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偽物高校生 9 夏空キス
九月なのにまるで夏そのものの空が四角に区切られた窓の向こうに広がっている。
教室に差し込む日差しも夏と何も変わらない暑さで、強く、白いワイシャツを照らしてた。
新学期の慌ただしたに紛れ込むように一週間だけの、ちょっと笑ってしまいそうな大人の高校生活も今日で終わり。
大人になっても壇上で話すのは緊張することなんだなぁって。
「一週間というとても短い間でしたが、温かく迎えていただけてすごく嬉しかったですし、とても楽しかったです。ありがとうございました」
一週間なんてあっという間だったなぁ。
すごく濃くて、すごく印象的な事がたくさんあった。
高校生ってこんな感じだったっけ。
一瞬一瞬が、濃密で、一秒の密度さえ違う気がする。
「向こうに戻ってもこの一週間のことは忘れないです」
海外のことを目を輝かせて聞いてくる子、戸惑いながらも話しかけてくれる子、秋吉君も――。
「……」
顔を上げると、教室の一番後ろから彼がじっとこっちを見つめていた。
「本当にありがとうございました」
今度は彼に伝えるようにもう一度頭を下げた。
そして、先生に促されて教室を後にする時、このクラスの代表として学級委員の女子生徒が小さな花束をくれた。可愛いオレンジとサーモンピンクのガーベラと霞草がふわりと星を散りばめたように広がっている。
「こちらこそ、ありがとうございました。また日本に来ることがあったら、ぜひ、この学校にも遊びに来てください」
甘やかで素直な可愛らしさが、高校生っていう感じがして、大人の俺には少しくすぐったい気もする花束だった。
素直で。
まっすぐで。
「幹泰!」
「…………秋吉、君?」
くすぐったくて。
「あのっ、あのさ! 俺っ」
ただただ焦がれてしまうほど、好きって気持ちが溢れてる。
「俺、お前のことっ」
「……」
甘やかで素直な。
「ミキ、」
「その呼び方はダメ」
秋吉君の真っ直ぐな声が、低く、ゆったりとした大人の声に遮られた。
「……せんぱ、」
先輩。
「一週間、ありがとうな。バスケ、練習頑張って」
先輩、だ。
「行こう。ミキ」
この一週間はあっという間だった。
すごく濃くて、教室の空気、授業と授業の間、たった五分しかないその時間さえ楽しもうと、教室の中を走り回って、友だちのところへ行く元気とか。大人はきっとたったの五分なんて短い時間に何かをしようなんて思わない。きっと煙草をくわえて、ぼんやりする程度。煙草を吸わない俺はそれこそ、ただただぼんやりして、その五分を過ごすかもしれない。風がとても清々しく通り抜けるのにどこか艶めいた空気を感じる廊下。声が音楽ホールのように響いていく階段の踊り場。開放感が一瞬で弾けるような昼休み。空の広さに自然と手を青色へと伸ばしたくなるグラウンドの真ん中。人も、空気も風景も。
すごく印象的な事がたくさんあった。
高校生ってこんな感じだったっけって。
一瞬一瞬が、濃密で、一秒の密度さえ違う。
俺にとっては、その一瞬一瞬、全てがこの人への気持ちに繋がっている。
廊下で見かけた先輩の姿に。
はしゃぐ声に。
青空の下、体育の授業で大きな声で笑っている姿に。
ボールの弾かれる音に。
バスケットシューズのキュキュって、短く甲高い足音に。
「ミキ」
――渡瀬。
その声に。
高校の頃の記憶全部が繋がっていく。
「あの、もう校長との打ち合わせは」
「終わったよ」
「帰れ、る?」
「あぁ、っていうか、もう帰る」
「?」
少し、早歩き?
「まさか一週間、っていうか五日でミキに惚れる高校生がいるとは計算外だったよ」
「!」
「まぁわからなくもないけど」
「……あの」
「だからもう撤収。これでミキを盗られたら洒落にならないし」
「そんなのっ」
「俺の我儘で、これやったけど、あまかったな」
先輩は夏にしか見ることのできない入道雲を背にして笑っている。
「高校の時にもしも俺が気が付いてたらしてみたかったこと」
「……ぇ」
「それに、もう一回見てみたかったっていうのもある、かな」
「……」
「ずっと俺を好きでいてくれた高校の頃のミキを」
「……ぁ、の」
「ちゃんと見てみたかったんだ」
夏風が先輩の前髪を揺らした。
グラウンドの埃混じりの少しざらついた風が先輩の白いシャツをふわりと膨らませて、そのこめかみに汗が少し滲んで。
「そこかしこに残ってる」
一瞬一瞬が濃密で。
「高校時代の俺の記憶の端っこに、あっちこっちにミキが残ってる。けど、その時にはまだこんなに想ってなかったからさ」
呼吸にさえ、匂いが、味がありそうな、密度の濃い空気。
「だからちゃんと見つめてみたかったんだ」
指先でさえ、今触れられたら、きっと感電するような刺激になる。
「願いは叶って大満足だけどな」
なのに。
「きっと、あの時から……」
貴方はこんな場所で、こんな青空の元で、こんな強い日差しの下で。
「……だったよ」
キスをするから。
「帰ろう。ミキ」
俺は応えることもできず、ただ、甘い片思いのキスに痺れて動けなくなっていた。
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