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〈職員視点〉

 その男性を初めて見たときの鮎原貴子(あゆはらたかこ)の感想は「お、イケメン」だった。  スタッフステーションで次の患者用のファイルを受け取り、集中治療室の側を通るときに、強化ガラスにぴたりとくっ付くようにして真剣に中を窺っている横顔を見て、どきりとした。  誰か大切な人が中に居るのだろう。入らないということは家族ではないのだろう。それだけは判ったけれど、今にも泣くのではないかと、一瞬足を止めそうになった。  次の日もそのまた次の日も、同じような時間帯に見掛けた。いい青年が真っ昼間に毎日どうしたのと思わないでもなかったが、この街は商業も工業も発展していて鮎原がそうであるように交代勤務の人間もかなりの割合で存在している。  少し疲れたような顔だから、もしかしたら彼も夜勤明けで来ているのかもしれなかった。何しろ一般病棟ならば面会時間は午後からと限定されているのに、いつも昼前に見掛けたからだ。  そうして決まって次にそこを通る時にはもう居なくなっているから、中に居る人が変わりないかだけ確認しては帰っていくのだろう。  この中に居る患者は、いつ容態が急変してもおかしくない、大抵は意識のない患者ばかりだ。意識がなくても容態が安定してしまえば別室に移されるから、彼の大切な人は余程差し迫った状態なのだろう。  ここから出られるときに、彼が笑っていられますようにと願わずにはいられなかった。  今日は彼を見なかったなと思いながらまたステーションに向かった日、すぐ隣の空間に彼を見掛けた。面会時間終了手前の十八時半頃だった。  アイボリーのタックパンツに薄いブルーのジャケットを羽織り、丸椅子に腰掛けて、患者の手を握り締めてじっと顔を見つめていた。  良かった、出られたんだ。  ほっと一安心したものの、当の患者は目を伏せていて意識レベルは判らない。元々集中治療室は二日ほどしか居られない場所だから、もっと緊急性のある患者が入って来て移されたのだろう。その場所は一般病床ではなく、通路から直接入ることが出来ない場所、スタッフステーション内の分室のような造りになっているのだ。  俄かに、患者について興味が湧いた。自分にも関わりが出れば良いのだけど。  今のところ、この近くに居る患者が鮎川の所属する部門の担当になるかどうかは半々といったところだ。  ベッドの上の青年は、腹部から数本ドレーンが出ている。消化器系の患者ならば可能性は低そうだと思った。  けれど。それにしては脳波のチェックもしているようなのが気になる。この階は主に消化器系の外科治療だから、救急で運び込まれたときにそちらがメインと判断されたのだろう。もしかしたら、今後は脳神経センターの方に場所を移すのかもしれない。  それにしたって、この高度救急救命センターから出られればの話だ。  長引きそうだな、と吐息してファイルを持ち替えていると、彼が祈りを捧げるように患者の手を額に掲げて目を閉じているのが見えた。唇が動いているから、きっと名前を呼び続けているのだろうと思った。

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