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第37話 非情だと

 午前にまた融資先である会社に顔を出して会議に出席し、昼すぎに新幹線に乗り込んだ。  涼しげな顔をして仕事をしてた。出張中に淫らな行為をしていたなんて、わからないように真面目な顔をしながら。本当は直帰したかったけれど、そうもいかなくて、不真面目なサラリーマンは渋々オフィスへと顔を出す。 「あ、渡瀬さん、お帰りなさい」 「吉川、ただいま」  たった一日だけれど、出張していた間にデスクの上にはメモ紙がまるでトランプの七並べのように並べられていた。今時、何から何までデジタル化が進んでいるのに、こういうのは全部アナログの紙なんだ。大概、紙メモで寄越される連絡事項は電話で来た用件。受話器を取りつつだから紙でのメモが一番楽。 「どーでした? 市場クレームの」 「んー……まぁ、流出したものは仕方がないからな」  向かいの席の吉川の質問になんとなくで答えながら、その一枚一枚のメモを確認していく。メモにある企業名、それから担当者、もしくは社長の名前を急いで頭の中に入れていく。 「え? じゃあ、今後も」 「まぁ、しっかりとした対策書はもらってるから」 「…………」 「? 吉川?」  ふと会話が途切れたことに気がついて顔を上げると吉川がこちらをじっと見つめてた。 「あ、いえ……普段の先輩なら、今後の契約については切る方へシフトチェンジしてるだろうから」 「……」 「珍しいなぁって……」  非情だ、と思う。  けれどうちは商社だ。金儲けには飛びつくけれど、金が儲からないのなら、そこは無慈悲なほどに切り捨てる場合がある。小さな企業への出資で、その何倍もの負債がこちらに回ってくるなんて、すぐにでも撤退の準備を開始する。  していたのかもしれない。  けれど、しない。 「……そうか?」  だって、会議の終わりに、最後のチャンスだと思って頑張りますと頭を下げられたから。俺と同じだったから。  最初で最後のチャンス、そう思って、買い物をした俺と同じように必死だったから。 「……おかえり」 「……」  先輩に言われるその言葉はなんで、こんなに俺を嬉しくさせるんだろう。出張から帰ってきて、あっちこっちでその言葉を言われたけれど、でも、貴方のそれだけとても特別で。 「た、だいま……」  会社を出て少し歩くと、花壇がある。スマホには「待ってる」とだけ連絡が来てたから、俺はその花壇へ真っ直ぐ来たんだ。貴方が俺の仕事の終わりを待ってくれる時はいつもそこにいるから。花壇で、今の時期だとポインセチアが埋められたレンガに浅く腰を下ろし、寒そうに、ほら、黄色のストールに顔を埋めてる。  そして、俺を見つけて、ふわりと微笑んでくれるんだ。 「出張、楽しかったか?」  楽しいわけないでしょう? 「温泉」  それだって貴方と入りたかったと残念な気持ちになるばかりだった。 「どうする? 外で飯食う? それとも買って、……」  けれど、あれはドキドキした。それから嬉しかった。貴方の声が聞けたから。貴方の息遣いを聞けたから。 「……ミキ?」  先輩はたまにいじわるをする。知ってるくせに知らないフリをして、一つ下の後輩をからかうんだ。可愛がってるんだときっと笑うんでしょう? 焦れてる俺に。 「どーかした?」 「昨日の続き、したいです」 「……」  貴方の声が聞こえて嬉しかったけれど、欲しがりなの、もう先輩はわかってるでしょう? 「……先輩」  欲しがりな俺の、欲しいもの、わかっていて、意地悪をしてるんでしょう? 「先輩のが、ちゃんと……欲しいです」  すごく乱れた夜だった。その前の夜、自分の指で宥めたばかりの身体は、先輩を見た瞬間に火照って、どうしようもなく欲しがりになってしまっていた。うちに辿り着いた瞬間、俺から深くあの人の口の中に舌を挿し込んだくらい。玄関先でスーツを着たまま、性急にあの人で孔いっぱいに貫かれたくて懇願するくらいに、しようのない身体になってた。 「渡瀬さん、二番に外線です」 「あぁ、ありがとう」  だから、会社にいる時から少し熱に浮かされてたのかもしれない。 「……はい、お待たせしました、渡瀬です」 『久しぶりだね……渡瀬さん』 「……」  その名前を、たくさん並べられていたメモの中から見つけられなかった。 「……大崎、さん」  忙しかったからかもしれない。けれど、多分、一番の理由はそれじゃない。 「お久しぶりです」  この男が嫌いだったからだ。 「ご無沙汰しております。この前はありがとうございました。またご挨拶に伺おうと思ってたところなんです」 『それはちょうどよかった』  声が嫌い。 『私も、君に話があってね』  態度も嫌い。  きっと、今この電話をしながら、あの馬鹿みたいに高い時計をチラチラさせてるんだろう。そういうところも、嫌い。 『覚えてるかな、ほら、前に私が話した』 「……」 『男娼のこと』  ほら、本当に全部が全部、大嫌いだ。

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