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第45話 初恋
「お前、やっぱものすごい腰細いな」
「ぇ?」
「家着、俺のズボン脱げそ」
今度はズボンも貸してくれた。下着は履いてないから、なんだかとても心許ないけれど。
「ほら、腰骨」
「っ」
一緒に風呂に入って、今から寝るところだった。水を一杯もらってから部屋へと戻ると先輩が布団の中から俺を手招いた。その手招きに素直に歩み寄った俺を引き寄せ、細いとは自分で思ったことのないその腰にキスをする。服の上からされると甘えられてるみたいで嬉しくて、気恥ずかしくて。
「ンっ」
けれど、その様子が楽しかったのか、先輩が少し服をずり下げて直に唇で触れて、肌に歯で齧る真似をした途端、甘い声が溢れてしまう。キスマークをそこにも残されて、敏感に反応してしまう。全身にはもっとたくさん先輩のつけてくれた印がある。俺が先輩のものである印。俺が先輩の愛撫に喘いだ性感帯の場所の印。
「一晩、五万」
「……先輩?」
「相場よりもずっと高い」
「……」
「知ってた?」
そうなんだ。知らなかった。だから首を横に振ると、手を引き寄せられて、布団の上に座っていた先輩の足の間に座らされた。背中に先輩の体温が滲んで染みてくる、
「借金を返済するのにはその方が都合が良いけど、でも、借金を全額返済するまで保つかなって思った」
「……」
「安い金でとにかく性欲の捌け口にされる方がマシな気がした」
高い分、金持ちたちにとっては高いお遊び、道楽の一つだったからと、先輩が小さな声で教えてくれる。今、どんな顔をしているのかはわからない。俺を抱き抱えるように先輩が背後にいるから。だから声でしか窺い知れないけれど、声は穏やかだった。
「吐き気がしたこともあったよ」
求められる行為に何度も嫌悪がこみ上げてきた。娯楽だったから。招かれた男娼はその娯楽を満たすためのツールの一つでしかなくて、本当に玩具でしかなくて、おおよそ人間だと認識されていない気がした。
「セックスは金を得るための行為、そう思いながら、とにかく毎日やり過ごしてた」
スマホを見るのも嫌になりかけてた時だった。そのスマホに同窓会をしないかと連絡が入った。当時の顧問をしていた教師が今度定年退職を迎えるからと。最初は乗り気じゃなかった。きっと今の自分の現状と周囲の奴らを比べて惨めな気持ちになるだろうからと。けれど、話が進んでいくにつれて、その顧問に教わっていた生徒たちをできるだけ集めて、退職祝いを兼ねたもっと大掛かりな同窓会を、となった時。
「一つ下にいたお前も来るかもしれないって思った」
「……」
「どうしてるかなぁってさ、単純に思ったんだ」
「……」
「よく話しかけると真っ赤になるあの一個下」
挨拶一つするのも一生懸命で、いつも難しそうな、困ったような顔をして、けれども、ピンク色をした頬が柔らかそうで。突くと面白いように反応するから、つい、よく話しかけていたっけ。あのかわいかった一個下はどうしてるかなって、そう懐かしむように、その一個下を抱きながら楽しそうに話してる。
「……俺、のこと」
「あぁ」
再会して、驚いたんだって。
「なんかさ、目で追ってた」
俺を? 俺なんかのこと?
「学年一つなんてさ、社会人になったらホント僅かな違いなのに、学生の頃はひどくでかい差に思えたっけ。前は小さくて可愛い後輩で、話しかけた時の反応見たさに気軽に声かけてたのに、なんかな、どうやってお前に声をかけようかなって、ずっと見てた」
ずっと見てたのは俺なのに。
「そんでちょっとだけ話しして」
あれは、嬉しかった。ドキドキした。
「驚いた」
「?」
「俺なんかでもドキドキするんだなって」
「……」
「楽しかった」
夢みたいだ。やっぱり夢なんじゃないかな。
「そしたら、俺のこと買うとか言い出すし」
「!」
「しかも三百万、俺に残った借金を全額支払うとかさ。すげぇびっくりした」
「あ、あれは、俺にしてみたら、だって久志先輩のことを金で買えるチャンスなんて滅多にないだろうから」
「まあ、それもびっくりしたけど、それじゃなくてさ」
じゃあ何に驚いたんだろうと、首を傾げると、うなじにキスを一つまたもらえた。
「ミキとするセックス、気持ち良かったから」
「……」
「あんな気持ち良いセックス 、したことなかったから」
「……」
どうしよう。
「あ、あの……」
「初めてだった」
「……」
「あんなに夢中でセックスしたの」
今さっきうなじにもらえたキス、あの唇が触れた箇所からじんわりと熱が滲んでいく。
「あの、先輩」
熱が滲んで、染み込んで、どうしよう。
「ガキみたいって、何度か呆れたっけ。ほら、お前とさ、映画観た後、あの時一晩で何度もしただろ? セックス覚えたてのガキみたいだなぁって」
覚えてる。たまらなく嬉しかったんだ。貴方の、恋焦がれていた貴方とデートの真似をできて。嬉しくて、嬉しくて、大はしゃぎしてたんだ。
「はしゃいでバカみたいだなぁって」
「……」
「俺の初恋、だったんだろうな」
だって、貴方は俺の初恋だから。
「久志、先輩……」
振り返ると、困ったように笑ってた。その笑ってる口元にキスをして、猫のように舌で舐めて、挿し込ませてもらう。舌を。
「……ん」
キスの濡れた音がした。舌が熱くて柔らかい。ちゃんとしゃぶりつける。キス、してる。だから夢じゃないんだ。本当のことなんだって、安堵の溜め息をこぼしながら、先輩と一緒に布団に転がった。
「先輩……」
「?」
「あ、あの」
はしゃいでしまうんだ。これは、初恋だから。
「あと、可愛いのは変わらないって思ったよ」
話しかけると赤面して、難しそうな顔をして。だからついつい頬を突いて構いたくなってしまう。話しかけて反応を見たくなってしまう。
「あ、先輩、服越し、じゃなくて」
「それと、エロいのがまた……可愛いなって」
「あっ」
服脱いじゃダメですか? とねだるように甘い甘い声を上げた。
「さっき風呂場で中の掻き出したのに?」
意地悪に微笑んで、そして、その孔をやっぱり服越しに指で撫でられて熱の滲んだ溜め息が溢れてしまう。
「そのまま風呂場でもう一回したのに?」
だって、貴方の指にあんなふうにされたら、ダメに決まってる。あんな風に意地悪をされたら、たまらなく感じてしまう。
「だって」
まるで、実った初恋にはしゃいで覚えたての甘い行為に溺れる子どもみたいに。
「先輩……もっと」
もっともっと、貴方のことが欲しいんだもの。
「ミキ」
「あっ……ン」
もっともっと、欲しいんだもの。
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