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第四章 満月に住むオオカミとウサギ ②

 純己は、ほっと胸をなで下ろした。運転しているニックは鼻唄を歌い始めた。  フロントガラスの向こうの夜空には満月が浮かんでいた。月光が眩しいくらいに届き、ニックの横顔を照らしていた。満月の中ではウサギが飛び跳ねているように見える。 「ねえ、あの満月すごくない? なんか人工的なくらいくっきりしてるよね」 「おお、ほんとだね」  相づちを打ったニックは普段のニックに戻っていた。 「今晩何食べる?」 「純己は何がいい?」 「僕、チーズが食べたいからピザがいい。めっちゃとろけてるやつ」 「よーし決まりだ」  純己は出前ピザ屋で使えるクーポンをダウンロードしかけた。 「純己、もしかして得意のクーポンか?」 「うん」 「今日はそれはいいよ。知り合いのイタリアンのシェフにこの後電話して持って来させるから。それと金を出そうなんて考えないでくれ、頼むから」 「ええ、だって」 「純己、今日は俺の家に行くんだ。俺が純己を招待するんだ。俺の言う通りにしてくれ」  純己は「もう」と言いながら肘でニックの腕を押した。なぜだかニックはにやけて、 「純己のお怒りなら俺にぶつけてくれたらいい。どんどん叩いてくれ」 「なにそれっ。ちょっと恐いんだけどっ」  純己は基本的には人に頼るのが好きではない。男性に守られたいと思うし愛されたい。でも好き勝手に甘えたり、ましてお金のことで利用したりすることとは違うと思っている。負担になりたくないし軽い人間だとも思われたくない。真正面から愛情を注がれたいのだ。  第一、必要以上の贅沢をしたいとは思わない。そういうことができる環境で育って来なかったことも大きいが、贅沢の先に何の希望も夢も見出せないのだ。そういうものは外の条件が崩れると同時に崩れてしまう儚いものだと純己は思っている。  そんなことより、誰にも奪われないものが欲しい。技術やスキルが欲しい。だから英語に力を入れてきた。社会に出たときに、圧倒的に誰よりも前へ進んで行ける能力が欲しかった。周りの条件が崩れても自分の能力そのものは崩れない。そういうものを獲得するために純己は頑張って来たのだ。  英会話教室の前を通り過ぎてしばらくすると、高層ビル群が先の方に見えてきた。そのビル群の手前にはいくつかのタワーマンションが並んでいた。このビルやマンションの群れは純己の自宅アパートからも見えるときがあった。 「この辺りはめっちゃ高いビルが多いから、うちからも見えるときがあるんだ」 「そうか、直線だと意外に近い距離なのかもしれないね」  ニックはそう言って大通りから大きな公園沿いの道路にハンドルを切った。  案外近い場所に住んでいたという偶然が嬉しいと思って笑い合っていると、純己はあることに気付いた。この辺りはオフィスビルとタワーマンションしかなく、住宅らしい建物やアパートなどは全く存在せず、あるとすれば緑が茂ってスタイリッシュなオブジェが並ぶ公園しかない。人が住んでいるというイメージは純己の中では全く湧かなかった。 「え? っていうことはこの辺りに住んでるの?」 「ああ」 「人が住んでるっぽくないんだけど、この辺って」 「目の前に見えてるじゃないか」 「まさか……公園の中じゃないよね?」 「はっはっは、ったく純己はジョークがうまいなあ」 「だって後はタワーマンションしかないよ……」 「そうだよ、仮住まいだから申し訳ないが。あの公園の向こうに見えてるマンションだ」 「え……仮でタワー、なの?」 「そうだが、それがどうかしたのか?」 「い、いえ別に……」 「俺の持ち家は、話したかもしれないがロスにあるからここは仮住まいということになる」 「うん、聞いたけど……っていうかそういうことじゃなくて……っ」 「ん?」 「ああ、やっぱいい……っ、じゃ、ご両親もロスに?」 「いや、両親は実家に住んでるよ」 「実家ってどこなの?」 「ニューヨークの郊外だ」 「……え、そ、そっか、ひ、東海岸と西海岸で随分離れてるよね」 「ああ、そうなんだ。なんというか、親から離れて気ままにしたいと思ってね。親不孝かもしれないが、自立できるという意味ではちょうどいいんだ」 「ま、ま、そうだけど」  どういうこと。純己の中にはその言葉がまず浮かんだ。暮らしの基準が全く違う。何か物をいただいてもお返しする術はないのではないかと思ってしまう。  二人を乗せた車はタワーマンションの地下の駐車場に滑り込んだ。駐車させた後、ニックはスマホを片手に電話をかけた。さっき言っていた飲食店だと思った。ピザとサラダと飲み物を口頭で注文していた。ちゃんとチーズを多めにと付け加えてくれていたのでその気配りが嬉しかった。  車を降りると、ニックは親指で隣の車を指した。 「横のも俺の車だ。