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第六章 湯舟に映る星空 ③

 ニックは、腹が立つのと気が滅入るのとでごちゃごちゃになりそうだった。  それは、ニックの父親が、結婚しろといつもうるさいからだ。  会社の後継者を早く作れと会うたびに言われるのだ……。  その相手を、なんとなく加代にしようとしているのが透けて見えるのもある。  コーディネーターの杉山加代はニックの二つ年下で、割と美人で、いつも小綺麗にしていてスタイルも悪くない。学歴が高いだけでなく地頭の回転も速く、英語もできて、会社のことも良く知っている。ニックの父親への接し方も心得ていて賢い。世間体の常識で考えれば、公私に渡るパートナーとしてふさわしい相手なのかもしれない。  だからこそ、ニックは息がつまる程苦しかった。加代は社会人としても尊敬できる部分がたくさんあるし立派な女性だ。かっこいいという形容詞が似合う女性だ。最近は、自分の持ち場以上のこともこなしてくれ、非常に助かっている。だから今月からの新年度のスタートに合わせ昇格させてマネージャーにした。年収も社員の中では一番にアップさせたし、賞与でも取り計らうつもりだ。  でも恋愛の対象じゃない。女性だからだ。まして結婚など勘弁してくれ。アメリカならもう同性婚もできるというのに。  今、俺の横でタオルを丁寧に畳んでいる純己が恋愛の対象なんだ。純己は俺にとって、度が付く程に直球のストライクゾーンなんだ。  意味のない比較なのにいつも自問自答して苦しい……。  純己が俺の子供を産んでくれたら望外の喜びなんだが……ああ俺は馬鹿野郎だ。 「ニック、全然準備進んでないじゃん」 「あ、ああ、もう適当でいいさ」 「だめだよ、僕がやったげる」  純己はニックの着替えとタオルなども準備を始めてくれた。  そんな、可愛いお尻をこちらに向けないでくれ、頼む、どうにかなっちまいそうだ……。自分でも何のモヤモヤなのかが分からないくらいに胸が狭く感じる。 「ニック、同性同士のカップルってさ、温泉とかは一緒に入れるからいいよね」 「確かにそうだ。男女なら混浴でない限り一緒に楽しむことはできないからな」  浴場に近づくにつれ、純己の純粋な可愛さのお陰でニックの息苦しさも少しずつ消えた。  脱衣場に入った。もう裸はお互いに見慣れているが、それはニックの部屋でのことであって、ここでは、なってはいけない状態が、まだ一つあった……。  純己が露わになったニックの股間を見て止まった。  なぜだ、今は平常運転中だから驚くような状態ではないはずだ。 「やっぱり、大きい、ね……」  ニックは勃起でもしているのかと慌てて自分のものを確認した。そこはきっちりと常識を持っておとなしくしていた。 「もう俺のものは知ってるだろ」 「逆に普通の状態のときは滅多にないから……なんか成長し過ぎたナスビがぶら下がってるみたい」 「なんだ、それは、おもしろい表現だな、そんなにデカいかこれが」 「デカいよ、だって」 「純己のは、確かに実が付き始めたばかりのキュウリみたいで可愛い」 「やだ、恥ずかしいっ」 「俺は純己の方が好きだ。可愛い方が好きだ。サイズがあると邪魔な時がある」  純己はいつものように、きゃははっと可愛く笑ってくれた。  風呂の中にも誰もいなかった。がらんとしていて静かだった。頭と体を洗ってから手をつないで高台にある露天風呂に向かった。木の階段を純己の手を引きながら十段程上った。  木で作られた長方形の風呂は十人ぐらいしか入らない大きさだ。土のような色の湯のせいか、夜空を見下ろしているのかと思える程に満天の星を映していた。 「ふはあ~気持ちいい~」  純己が腕と足を伸ばした。 「本当だ、最高だ、眺めもいい」 「うーん、星もきれいだけど、夜の森も悪くないねっ、なんか魅惑的だなぁー」 「森の中の風呂もいいんだろうけど、ここでも充分じゃないか」 「だねぇー、ぜんぜんありだよねっ。ぷふぁ~」  夜の闇と薄い橙の灯りに純己の首や肩の白い肌が際立っている。濡れた前髪を上げて額を出した純己の顔もセクシーだった。横から見ても、目と鼻と口のバランスが絶妙だ。目は大きすぎないアーモンド形で、鼻筋は高すぎない上に涼しく通っていて、唇は薄紅色が艶やかで品のある厚みがチャーミングだ。  なんで純己はこんなに色っぽいんだ……。男性でも女性でもないようなこのつくりは何なんだ……。柔らかい凛々しさと清楚な憂いが漂っている顔なのだ。ずっとこうして眺めていられる。芸術作品とでも言おうか、いや、生身の人間で本当に良かった……。俺は幸せだ……。  ふと純己がこちらを見た。その瞳に星空が宿っていた。美しい……。吸い込まれそうだ……。  ニックは自分でも知らぬ間に純己との距離を縮めていた。我慢しろと言う方が無理な話だ。 「ニック、ここは外だし、お風呂だから、ね……」  純己の困った顔もまた可愛い。そして怯えた顔はニックを一気に欲情させた。 「分かっているさ、俺だって……でも、純己が目の前にいて我慢なんかできるはずがない!」 