70 / 74
偽物高校生編 7 愛られリス
バスケをしている時の先輩は、もう本当にかっこよくて。一年生の俺は体育館の端でボールハンドリングをしながら、よく見とれちゃってた。
何度もボールを手からこぼしちゃって。コロコロ転がっていって、そのボールをコートの中に入ってしまったら大変だと、大慌てで拾って
そのおかげでとても下手な一年生として、初心者認定も早かった。
でも、仕方ない。
本当にかっこいいんだもの。
「ヘイ!パス!」
わ。
すごい。
ほら、すごくかっこいい。
先輩が大きく手を広げて、そこにボールが吸い寄せられるようにくっついた、と思った次の瞬間には低姿勢で一歩。踏み込むのとほとんど同時にディフェンダーをすでにひとり抜き去ってしまう。
そして、ボールは力強く床から弾けて、また先輩の掌に。
タンタンッ。
小気味良い音と、運動用の室内履きが、先輩の動きに合わせて、キュキュッと音を立てる。忙しなく、懐かしいボールとステップの音が体育館に響くのを、あの頃とは違って、ただただ、ボールハンドリングなしで隅から見つめてる。
「わっ……」
今度はつい声が出ちゃった。
そして、キャーって懐かしくも感じる女子生徒たちの華やかな悲鳴も体育館に響いた。
先輩のレイアップシュート。
たしかに騒ぎたくなるくらいにかっこいいんだよね。
どうしよう。
本当にかっこいい。
ミニゲームはそこでちょうど終わった。大活躍、だったけれど、でも先輩は納得いかないみたい。終わったと同時に首を傾げた。
「……」
それから滴る汗をTシャツで拭う。
絵になるその様子に見とれてる。
話しかけたいけど、一応、ここは知らない人のフリ、なんだよね。
すごく偶然なことに、同じタイミングで、ここにやってきたってだけで、全くの無関係ってことになってるから。この前は先輩から少しだけ話しかけてくれたけど、そうしょっちゅうは、ね。
だから話しかけないほうが――。
「……っ」
それでも話しかけたいなぁと、どんな言葉なら声を掛けても支障がないかなって探し始めた時、秋吉君が来てしまった。
「幹泰もやってみる?」
「ううん。俺、運動そんなに得意じゃないから、バスケももうしなくなって何年も経つし」
「大丈夫だって。一緒にやろうよ」
「や、でも部活の邪魔に」
「そ、部活の邪魔になるから。秋吉、だっけ? 来週大会あるんだろ?」
先輩だ。
「けど」
「ほら、基礎練始まってる」
「!」
先輩が指さした先ではもう一年生、かな。一列目に背が小さい子たちが並んで、そこから段々と背の高い子たちが後ろに列を作っている。そして掛け声をかけながらサイドステップで進んでいた。
「どうだった?」
「!」
急いで基礎練の列の最後尾に秋吉くんが並ぶと、体育館、舞台になっている壇上に腰をかけているのは俺と先輩だけになった。
「久しぶりだったから、息上がるの早……はは、やばいな。ジム通うかな」
不思議、だ。
「それにバッシュじゃないから、すげぇ変な感じ。足首ぐらぐら」
制服着てるから、かな。
まるでタイムスリップしたみたい。
タイムスリップして、高校生の俺がしたくて、したくて、でもできるわけがなかったことを今こうして叶えてるみたい。高校の頃夢見ていたことを。
話しかけてみたいな。
先輩の隣に行ってみたいな。
先輩と……。
「流石にスリーポイントは決めらんないだろうな」
付き合って、みたいな。
「衰えハンパないわ」
「……かっこいい、です」
先輩の彼女に、なりたい、な。
「すごくカッコよかった。高校の時だって、カッコよかった。女子がたくさん見に来てたでしょ?」
先輩のプレイ一つ一つをうっとりゆっくり眺められる彼女たちが羨ましかった。俺は部活をしながら、ボールハンドリングしながらじゃないといけなかったから、すごく忙しくて。
「今日だって、女子生徒がたくさん」
「可愛かった」
「……?」
「高校の時さ」
先輩がボールをポンって軽く宙に投げると指先だけでそれをキャッチして、くるくると素早く、もう片方の手で回転を加えた。そして、ボールは先輩の指の先端に留まると、そこでものすごい速さで回転を続けている。
もちろん、俺にはそんなのできない。
まるで魔法のようなそれを眺めていると、指先が力をわずかに入れて、高速回転をしていたボールをまた宙に飛ばして、素直に、今度はその大きな手の中に着地した。
「お前がよくボール転がして、それを大慌てで追いかけるとこ」
「……」
「あれ、可愛かった。リスがどんぐり追いかけてるみたいで」
「!」
「ミニゲーム中、何度も見かけて、それが可愛くてさ。ボール、ファンブルしたことが何回かあったっけ」
「そんなこと」
あったの?
そんな、知らなかった。だっていつだって先輩には可愛い彼女がいた。美人ってみんなに言われている彼女がいた。
「あったあった。懐かし……」
貴方に恋焦がれていたところを見られていたなんて。
「っ」
頬が熱くなった。
まだ恋の形なんてこれっぽっちもなかったその頃から、ぼんやりとでも、ここに何かあったんだって。嬉しくて、頬が熱くてたまらなかった。
ともだちにシェアしよう!