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白岡(攻め)視点 4 興奮

「あっ……ン、ぁ、先輩っ」  白い指先がエプロンの中を弄る俺の腕をキュッと掴んだ。スラックスの前を崩してくつろげて、布で隠された中では俺の手の中がミキの先走りで、くちゅりと濡れた音をさせる。それから、ミキの腰の動きに合わせて鳴る、ベルトの金属音。 「ぁ……気持ちい……先輩っ」  そしてその指先が誘惑するように俺の腕を撫でて、ミキが、花びらが開くように唇を開いて舌を覗かせる。 「キス、も……せんぱ、」  かまってと囁いた、いっこ下の後輩の、素直でやらしい、欲しがる仕草にゾクゾクした。 「ミキ」  ひどく……興奮した。  三百万だぞ? そんな大金をどうしてこんな壊れかけた身体のために支払うんだ? そう思ったよ。  二ヶ月自分の相手をしてくれたら、もう借金はなくなるんだと、大胆なことを言う。 「んっ……あっ」  そのくせ、愛撫には戸惑いの混ざる喘ぎ。  あの時の、桃色のほっぺたを少し色濃くして、唇はキスで濡れて、瞳も――。 「あっ……」  抱けると答えたら、泣きそうな顔をしていた。嬉しいのか、悲しいのか、後悔なのか、分からなかったけれど。  高校時代と変わらず、控えめで耳を傾けていないと聞き逃しかけてしまう小さな声で俺のことを何度も呼ぶミキにひどく、興奮したんだ。  ――先輩が抱えてる借金の残金、三百万。俺が買います。  そう囁いて、抱かれ方を教わりたいと突拍子もないことを言い出した後輩とのセックスに溺れるように夢中になった。  借金返済のために風俗で働く、なんて、そんなの苦労話でされたって、別段、なんて悲劇だと嘆き悲しんでもらえるほどのものじゃない。どこにだってある話。そこらじゅうに、ザラにある話。  けれど俺にとっては、そうだな、大袈裟だと笑われるかもしれないが、地獄みたいだった。  物として扱われること。  人の底にある、普段は隠して見せない部分の、グロテスクなところばかりを曝け出される嫌悪感。普段、恋人にならしないだろう、伴侶になら見せないだろう、奥底の欲を、相手はただのモノだからと遠慮なくぶつけられることへのひどい不快感。  なんていうんだろう、身体も気持ちも、神経も全部がすり減っていく感じ。  腰を振るたびにギシギシ鳴ってるのはベッドじゃなくて、俺なのかもしれないって、そう思いながら毎晩、毎晩。  けれど、今夜は。 「ご指名ありがとうございます。一晩、五万円、先払いでお願いしてます。けど、後輩のお前は後払いでいいよ」  そう言ってキスをした。  ただとだとしい舌は確かにキスを知らない様子だった。縋るように掴む腕は少し震えてるように感じた。けれど、キスはしたことがあると言っていた。誰とかは……仕事相手にそんなプライベートは話さないだろうから聞かなかった。  それよりも俺は驚いていたんだ。  身体が反応していた。瞬く間に硬くなって、痛いくらい。 「お前のこと抱ける」  そして嘘をついた。 「……渡瀬」  抱ける、んじゃなくて。本当は、抱きたいって思ったんだ。 「あっ……っ」  キスをしたい。その辿々しい舌に触れたい。 「あ、あ、あ、ダメ、先輩っ」  この身体に触りたい。 「あ、あ、あ、ダメ、先輩っそんなしたら、ダメ」  抱きたい。 「あ、ああああああっ」  初めてだった。衝動に近い、こんな興奮は。  初めてだったんだ。セックスにこんなに興奮して、夢中になって手も頭も何もかも溺れるように快楽の中に沈み込んでぐちゃぐちゃにしたのは。こんなの、初めてだったんだ。 「? 先輩、どう、しましたか? 笑って」  エプロンの下を淫らに乱したミキが後ろを振り返ると、頭を俺の胸に擦り付けて、手を伸ばし顎のラインを優しく撫でる。 「エロくなったなって思って」 「あ、やぁ、ン」  エプロンの脇から手を入れ直し、ミキのカウパーで濡れた指で、ミキの乳首をキュッと摘んでやった。小さく、甘く啼いて、気持ち良さそうに指と指の間で硬くなっていく。 「やらしいの、ダメ、ですか?」  振り返った瞳にゾクっとした。 「いいよ」 「あっ……ぁっ……せん、ぱい」 「? 何?」 「先輩に、教わった、やらし、いの」  そう耳元で囁いた声は蜂蜜みたいにとろりとした甘さで、喉奥が熱くなる。 「あ、やあっ、ン!」  乳首を強く掴んで、くりくりと指で可愛がるとミキが白い喉を逸らして喘ぐ。身体はしなやかで、その肌は指に吸い付くみたいに潤っていて。  綺麗だった。 「やぁっ……それ、っ」  尻にキスをすると慌てて手を後に伸ばした。 「だめ、先輩っ」  その手に髪を撫でられながら、舌をヒクつく孔へと伸ばす。 「やぁ……ぁっ、あ、あ」  そこにキスをすると声がいっそう甘くなった。  男同士でのやり方は前から知っていた。店は異性客の商売だったから、相手は全員女だったけれど。 「あっ……指も……ぁ、ダメ、舐めながら、しちゃ」  俺の方がよっぽど汚れてたよ。でも、だから、舌を使ってそこを濡らしたんじゃなくて。ただ。 「あっ……先輩っ」  あの時、高校の記憶に残っていた、白とピンク色、花みたいだったお前が、その身体を濡らして喘ぐ淫らな姿に興奮したんだ。先輩って、健やかな声で俺を呼んでいたあのいっこ下の後輩が、先輩って、甘く喘ぎ混じりに囁いて、いやらしく乱れる姿に興奮した。 「先輩っ」  そこにあったの嫌悪感でも不快感でもなくて。 「先輩」  快感と興奮だった。  そんなセックスは生まれて初めてだったんだ。

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