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渦巻く想いは

 現場検証に付き合い映像や画像を提出したり聞き取りをされたりと、途中からは県警の刑事もやってきて結局夜明けまではばたばたとした上気忙しく過ごし、ゼネラル・マネージャーや店長まで夜明けを待たずにやってきての大騒ぎになった。  それでも営業に差し障りを出さないようにと厳命されて、現場のトイレも予定作業はないままに早朝の担当者が入ったようだった。  閉店前から定期的にトイレ内のチェックもしている警備部だったが、流石にドアが閉まっている個室内までは入れない。  閉店後に再度確認に回るものの、一斉に出来る訳ではないから上手くタイミングを計り目を逃れて個室内に留まることは不可能ではない。  今回改めてその危険性を指摘され、これが女性スタッフでなくて良かったなどと少し安堵したように言う上の連中にいらつきながらも、誠也は報告書を書き上げてから、もう昼のスタッフたちとの朝礼が終わっている時刻の大田を訪ねた。 「ああ、いつも市村がお世話になっています」  にこやかに笑い掛けられて、愛想程度に微笑み返してから、それで、と促した。  体も心も疲れ切っている今、付き合いで雑談などされては堪らない。知りたいのは祐次のことだけだ。  そんな鬼気迫る雰囲気が伝わったのか、そうそう、とあくまで微笑らしきものを絶やさぬまま、あっさりと大田は続けた。 「肝臓破裂だそうでね、今ICUにいるから、面会は無理なんだよ」  は、と喘ぐように声が漏れて誠也が驚愕するのを見て、解りづらいよね、と吐息している。 「肺の中にも少し血が入ってしまっていたみたいで、それはまあ良いんだけど殴られたか踏みつけられたか、何しろ彼は細いからろくに抵抗も出来なかったんだろう。腹部が、外から見てもちょっと酷いことになっていて、検査をしたら肝臓が破れて出血していて──」  すぐには駆けつけられない家族の代わりにしっかりと聴いてきたらしい大田は、ぺらぺらと説明を続けている。  誠也は、頭の中で肝臓破裂という言葉に関する知識がないかと懸命に考えていたから、その辺りの話は耳には入ってきても半分くらいしか認識出来ていない。  破裂、というまがまがしい単語に冷や汗が出る。それが正確にはどういうことなのか知らなくても、臓器が破れて体内であの時既に出血していて、だから祐次はあれほど苦しんでいたのだとようやく悟ったのだ。  運が良かった。救急医療に定評のあるところに一番に運び込まれたし執刀医の腕も確かだし、絶対とは言えないけれどまず峠は越えている状態だと。そんな内容のことをしゃべり続けて、それから本社から代わりの者を呼んだから明日にでも来るからまたよろしくお願いしますと言っている。 「え、と。そうしたら、市村くんはどうなるんですか」  表情の消えた誠也の顔を見て、大田は首を傾げる。 「入院期間も不明だし、元々彼は出張で来ているしね。まあ僕もだけれど。安静期間が長くなるなら実家に帰ることになるんじゃないかな。勿論、こんなことで首になったりはしないよ。だけどここの現場は無理だろうね」  病状に一度は安心しかけて、それでも不安なままにその言葉を告げられて、誠也は混乱した。  いなくなる。祐次が。  そんな馬鹿なことが……。  もう必要なことは言いそうにない雰囲気になったところで、誠也は辞去の挨拶をした。  いつもの自転車に乗り、気付いた時には自室のベッドに大の字になっていた。  一体どうやって辿り着いたのかも判らないが、事故に遭わなくて良かったというべきか。  ただ一心に、無事でいてくれと祈り続けた夜とは違う、黒い渦が胸の内にあった。  確かに出張扱いだとは聞いていた。  新しい店舗に入る度に、現地でスタッフを集めて一ヶ月以上の訓練をしてから店のオープンに合わせて、現地スタッフで現場が回るようになるまで一時的に本社から派遣されているのだと。今はこうして常駐的に社員がいるが、本来は定期的にチェックに来るくらいで、そうして全国を回っているのだと言っていた。  だから。  ──木村さんにとっての友人と、市村さんにとっての友人は、重さが全然違うんですよ。  祐次の同僚であり部下であるサブ・マネージャーの水上が言っていたことが、まざまざと脳裏に蘇る。  そうやって全国を転々としているから、そしてそれは仕事でしかないから、現地のスタッフとも部下と上司の関係しか作れなくて、ここにだけ特別に二年以上もいるから、過酷な労働環境の中、誠也に癒しを求めていたのだ。  たったひとり〈友人〉だと思っていたから……。  だから誠也が、好きだと言って、恋人になりたくて「友達になりたくて傍にいたんじゃない」と言った時に、あんな裏切られたような、絶望したような、途方に暮れたような表情になったのだ。  翌日からも顔を合わせる機会は沢山あった。それまではそれを利用し、わざとシフトを合わせたりして仲良くなっていった。  だけどそれからの一ヶ月間というもの、誠也は徹底的に離れようとした。  挨拶はするけれども、こちらからは会話をしようとしない。話し掛けられてもさっさと何処かへ行ってくれとばかりに迷惑そうな顔すら見せた。  態度から、かなりの確率で祐次も自分に恋愛感情があるのではと勘繰っていただけに、あの打ちのめされたような祐次の表情が許せなかった。  確かに誠也にとっての友人はもっと軽い位置にいる。そして個々としての友人というよりは、友達という集合体として捉えている節がある。  だから祐次にとっての自分もその程度でしかないのだと失望して、それならもう諦めるのもいいかと、祐次が苦手にしているから止めた煙草にも再び手を伸ばして、水上に詰問された。 「ずっと友達で居てくれないの」  あの時、祐次は誠也の言葉に傷付き、そして誠也も祐次の言葉に傷付いた。  けれど少なくとも祐次は翌日からもずっと誠也との関係を修復しようとしてくれていた。それを微塵に打ちくだいて、もうこんなところになんか居たくないと悲しみに打ち塞がれるように仕向けたのは誠也だ。  その報いのように、客同士のトラブルに巻き込まれて、誠也は顔などに傷を負った。  あの時の祐次の表情が、笑ってしまうほどに酷かったのだ。  一目で、短くない時間泣いていたのだと判った。目の周りが腫れて、一重のすっきりとした目が厚ぼったくなっていたっけ。白目のところを真っ赤にして、全身で誠也のことが心配で堪らなかったのだと示していた。  そうして、初めて心の底から溢れる感情を、素直に伝え合った。  職場の救護室という場所柄軽く唇を合わせただけだったけれど、その後誠也のアパートで、初めて身体を繋げた。  お互いのシフトが合わず、それからはデートすらろくにできていないけれど、ここから仕切り直せばいいと高を括っていた。明日も明後日も、未来は続いているのだから、ゆっくりと関係を修復して築き直せば良いと。  それなのにどうして――。

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