日本ではまだ売られていない特別車に買い換えたタイミングだったから、なかなかデートに使うことができなかったが、新車がやっと本国から来たから今度のデートのときからはこっちを使うよ。まだ横には誰も乗せていないしね。純己に初めて乗って欲しい」  横にあったのは、ジープとセダンがミックスされたような形の車だった。 「これって……」 「純己なら読めるはずだ」  確かに車の顔の一番前に大きな文字で車種名が書かれている。 「レンジローバー?」 「そうだ、見ての通りSUVだからゆったりしてるし遠出も大丈夫だ」 「これ、かなり高級車だよね……」 「そうかな、まあそうとも言うかな。イギリスの車だ」  ニックは言い終わらないうちに片手を差し出してきた。 「ここからはプライベート空間だ。誰にどう見られようと構わない」  純己も片手を差し出した。大きな手に優しく握られた。高級車を見たどきどき感とはまた違う、握手ともまた違う感触だった。守られているという安心が生まれた。  28階でエレベーターを降りると映画で見たことのあるホテルのような絨毯が敷かれた廊下に出た。どう見ても人が住んでいる空間とは思えなかった。 「ここ何階まであるの?」 「確か35階だったかな、よく覚えてないな」  部屋に入ると自動で電気が点いた。広くて長くてきれいな木目の廊下に見とれていると、急に体が穏やかに固定されて温かくなった。耳元にニックの熱い息がかかった。 「もう我慢できない……止めても無駄だよ」  部屋をいろいろ見たいと言おうとしたとき、耳から全身に甘い痺れが走った。ニックの舌が耳たぶを舐めたかと思うと、甘噛みされてしまった。 「あっ……ぁ……」  首筋を熱くてねっとりしたものが這っていく。ニックは舌を這わせながら同時に上着を脱ぎ捨てた。 「だめ……」  純己の弱々しい抵抗もむなしく、一気に抱き上げられてしまった。お姫様抱っこのまま部屋をずんずん進んで行く。  リビングもキッチンも白の大理石が埋め込まれていてぴかぴかだった。  薄暗い部屋に入り、煌びやかな夜景が目に入ったと思った瞬間、広いベッドの上にゆっくり降ろされ、見上げた先には真剣な眼差しで純己を見つめるニックの顔があった。 「やっぱり可愛い……どうしてこんなに可愛いんだ」 「……」 「純己の瞳には見たことのない虹が宿っているよ……」  純己はただニックを見上げることしかできない。 「そんな潤んだ瞳で見られると、俺はもう……」  ニックの顔が下りてきたと思った瞬間、唇と唇が合わさっていた。 「……っん」  ニックの荒い鼻息が顔にかかった。英会話教室で初めてキスを交わしたときと勢いが違った。舌が暴れるように純己の唇を舐め上げ口の中をまさぐる。 「う、んん、んふぅ……ふ」  ベッドに投げ出していた純己の手にニックの大きな分厚い手が乗ってきて指を絡ませ握り合った。口の中はジェットコースターみたいになっているのに手の握り方はニックらしい気づかいのある力加減で、そのギャップが純己の興奮を掻き立てた。  ニックの鼻息の音がだんだん激しくなり唸り声のようなものも口の中に響いてくる。  口が離れたと思ったら上着を脱がされ、下着のシャツもめくり上げられた。純己の乳首が露になったところでシャツは止まり、ニックがそれを凝視する。 「きれいな色だ……体の割にはちゃんと形があって吸いやすそうな乳首だ……」 「やだ、恥ずかしいよ……」 「これからもっと恥ずかしいことをするよ、純己」  純己はごくりと唾を飲んで目をつぶった。次の瞬間、乳首に感じたことのない快感が走り、そのまま全身をびくびく引きつかせた。 「あぁっ……あぁっ、いあぁ、だ、んめ、あはぁぁ」  ニックの舌が動くたび、ニックの唇で乳首を引っ張り上げられるたび、甘く痺れる電撃がすごい勢いで体の芯を通り抜ける。  なにこれ……。おかしくなりそう……。純己は自分が乳首でこんなに感じるとは思わなかった。指でいじって自慰をすることもあったが、舌と唇は、指とは全然違う快感をもたらしてくれる。ニックだから余計に感じるのかもしれない……。 「純己のここ、すごい感じるんだね」 「う、ん……なんか全部飛んじゃいそう……」 「可愛い……」  ニックはそう言うと逆の乳首を同じように愛撫し始めた。喘ぐだけでもう声が枯れそうだった。声が快感の唯一の逃げ場のようになっていて、声を出していないと壊れてしまいそうだった。  ニックの手が純己の下半身の伸びて、固くなったそこを撫でられた。 「ぁあんんっ」  素早い動きでズボンを脱がされた。白地にブルーとイエローのチェックが鮮やかな前開きのところにピンクの線が入ったパンツが露わになった。 「可愛いパンツだ。まるで、初デートしたカフェのような柄だ」  ニックはそう言ってボクサーブリーフの上から優しく純己を握った。ニックの大きな手で握られると純己のものはすっぽりと全部が包まれてしまった。 「純己、もうこんなに濡れてるよ、先っぽが」  ニックは親指の腹で純己の濡れた先をいじり始めた。 