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白岡(攻め)視点 5 この恋
初めて、イけた。
あの日、ガラクタになりかけていた俺の身体を買った、いっこ下の後輩としたセックスで、生まれて初めて、イけたんだ。
吐き出すんじゃなくて。
付き合ってるんだからと、そういうものだからと、流されてするのでもなくて。
セックスを、した。
「ミキ……」
「あっ、ン」
耳元で名前を呼ぶと、中がキュッと俺のことを締め付けた。
「やらしい……キッチンで、こんな格好して」
「あ、ぁ……ン」
そのまま前屈みになって、ミキの背中に身体をくっつけながら、耳朶を甘噛みすると、細く白い肩を竦めてる。その肩に歯を立てて、それから首筋に一つ、印をつけてやると中が嬉しそうにペニスに絡みつく。その心地良さに震える。
「エプロンの中、こんなにぐちゃぐちゃにして」
「やぁ……言っちゃ」
前を握ると濡れてた。蕩けて、手で包み込んでやると、ミキの中が嬉しそうに締め付ける。
スラックスにシャツ、ネクタイ、スーツに普段包まれてる身体は極上の感触で、極上の感度。溺れないわけないだろ? この身体に。
「ミキ」
「あ、あ、あ、イッちゃう、先輩」
優しくてやらしいこの指先に。
「先輩っ」
俺を呼ぶこの甘い声に。
「先輩っ、ここも、かまって欲し、ぃ」
腰を掴んでいた片方の手を引っ張ってねだられたのは、硬くなった粒。
「いじめて……先輩」
ぞくりとした。
「先輩のだけで、イきたい」
淫らで、卑猥で、いやらしいセックスに。
「あ、あ、あ、っン、あっ、奥っン、んん」
「ミキ」
腰を片手で掴んで、もう片方で乳首をいじってやりながら、何度も何度も突き上げた。エプロンの中を濡らして、乱して、ミキがキッチンのシンクに掴まって、物欲しげにくねらせる背中に見惚れて。
「ミキ」
「あっ……先輩っ」
知ってた?
お前は俺に抱かれ方を教わりたいんだって言ったけど。
俺がお前に教わったんだ。
「あ、あ、あっ……先輩、先輩っ……あっ!」
「っ」
「あ、もうっ」
自分の身体に体温が残ってることを。この膿んで痛みも消えかかっていた身体に、まだ触れたら気持ちいいと感じることができるんだと。
「幹泰……」
「あ、あっ」
「好きだよ」
お前が俺に教えてくれたんだ。ずっとわからなかった。ずっと知らなかった。愛しいっていう気持ちを。今もずっと。
「社長、今、新規の問い合わせメールが二つあるのですが」
「あぁ、今、俺も確認した」
「それで、この」
ちょうどミキが席を立って向かい合わせに置いた俺のデスクへ身を乗り出したところで、電話が鳴った。
「いいよ、俺が出る」
「すみません」
ワンコールでその電話に出ると、あのブランド物が大好きな社長だった。
「この間は、ありがとうございました」
俺の名刺に携帯番号あったのに、わざわざこっちにかけてきた。対応は俺が一貫して行うって言ったのに。つまりは、まぁ、会社の方に電話をすれば秘書さんが出るだろうって思ったんだろう? 残念。
「いえいえ、こちらこそです」
声が残念そうだ。
「えぇ、打ち合わせですか?」
ミキは電話中の俺を見つめながら静かにしていた。
「構いませんよ。大事なご依頼ですから、私の方から伺います。えぇ、ご心配なく……うちの秘書ですか?」
食い下がるなぁって思わず笑いそうになるけど我慢我慢。
「申し訳ございません」
そして笑うのを堪えている俺を見て不思議そうな顔をしているミキに、シー、静かに、そう指先を口元に持っていって教えた。
「……」
そう、静かに。
「うちの秘書は只今、席を外しておりまして」
残念、でした。
「えぇ、それではまた後日」
誰にもやらないよ。
「社長、私が対応しますよ。新規のご依頼も二つ来てしまったし」
「ダーメ」
「わっ、あ、あの」
これは誰にもやらない。俺のだ。
デスクは二つ、借りた事務所はとてもとても小さな古びた一室。けれど、ここは城だ。窓から差し込む光に目を細めて、その細い腰を引き寄せた。眩しいとか、寒いとか、暑いとか、楽しいとか。この両手で感じてる。お前といたら、全部がちゃんと指先から伝わってくる。
「せ、先輩っ、まだ仕事中です」
「でも、社長じゃなくて先輩って呼んでる」
「こ、これは癖で」
「そうだ、ミキ」
「?」
今日は晴れ。週間予報じゃ今週末までこの晴天は続くそうだ。来週はどうだろうな。できたら週後半くらい。二つの新規案件の方もあるから、その頃がちょうどいい。星空の綺麗なところもいいかもしれない。山でもいいかもしれない。海でもいいな。ドライブとか。それから――。
「また旅行しようか」
「この前、桜を見にいったのにですか?」
「そ。お前、相変わらず有給取らないから」
「今度はどちらに?」
どこでもいいよ。でも、そうだな。
「楽しいところがいいな」
お前とだったら、どこでも楽しいよ。触れるもの全部が、感じるもの全てが、きっと楽しいだろうから。
「じゃあ、考えておきますね」
「いや」
「?」
もしもタイムマシンがあったら、過去の自分に伝えたい。
大丈夫だよ。ちゃんと見つかるから、と。
知らない、わからない、と何度も周りを探していた子どもだった自分に。
きっともうこのまま壊れていくんだろうと、希望も何もかも、クズカゴの中に身体ごとを放り込んでうずくまっていた自分に。
大丈夫、愛しさは、愛しいものはちゃんと見つかるからと。
そもそも過去の自分に話しかけること自体があり得なかったんだ。苦しいばかりだった過去がなければ今がない、なんて説教じみたことさえ思えるようになったのがすごいんだよ。この身体を売らなければ、お前に買ってもらえなかったんだから、なんてさ。
今はそう思うように、思えるようになったんだ。
「今度は一緒に考えよう」
「……えぇ、そうですね」
そして、微笑む唇にキスをした。
溺愛してやまない人を抱きしめて、優しくて温かいこの初恋に、そっと触れるキスをした。
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