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第35話 真似っこ
「はぁ」
ぽすんと布団に転がると、先ほどの酒が急に回ったのか、それとも気疲れのせいなのか、遠路はるばるやってきた疲れなのか、急に眠気に襲われた。
とても豪勢な食事だった。でも残してしまうのは作ってくれた人に申し訳ないから全て食べた。お腹が破裂してしまうかと少し心配だけれど。
湯もよかった。
源泉かけ流しって書いてあったっけ。
一日出張、見知らぬ職場で過ごすのは身体もだけれど、気持ち的に疲れる。それでなくても人見知りをするタイプだから、気疲れてしてしまう。だから、湯で温まると、自然と安堵の溜め息がこぼれてしまった。
あとは明日、午前中にもう一度、あちらへ赴いて、それから帰る。
帰ったら、先輩はまた会ってくれるだろうか。
折り返しの電話はない。メッセージも……ないけれど。今、何をしているんだろう。「仕事」がないことを満喫しているのだろうか。
でも二度目の電話は無理だ。
うざがられてしまいそうで無理。
それに用事がある訳じゃない。ただ声が聞きたかっただけ。けれど、そんなの言えるわけがないから何か電話をするための用事を探さないと。だからやっぱり無理。
電話をして繋がって、何? と訊かれた時の答え方がわからないから。
「……」
先輩は、今、何してるのかなって思ってなんてさ。
先輩の声が聞きたい、なんて言えるわけがない。
「……」
顔が見たい。
「……ぁっ」
貴方を思い出したら、手が勝手に貴方を真似た。
敷いてくれた布団に転がって、あとは寝るだけ。そしたら折り返しの電話のことも、メッセージのことも気にしないでいいのに、声が聞きたくて、顔が見たくて、手が貴方を欲しがる身体を弄る。
「ぁ……ンン」
乳首を抓ってみたら、すごく気持ちが良かった。
セックスを覚える前もいじったことはあるけれど、こんなじゃなかった。もっと、小さな「気持ちいい」しか感じなかったのに。声なんか出なかったのに。
「やぁ……あ」
声が出てしまう。
一人の部屋だとよく聞こえてしまって、その声がとても甘ったるいとわかる。先輩へ可愛子ぶりっこをする声。でもこの変にぶりっこをした声を上げると先輩は。
――気持ちいい?
そう耳元で囁いてくれる。その声に興奮して、鼓膜から快感が流れ込んで、染み込んで、喉奥が熱くなるんだ。そしたら、もう身体は火照ってたまらなくなる。
喉奥の熱が身体の内側をトロリと溶かして、腹の奥に、身体の奥に、滴り降りるんだ。熱くなってしまう。
「あっ……ん」
手が止まらなかった。抓るととても気持ち良くて。
先輩がしてくれるみたいに少し捻るように抓ってから。
「あっ……あ、ン……あっ」
爪先でカリカリって引っ掻くと、たまらなく気持ちいい。先輩に教わる前はこんな愛撫の仕方も知らなかったし、こんなに感じなかった。
「あ……」
この身体は先輩に仕込まれてるんだって、実感すると嬉しかった。
「やぁ……乳首」
コリコリしてる。
「あ、あ、あ、あ」
爪先を先輩の歯みたいに思って、強く、その硬く勃起した乳首を押し潰すようにしながら、もう片方の手で甘く優しく摘む。
「あ、これ……」
気持ち良い。
浴衣の前を乱して、下着を下へとずり下げる。
変な格好だけれど、でも一人だから。
――ミキ。
だらしのない格好だけれど、先輩は笑ってキスをくれる。
――前、自分で扱いて。
「あっ……あっ……」
――カリんとこ、たくさん擦りな。
「あ、先輩」
ゾクゾクしてしまう。先輩の声が好きだから、その声で勝手に脳内変換して再生しながら、手は先輩を真似て、乳首とペニスをいじってる。
「先輩っ」
その時だった。
「!」
呼んだだろ? とでも言うようにスマホが急に鳴った。
「あっ……嘘……」
先輩だった。先輩からの電話。
「あ、ど、しよ」
出なかったら切れてしまう。また折り返せばよかったのかもしれない。けれど、貴方を真似て愛撫をしていた手は本物欲しさにスマホに手を伸ばした。
「……は、はい」
『もしもし』
あ。
「はい」
『出張、お疲れ』
先輩の声だ。
「お、お疲れ様です」
『いや、俺は疲れてないよ』
先輩の声。
『さっき、電話くれただろ』
俺よりもずっと低い声。
『……出張って、一人で?』
「え? あ、はい」
『……』
「あの、先輩?」
この声、好き。
『なぁ、ミキ』
「は、はい」
この声が聞きたくてさっき電話をかけてしまったほど。
「あ、あの……先輩?」
『一人?』
「は、はい」
じゃないと、オナニーなんてできないでしょう?
『続き、しようか』
「え?」
なんの?
『オナニーの』
「!」
『声でわかるよ。俺とセックスしてる時の声』
甘ったるい可愛子ぶりっこの、変な。
『甘い声色してた』
「……」
『いつもセックスの時、俺のことを呼ぶ時の声』
――先輩の、ください。お願い、先輩。
『続き、しようか』
「……あ、あの」
『セックス、電話で』
声が聞きたかった。呼び鈴五回分、「ねぇねぇ」って鳴らしてしまうくらい、貴方の声が聞きたかった。その声が少し変わる。低く、少し熱に掠れた、俺と、セックスしてくれる時の声に。
『ミキ』
ほら、変わった。
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