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第13話 黄色のストール

 好きだと、三回目、告げてしまうとそこで終わってしまうけれど、それでも彼女という存在が途切れることはなかった。  彼女と歩いているところを見かけたことは何度かある。いつも朗らかに笑っていたし、仲は良いように見えた。嫌々で付き合わされている感じはしなかった。  だからこそ、勘違いをしてしまうのかもしれない。  自分は今までの彼女とは違うのかもしれないと。自分だけはきっと本気なんだと。そう思って、三回目、好きだと告げてしまうのかもしれない。  わからなくも、ない。  俺にすらとても優しい人だから。きっとこれが女性だったら、もっと優しいんだろう。そりゃ、言ってしまいたくもなる。 「あ、こっちのは? ワインレッドだって、似合ってるよ」  もちろん、俺はそんなの言っても言わなくても終わるのだけれど。 「ほら、いい感じじゃん」  好きです、なんて。  むしろ一回だって言った瞬間に、慌てふためいて逃げてしまうだろう。 「渡瀬?」 「! は、はい」 「これは、あんまだった? こういう色は、ビミョー?」 「あ、いえ、そういうわけじゃ」  なんだか、本当にデートみたいだ。 「でも、こういうのあんまり着たことないから」 「真面目だもんなぁ、あ、じゃあ、こっちは? グリーン系。似合うよ。お前、綺麗な顔してるから、色味のある服が合う」  綺麗な顔とかさ、さりげなく言うんだ。女性は言われたらさずかし嬉しくなるだろう。 「あ、このストールもいいな」  手に取ったのは鮮やかな黄色のストール。 「そ、それですか?」 「ダメ? ほら、可愛いじゃん」  そう言って先輩が自分の首にふわりとそれを巻きつけた。そんなおしゃれなもの、どう首に巻くのがスマートなのかもわからない。先輩みたいにさりげなく身に纏うなんて到底できそうにない。 「先輩の方が似合ってますよ。とても、か、かっこいいかと」  鮮やかな黄色のストールなんてさ、男性でそれを着こなせるのなんてそういないと思う。けれど、やっぱり先輩くらいになればそのストールだって馴染んでしまう。 「いや……俺は……こんな鮮やかな色の汚しそうだから」  先輩の声が、わずかに重くなった気がした。ふわりふわりと楽しげに踊っていた声が、わずかな重みに踊るのをやめて、地面に落っこちたような、そんな声。その重くなった声にふと、その「汚れ」のことを思う。まるで自分自身が汚れているから、それを巻きつけた瞬間、その黄色を汚してしまうような、そんなふうに聞こえてしまった。だから――。 「わ、渡瀬?」  だから、買うことにした。 「おいっ」  先輩が持っていてくれたグリーンのカーディガンに黄色のストール。それから、他のも、全部、全部、買い占めることにした。 「おいって」 「すみません。これください。あ、あと、着て帰りますので、タグを外していただけますか? すみません」  全部。  そして、店員が会計を済ませ、タグを外してくれると、更衣室へと駆け込んだ。少し、俺には派手な気がするけれど。こんなに色味のある服装はしたことがないから戸惑うけれど。 「どうですか?」  更衣室から出ると先輩がカーテンのそばで立って待っていてくれた。 「いいんじゃない? 似合ってるよ」 「ストールは? しねぇの?」 「これは、先輩のです」  巻き方なんて知らないから、先輩のように綺麗に首元を飾れないけれど、外されないようにギュッとその首に巻き付けた。 「よ、汚れは、洗えば落ちますからっ」  どんな汚れだって。 「…………渡瀬」 「はいっ」 「これ、きつく巻き過ぎ、苦しい」 「!」  慌てて謝った。そんなおしゃれ上級者みたいなアイテムどう扱っていいかなんて知らないんだ。したことないから。ストールなんて使ったことがないし買ったこともない。  先輩は慌てて謝る俺に笑って、また綺麗に、スマートにそれをふわりと首に巻き付けた。 「……幹泰(みきやす)」 「! えっ?」  慌ててしまう。先輩が急に俺のことを名前で呼ぶから。 「ミキ、かな」 「!」  心臓が跳ねてしまう。戸惑ってしまう。いつも落ち着いた色しか選ばないから、こういうカラーに慣れてないんだ。 「靴」 「はいっ?」 「靴だけ、真面目」 「え?」  足元を見れば、確かに靴だけは真面目で面白みのない真っ黒な革靴だった。こうなってくるとそこだけがむしろ浮いているように見えてくるから不思議だ。 「じゃあ、次は靴だな、ミキ」 「……せんぱ、」 「久志(ひさし)、だろ?」  慣れてないんだ。この明るい服装に。 「ほら、ミキ」 「え、えっと、えっと」  一人ではない買い物に。 「久志、先輩」 「っぷ、あははは、お前、そこ必須なの? 先輩って」 「だ、だって」  まるでデートのようなこの時間に。 「まぁ、いいや。ほら、靴見るぞ、ミキ」  まるで、デートのような名前の呼び方に。

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