クリスマスまで一ヶ月ともなると街中はすでにその雰囲気を醸し出している。赤と緑、それからキラキラと眩い金色で街が飾り付けられていた。 　その季節ごとに変わる繁華街の風景に今までは何も思うことはなかったけれど。 「……クリスマス」 「？　あぁ、そっか。あと、一ヶ月と少しか」 　今年はどこからか聞こえてくる鈴の音が混ざるクリスマスソングに、いつもは「あぁ……」と思うだけ。別にその時だからと特別なことはしていないし、しようと思ったこともない。誰かと過ごしたいと思ったこともなかった。高校の頃だって、先輩と過ごしてみたいなんてこと、微塵も思わなかった。だってこの人は――。 　――あ、あれ、白岡先輩だ。 　クリスマスイルミネーションが眩い街中、その日がクリスマスイブだからかいつも以上の混雑ぶりだった。 　大石がその背中に気がつくよりも早く俺は気がついてたよ。先輩の背中だけは誰よりも早く見つけられる自信があるんだ。もしもそんな競争があったら、余裕で一位を獲得できるだろう。この特技は先輩が引退をしてからもっと上手になったんだ。夏に引退してからはもう部活であの人を見かけないから。だから、背中を見つけることばかりになってしまって。 　けれど、おかげで、きっと先輩の隣を今並んで歩いている彼女よりも早く見つけることができる。 　でも、今日だけは先輩じゃないといいのになぁなんて思ったから、見つけたけれど、見つけていないフリをしてた。それなのに大石が今更見つけて俺に呑気に、お前が見つけたのは正真正銘、本物の白岡先輩だよって教えてくれる。 　いらないのに。 　人違いかもしれないってことにしておけば、白岡先輩がクリスマスイブに誰と過ごしてたかなんて知らないことにできてたのに。 　――いいなあ。白岡先輩。このガッツリ受験シーズンにデートかぁ。 　あの横にいる彼女は三年生なのかな。受験はどうしたんだろう。家で勉強してればいいのに。 　――俺も！　来年こそは彼女とクリスマスを過ごすんだ。 　いいよね。大石は「彼女と」ってさ、誰か特定の人じゃなくて、誰か、といたいんだ。そしたら叶いそうだもの。羨ましい。俺は誰かと、じゃないから。そして、その人とだけは絶対に、絶対にあり得ないことだから。 　――…………。 　あぁ、そっか。 　そんな特技彼女には必要ないんだ。 　先輩の背中なら誰より早く見つけられる、なんてことなくていいんだ。ずっとずっと前にいて、例えば、全体朝礼の後、雪崩れ込むように皆が集中する廊下なんかで見つけなくてもいい。登下校の時間に視線を遠くまで向けて見つけることもしなくていい。その人は前ではなく、隣にいるから。 　だから、必死になって見つけなくてもいいんだ。 　そう気がついて、悲しくなったっけ。 「一カ月とちょっと、か。そしたら、まだ継続してるか」 「ぇ？」 「クリスマスん時」 　羨ましい、ばかりだった。先輩を好きな限り満たされることはなくて、欲しいものばかりが増えていった。苦しいくらい、「欲しい」ばかりがこの身体の中に詰まっていく。どの「欲しい」も満たされることはないのに、充分にその「欲しい」ものを与えられることはないのに。 　けれど、あのキスがいけなかった。 　少しだけ獲得できた「欲しい」ものの欠片の味。あれを知ってしまったから、忘れられないほどに固執してしまったんだ。あのキスがなければ、味を知らなければ、諦められたかもしれない。 　あれと同じ。 　テレビで見かけた高級料理。どうしたって食べられない。味すら想像できない。それならその時だけ「いいなぁ、美味しそうだなぁ」って思うだけ。けれどその渇望はそれっきりで、もっと手身近で、自分に似合いなものを口にして満足できる。 　