてしまった。
「あのっ」
「そんで、十一時だっけ?」
俺を連れたまま、ベッドに転がった。
「そしたら、ちょうど店も空いてるし、買い物しよう」
「ぇ? 何を」
「お前の服」
「は、はい?」
「イメチェンってやつだよ。だってお前、抱かれたいんだろ?」
「なっ」
「なら、抱きたくなる男にならないと。ほら、明日、歩き回るだろうから寝ようぜ」
そのまま、先輩が目を閉じた。
「あの、先輩、俺、服を」
「いーよ。それ、皺になっても明日買い換えるから」
「え、ちょっ」
「おやすみ……」
そして、先輩が本当に寝てしまった。
本当に?
「あの、先輩……?」
寝てる?
「……」
そっとベッドを抜け出そうかと思ったんだ。シャツも皺になるし、先輩だって一人でベッドに悠々と眠りたいだろうからと思ったのに。俺を抱え込んで、まるで抱き枕のようにしてしまうから、身動き一つできそうになくて。温かくて。
先輩の寝顔がすぐそこにあった。
「……」
好き、と思った。
けど、思っただけ。
――三回好きと言ったら終わり。
三回も好きと言えるのか……と、思った。俺はきっと一度でも言ったら、逃げ出されてしまうだろうから。これはただの仕事だから。
三回好きと、言っても言わなくても、終わる仕事。
「渡瀬……あったけぇ」
「……」
びっくりした。起きてた? 今、一瞬だけ目を覚ました? けれどもう穏やかな寝息がしてる。今度は本当に寝たみたいだから。
いいなぁ。
そう思った。
この腕の中を知っている女性はたくさんいて、その誰もが三回、好きと言わなかったら終わらずにいられたのかもしれないなんて。一回でも好きだと言えるだなんて。
「……ったかいのは先輩だ」
いいなぁ、そう胸のうちでだけ呟いて、先輩の腕の中に丸まって目を閉じた。
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