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第二章 再会 ③

 ぃぃよっしゃ! カフェに誘えたぞっ! おし!  ……ふぅぅ……勇気出して良かった……。  こんなおっさんでもいいって言ってくれたんだから、第一関門はクリアでいいはずだ。  ガッツポーズしたい衝動もかろうじて抑えた。それをしてしまうと、また純己に余計な心配をされてしまう。  感謝してますって言ったとき可愛かったなぁ。顔も声も雰囲気も全部可愛かったぁ。  ああ、できることなら抱きしめたいよ。俺がこんなにも想っていることは純己には分からないだろうけれど、今はそれでいい。純己はまだ高校生だ。もう少し時間をかけて俺の方に引き寄せていかないとな。  それにしても、こんなことで感謝してくれるなんて素直ないい子だ。あの時は俺の下半身の都合もあったからこっちも助かった。命拾いと言ってもいいくらいだった。  だけど、こんないい子なら、もっと喜ばせてあげたくなるな。それでもっと俺の方に気持ちを向けさせることができるなら、ちょうどいい。  頼む、俺の下半身、ここから先は何を見ても驚かず騒がずおとなしくしていてくれ。俺と純己の恋路の邪魔はしないでくれ。お前が出しゃばると、ろくなことないんだからな。  ニックはそう念じて、純己の方を向いた。 「純己、良かったら大学の外に出ないか? 俺は車だし、美味しいスイーツの店を知ってるんだ」  純己の表情がぱっと明るくなった。 「スイーツいいですね。ぜひっ」 「良かった。純己となら入れそうだよ」 「なんでですか?」 「なんかメルヘンな可愛らしい感じのお店でね、そこ」 「ああ、そういうことっ。でも僕も一応男だしどうかな」 「いや、純己なら大丈夫。雰囲気がぴったりなんだ」 「そうなんですかっ」 「おう、そうだ。……純己は可愛いから大丈夫」  純己の表情が硬くなってしまった。 「あっ、いや、そういう意味じゃないんだ、ごめん」 「ううん、大丈夫です。ありがとうございます」  純己の顔が元に戻ったのでニックは安心した。  大学の駐車場まで来たとき、ニックは今日乗って来た車が普段用だと気付き少し後悔をした。  純己を車で喜ばせるのはまた次の機会だな。  ニックが車の前で立ち止まると、純己が口を開いた。 「え……この車ですか?」 「そうだよ、こっちは普段用でね。ちょっと古いけど」 「いえ、だって、これって外車ですよね。え、普段用?」 「ああ、まあね」  純己はぽかんと口を開けた。日本人から見た外車というものに、もし初めて乗るのなら驚くのも仕方ない。少しでも喜んでくれたのなら本望だ。  乗り込んだ純己は放心状態になって日本語で独り言を言った。 「めっちゃ乗り心地いい……皮だし」 「メッチャ?」 「えっと、すごく乗り心地がいいです。シートも素敵です」 「そりゃ良かった」 「これなんていう車でしたっけ?」 「キャデラックだよ。母国の車なんだ」 「キャデラックってハリウッド映画で見たことあります」 「そう、それ。これはちょっと古い型なんだけどね」 「これで古いんだ……」 「ああ」  純己の表情に笑顔が増えたので、ニックも嬉しかった。 「これが普段用?」 「そうだよ」  純己は何度か瞬きをした。 「他にも車持ってるんですか?」 「まあね、それはまたのお楽しみ。あっ、もちろん、また純己が食事とかに付き合ってくれるならの話だよ」 「え、ええ……」  純己は急に緊張しているように見えた。日本人にはアメ車は珍しいのだろう。それか慣れないものに触れて戸惑っているのだろうか。 「外車は合わなかったかな?」 「いえ、そんなことないですけど、右に乗るなんてなんか不思議な感じがして」 「ああ、そういうことか」  二人で軽く笑い合ったら空気が柔らかくなったような気がした。  純己がさっき講師から渡されたメモを確認してかばんに入れようとしていた。 「純己、メモには何て?」 「番組の打ち合わせの日程とか場所とか持ち物とか」 「場所と日時は?」 「えっと、日時は来月の八日で、場所はあの大学の講師室です」 「講師室? あいつのか?」 「はい、そうみたいです」  なんだ、あいつ。なんで密室に純己を呼ぶんだ。変なこと考えてたら許さない。 「分かった、来月の八日だな?」 「そう、だけど……」 「……場所は変わる可能性があるからそのつもりでいてくれ」 「え? どういうこと?」 「その、あれだ、スポンサーとしてその番組には関わる権利があるので、俺か部下にその打ち合わせに入らせることにする」 「あ、そうなんですか……」 「おそらく純己も来ていた教室になると思うから純己にとっては近くなるだろ」 「まあ、そうですね」  純己の方を窺うと、少し元気がなさそうだった。 「俺が関わると迷惑かな?」  純己は急にこちらを向いた。 「いえ、ぜんぜん。むしろ知らない人がいるなら、ニックとかがいてくれた方が安心です」 「ほんとか?」 「うん」 「なら良かった。なんだか急に元気がなくなったように見えたから」 「違います。その逆で、なんか嬉しいんです」 「そうなのか?」 「はい。ニックだから言うけど、僕は父親の顔は写真でしか知らなくて愛された記憶がないんです。今もどこにいるか分からない。だから大人の男性に心配されたりすることに慣れてないんです。でもニックはいろいろ心を配ってくれるのですごく新鮮な感じがして」  純己は恥ずかしそうに俯いた。  可愛い……。だめだ、よしてくれ、今は盛り上がるなよ俺。そうだ、俺も辛い経験を話そう。であれば上向きにはならない。俺の下半身も今の純己のように俯いていられるはずだ。 「あ、そっか、話し辛いことを話してくれてありがとう。俺は逆に母親とうまくいかなかった。というより、継母でね。実の母親は俺が十一歳のとき父親と離婚して出て行ってそれっきりだ。継母は父親との間にできた女の子を愛して、俺に対しては他人行儀だった。虐待や無視はなかったが常に遠慮されていたので寂しかったよ」  純己はゆっくりこちらを向いた。その瞳には薄っすらと光るものがあった。 「そうだったんだ……。ニックも寂しかったんだね」 「うん、まあ。でも今はどうでもいいんだ」 「ニックは強いね」 「そう見えるだけさ」 「そんなことないよ」 「……純己と出会ったから、過去がどうでもよくなっただけだよ」  そう言ってからニックは、あっと口をつぐんだ。また恋愛感情を出してしまった。  応答がないのが気になり横目で純己の表情を確認すると、俯き加減で瞬きを繰り返していた。その頬が何となく桃色に染まっているように見えたのは、気のせいだろうか。

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