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偽物高校生編 8 あの時も。今も。
バスケの練習に飛び入りで参加した先輩はそのあと、いくつかミニゲームをこなした。高校生の時だってすごく上手だった先輩はもうバスケをしなくなって何年も経つからと、笑っていたけれど、それでも、高校生の彼らよりも上手で、ギャラリーの女子生徒たちはお祭りみたいにはしゃいでた。
あの当時はそのギャラリーにすぐ囲まれてしまったっけ。
バスケをしている先輩をまた見られるなんて思わなかったな。
嬉しいな。
見ていられるだけでも充分嬉しかった先輩に、ああして話しかけてもらえた、なんて、そんなことで大喜びしてる。今はもう見つめているだけで充分……なんて関係じゃないのに。少し、本当に高校生の頃に戻ったみたい。普段、あの人のすぐ隣で、一番近くで、一番奥で、あの人に触れさせてもらえてるのに。ただ、体育館の隅っこで話しかけられただけで、こんなにはしゃいでるなんて。
本当にあの頃の自分みたい。
でもあの頃の俺だったら、あんなふうに話しかけてもらえたりしたら、もう、嬉しくて嬉しくて、その場で失神してしまうかもしれないくらい。
だから、今日もすごく楽しかった。大袈裟だって先輩は笑うだろうけれど、世界で一番幸せって思えたんだ。
本当にそのくらい、俺は、先輩のことが……。
「おーい! 幹泰!」
先輩の方の仕事が終わるまでまた図書館にでも引っ込んで待っていようと思ったら、呼び止められた。
声に振り返らなくても誰だかわかっている。秋吉君だ。そして振り返れば予想通りに彼がいて、手を振りながら走ってきてくれた。
「もう、帰んの?」
どう、答えようかな。帰ると答えて、一緒に帰ろうと言われても困るし。帰らないと答えて、じゃあ、俺もまだいようかなと言われても、やっぱり困るし。
「あのさっ、どっか、寄ってったり、し……ない、か。あは、うち、遠いんだっけ」
「あー……うん。遠い、かな。だから、あんまり寄ってくとかはできなくて」
「そっか」
やっぱり、そう、かな。
そう、だよね。
「そっ……か」
ずっと気がついてないフリはしてるけれど。
「じゃあ、そこまで一緒に」
「……うん」
秋吉君は少し、気持ちを寄せてくれてる……と、思う。
ゲイってことじゃないみたい。彼女はいたって、他のクラスメイトから聞いたから。春先に別れちゃったとも聞いてる。今はフリーなんだって。
だからゲイではない。
学校の勉強に、クラブ活動に、友人との時間に、とても適度に適切な高校生をしている子。でも、背丈同様、少し男女の関係をそれなりに経験している、少しだけマセてる子で。
きっとそんな彼には俺は「刺激的な同級生」に見えるんだろう。
たった一週間しかいない、海外から来た、どこかミステリアスで、掴みどころがなくて、年齢のわりに大人びていて。って、本当に大人なんだけど。そして、もしかしたらとても敏感な子なのかもしれない。あの人に、先輩にだけ、どうにかして可愛がられたいと思ってる必死な仕草とかに、何か、感じてたり、するのかもしれない。
「あのさ、明日で」
「明日でここを離れるんだ」
でも、君のそれは気の迷い、だよ。
接したことのない大人に、触れたことのない年上の雰囲気に、絆されてるだけだから。
「色々ありがとう」
「……」
「一週間、楽しかったです」
にっこりと微笑むと、彼は口をわずかに開いて、手を伸ばした。俺はその手が届かないように一歩、後ろに下がって。
「それじゃあね」
手を振った。
明日も学校には来るけれど、でも、「また明日」とは言わずにそのままその場を駆け足で離れた。だって、迷子にさせちゃいけないでしょう? 俺、先輩以外はないもの。
「ミキ!」
「!」
「こら、廊下は走っちゃダメだろ」
「……」
そういえば。
一度だけ、先輩が来てくれたことがあったっけ。
あの時は――。
「懐かしいな」
「……」
「高校の時、一回だけこうして、廊下をダッシュしてるミキに話しかけたことがあったっけ」
「……」
「そんなにキツく言ったつもりなかったけど」
あの時は。
――渡瀬。廊下走っちゃダメだろ。
あの時は、練習に遅れてしまって、テスト期間前、最後の練習日だったの。そのあとはテスト期間に入っちゃうから部活できなくなってしまって、そしたら、先輩を見ていられる機会はぐんと減っちゃうから。それなのに、委員会とかだったんじゃないかな。部活に行くのがすごく遅くなっちゃって、とにかく急いでた。このあと、約二週間、近くで見ることはできないんだからって。
「あの時、俺の言い方、怖かった?」
まさか。あの時は。
「お前、肩をぎゅっと縮めて、顔真っ赤にしながら、口もぎゅってしてさ」
――す、すみませんっ。
「そう謝って」
あれは、とても驚いてしまったの。
貴方に見つけてもらえるなんて思わなくて。
貴方に呼び止めてもらえるなんて思ってなくて。
すごくびっくりして。
「けど、それがなんかすごく可愛くて、何度もあの時のミキを思い出したなぁってさ」
とても嬉しくて、内心、お祭り騒ぎの賑やかさで。それを知られてしまわないようにって必死に力んでた。
先輩に声をかけてもらえたって、嬉しくて嬉しくて。
「……また怖がらせるかもって、廊下で見かけても、声かけるの躊躇ったんだよな」
好きが溢れて知られてしまいそうで、とても慌てていたの。
「ミキってさ」
「……」
「おとなしいけど、目に留まるんだ」
バレたら大変だって、嫌われてしまうって思ってたから。
「……なんでだろうね」
先輩は問うというよりも、独り言のようにそう呟いて、微かに笑っていた。
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