「はっ、だ、だめ、んんんっ」  ニックの手が直にパンツの中に入ってきて、純己の屹立を穏やかにしごき始めた。 「あっ……はずか……だっ、めっ、あぁあっ……」 「俺のも握ってくれ」  ニックは片手で自分のズボンとボクサーブリーフをずり下ろした。さっきから純己の腰骨に当たっていたものは予想を超える大きさで、ニックのおへそに届いていた。 「え……ぉ、大きい……」 「そうか? 人と比べたことないから分かんないな」 「だって僕のと比べても……」 「純己のは別物だと思っている。これは男のそうであってそうでない、俺だけのものだ。可愛い形だ。俺はこっちの方が大好きだ」  ニックが少し体勢を変えると、ニックのそれは純己の脇腹に当たり、先走りのせいで純己の脇腹をぬらぬらと濡らし回った。純己は恐る恐るそれを握った。あっ……。ニックのそれは純己の手首と同じサイズだった。純己の腕時計がしっかりと装着できそうだった。 「ああ、純己、気持ちいいよ……その強くない力加減が絶妙だ……」  純己の手が上下するたびにニックは低い喘ぎ声をあげた。それが純己の気持ちにさらに熱を与えた。お互いのものをしごき合うと、快感は倍になった。  ニックの腕枕で頭を引き寄せられ、夢中でお互いの唇と舌を求め合い、お互いの手を休めることなく動かし合った。  純己の下腹の辺りから何かがせり上がってきた。甘苦しい爆弾が熱量を増すような解放されたいような感覚が体を駆け巡った。 「あはあ……ニック、もう、僕、いっちゃい、そう、だよっ」 「純己の声を聞くと俺もいきそうになる……一緒にいこう」 「あ、そんなに、あ、動かしたら、ニック、いく、いぃ、……ちゃう、いっちゃう!」 「俺もだ、い、ぁ、っくぅ、いく、いくぞ、純己ィィ、純己!」  その瞬間、ニックは純己の唇を奪った。 「ううんん、んっ、んっ、んっ、んん……わ、んあ、は、はあ……ひはっん」  二人のくぐもった声がお互いの口の中で振動した。純己が弾けたと同時にニックも頂点を迎え、純己の胸のあたりに一定の早いリズムで熱い体液が何度も飛んで来る。何回目かの飛翔が純己の乳首にかかり、その勢いの強さで乳首に愛撫されたような快感が走る。  二人は同時に頭をかくんかくんとびくつかせ、背中が反りそうになる反動に耐え、足の指を折り曲げる。それでもつながった唇だけは離れずに、快楽の衝撃が通り過ぎるまで息を送り合っていた。  熱いシャワーを浴びたように、純己の上半身はニックの精液で温められた。  お互いの息が静かになり口を離して体を見ると、純己の胸とお腹は白濁だらけになっていて、ニックの量のすごさを物語った。一方ニックが着たままだった黒い下着のシャツにはニック程ではないが純己の精液が飛び散っていた。 「あ、ごめ、ん、シャツ汚しちゃった……」  ニックは純己の頬に優しく指を添えた。 「どうして謝るんだ、純己。俺は嬉しいよ、純己のものならきれいだから。俺こそ、ごめんよ、純己の体を俺まみれにしちゃったな」 「ううん、僕も嬉しい……、ニックまみれが嬉しい……」 「純己……大好きだ」 「僕も……ん、んう、んふ」  勢いをつけてニックの口が純己の呼吸を止めた。  唾をすすり合うようなキスを終えた直後、微笑み合う二人の空間を破るようにインターホンが鳴った。 「あ、飯だな」  ニックはベッドに投げ出していたスマホを操作し話した。 「部屋の前のボックスの上に置いておいてくれ」 「承知いたしました」  相手の声も聞こえた。どうやら、スマホでインターホンに出られるようになっているらしい。どうやってお金を支払うのと純己が聞くと、代金と交換ではなく前払いの年会費に含まれているとニックが説明した。聞いたことのないシステムに純己はポカンと口を開いた。  ニックが携帯を適当に置き、また枕に頭を戻し純己を見つめてきた。 「それって、どれくらい?」 「年会費かい?」 「うん」 「それは秘密だ。純己は知らなくていい」  ニックはさらに呆けたような目で純己を見つめてくる。 「なんでぇ。あ、分かった、七千円くらい?」 「はははははっ、純己は本当に可愛い……やっぱり好きだ」 「もおぉ、教えてよ」 「そうだなあ、純己のバイト代の一年分くらいかな」 「え? うそ? マジで言ってる? 何それ、セレブ中のセレブじゃん」  ニックはまた微笑み、純己の頬を指で押した。  それからニックが丁寧に純己の上半身をティッシュで拭ってくれ、お互いの下半身も丁寧に拭い合った。  ニックは純己の体液を拭うたびにティッシュを嗅ごうとするので、純己はそのたびにそれを止めたが、ニックは笑うばかりで全く言うことを聞いてくれなかった。  ニックのそこは萎えていてもずっしりと重量感があって、持ち上げて裏側を拭くのに苦労した。  純己は拭いながら、そのボリュームに興奮しないように自分に言い聞かせるのも大変だった。

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