けれど、ほんのちょっとだけ、ティースプーンですくって口にしてしまったら、ほんの少しだけでも味わってしまったら、もっと食べてみたい、口いっぱいに含んでみたいって思ってしまう。 「まだ、この六十日の中に入ってるだろ、クリスマス」 「……」 　口いっぱいに含んでみたいって、胸が躍ってしまう。 「あ、あの……口で、は、ダメですか？」 「え？」 　どんな味なんだろうって。 「！　ご、ごめんなさいっ！　その、俺がして欲しい、とかじゃなくてっ、その、先輩のを口でしたら、ダメ、ですか？」 「……」 「これを」 　ベッドに組み敷かれていた俺がどうにか手を伸ばして、触れたのは先輩のペニス。 「フェラチオって……」 「い、けど……」 「し、したことないのでっ、その上手に」 「いいよ」 　先輩が起き上がって、まだ乱してもいなかった前をくつろげる。逆に全裸にすでになって、前戯に火照ってた俺がその脚の間に座り込んで。 「舐めてみて」 「は、い」 　勃ってた。先輩の。 「……ン」 　それをペロリと舐めて。 「っ」 　ちゃんと口に含んだら、先輩が息を詰めたのが分かった。それが、たまらなく、とてつもなく、嬉しかった。 「ミ、キ……」 「ン、ん、ンンッ」 　口に含んで、それで舐めてしゃぶってる。 「そこ、くびれんとこ、口窄めて扱いて、歯立てないように気をつけて」 　口の中でビクンッて跳ねてくれる。 「竿の、裏筋んとこ、舐められる？　……っ」 　舌に気持ち良さそうにしてくれる。 「っ、ミキ」 　いつもこれが俺の中に入るんだ。こんなに太くて大きくて、熱いのが。俺の中をあんなに……。 「ン、ン……ン、はっ、ん……ン、ぶ」 「上手いよ、ミキ、今まで、したことない？」 「ン、ん」 「本当に？」 　したことなんてない。でも気持ちいいですか？　俺の舌、気持ちいい？　唇は気持ちいい？ 「すごい上手なんだけど」 「ん、ン……んん」 　だって、ずっと口にしてみたかった。ティースプーンでちょっとだけ味わった先輩をもっともっと口いっぱいに含んでみたかったから。だから。 「俺の、溶けちゃいそう」 「んんん」 　頬張って味わってみたかったから。 「やば、お前の舌、気持ちい……」 「ん、ん」 　褒めながら頭を撫でられて嬉しくてたまらなかった。だから丁寧に舐めてしゃぶって、たくさんたくさん口で、舌でもっと気持ち良くなってもらいたくて。 「っ、ミキ、離しな、出るから」 「ん、ン」 「ミキ、っ」 　味わってみたい。 「っ、ミキ」 　しゃぶらせて。 「っ、おま、っ……っ！」 　ドクドクと口の中で暴れて脈打ったと思った瞬間、舌と喉がドロリと濡れた。 「っ」 「……」 　先輩の。 「お前、ねぇ……って、ほら、出しな、そんなの」 「や……」 「やじゃなくて、ほらって、おいっ……バカ」 　味。 「ったく、お前、そんなの不味いだろ……バカ」 　そんなことない。ずっと味わってみたかった。ティースプーンよりももっとたくさん。たくさん。 「バカ……だな」 「ン……ん」 　口いっぱいに貴方を。 「ほら、不味い」 「そんなこと、ない」 　苦くて、甘くて。 「それに不味いのにキスした先輩の方が」 　とても美味しかった。 「あ、後輩のくせに先輩に口答え？」 「だって……ん、ン、……ん、あ……く」 　キスで反論が塞がれる。ベッドに押し倒されて全裸だった俺は、口でしてる間からずっと勃起していたペニスをきゅっと握られて甘く喘ぎながら脚を拡げた。 「先輩……も、中、柔らかい、から」 　もっとたくさん頬張りたくて、欲張りな俺は出来る限りの甘えた声で、それをくださいと懇願した。