「ちょっと、待って、ニック……」  ニックはクジラが跳ね上がったような大しぶきを上げて純己に飛びついた。    ◇◇ 「んん……っ……ん……」  ニックの逞しい腕に抱きしめられ、生温かいものが純己の唇と口の中を駆け回った。だめだよ、こんな所で、もう。そう思う自分と、興奮されて攻められることの喜びがぶつかり合って体の芯に快感を呼んだ。  ニックの顔の角度が変わった。一瞬だけ息継ぎができたけれどまた鼻からしか空気が抜けない状態になった。 「ふ……んっ、う……しゅ……っんんん」  ちゅる、ちゅぱ、にちゃ、ねちょ、とニックの興奮の音が二人の皮膚と粘膜で鳴り続けた。ニックの頭が移動したかと思うと、乳首を愛撫された。最初は舌先だけゆっくり動かしれろれろという音がする感じだった。それだけでも快感スイッチは全身にその波動を送った。 「ああ、ん、だめだって、だから、んんああ……こ、コォ、声出ちゃうって……」  ニックの舌の動きが激しくなり、右は吸い上げられ唇で引っ張られ、左は甘噛みされた。 「あああっんっあ……」 「純己の乳首は体に似合わずしっかり形があって吸いやすい……」 「やだ……ぅんあっ」  純己の体がとろけそうになっていることを見抜いたように、また口を封じられた。そして何も話せない状態のままニックは純己の腰を両手で持って抱き上げ、向かい合う形でニックの太ももの上に跨らせた。純己のあそことニックの固くなったところが直にこすれ合った。ニックは純己のお尻を両手で鷲掴みにし、前後に揺らし始めた。 「んん、いっう、あえ、あえ、おんあ、あおえ、んん、んんうっ」  口が塞がれているので言葉が全部喘ぎ声に変化してしまう。 「ほら、口を解放してあげたぞ……どんな顔してよがってるんだ? 純己の感じてる顔が見たい……可愛い顔だ……もっと、もっとよがってくれっ」 「んあっ……ニック、だめぇ、んダメ、こんな、場所で、ああんんっ」  ニックは純己のお尻を掴んだままさらに激しく前後に揺らす。お互いの先走りなのか硫黄の滑りなのか、お互いの欲情の棒が舐め合うみたいにこすれる。純己は声を我慢する代わりに首と背中を後ろに反らせた。純己の体が動くたびに湯舟に大きく波が立つ。 「純己、気持ちいいぞ、はあっ」 「……だめ、に、ニック、と、止めて、お、お願い……」 「無理だ、止まらない……俺がなんで純己の中に挿入することを我慢しているか分かるか」 「こ、んな、場所、だから、で、しょ、はあっん」 「違う、今までのことだ。純己を、大事にしたいからだ、純己の気持ちもちゃんとほぐれてからじゃないと、俺も嫌なんだっ。まずはもっともっと純己を乱れさせたい。俺だけに感じる体にしたいんだっ」 「ぼ、僕は、ああっ、もう、ほぐ、ほぐれ、ほぐれって……いっ」  湯舟では二人の快感を象徴するような黒い荒波がだんだん大きくなる。ばっしゃん、どっしゃんとお湯が湯舟の外に放り出される。純己の快楽ももう体の外に放たれようとしていた。 「大丈夫だ、こんな場所ではしない、するときはもっとロマンチックな場所でしよう」 「もう、も、い、いき、いきそう……っ」  前後に激しく動いていた体はぴたっと止まり、放出は寸前で止められた。 「んんんんっ」  意地の悪い寸止めをされ、純己の体は細かくけいれんした。  次の瞬間、純己の唇の震えを止めるかのように、ニックの熱い接吻が押し寄せた。今度は口の中に熱湯のような蜜がなだれ込んだ。ニックの唾液がどんどん注がれる。  今度は純己の唾液と混ざったものをニックが吸い上げる。また流れてきた二人分の蜜を純己は苦しくて嬉しくて飲み込んだ。ごっくんという音が自分の喉から聞こえて、ニックの温度を感じた。  純己はニックに跨ったまま、がくがくと腰がけいれんした。キスだけでこんなにも感じるなんて信じられなかった。精液を放出したい自分と我慢したい自分が抗って思わずニックに抱きつかずにはおれなかった。快感の頂点から引き戻っていくことさえ気持ちいいと感じてしまう。  ニックは純己の首元に吸い付いた。きゅーっと音が何度も鳴る。 「キスマークを付けた。俺のものだという刻印が増えたぞ」 「……もう、だめだよ、見られたら、どうすんの……」 「だからちょうど襟で隠れる位置にしておいたさ。二人だけの秘密だ」  その時、入口の方で談笑の声が聞こえた。純己は力の入らない腰のせいでもたもたしていると、ニックが純己の脇に手を入れ軽々と持ち上げ隣に座らせた。 「クソ、もう少し貸し切りにして欲しかったな。ここからもっと感じさせて狂わせたかったのに。純己の体が俺じゃないと感じなくなる調教をしたかったのに」 「……だめ、だよ、もう何言ってん、の……」  純己は息を整えるのに必死なのにニックは何の疲れも見せていない。  数人の声とともに桶がぶつかる音やシャワーの音が聞こえ始めた。離れの露天風呂に行っていなかったメンバーだろう。  すると、誰かが「あっちに露天風呂がある」と声を出し、こちらに向かって来た。  純己とニックは少し距離を取って普通を装った。 「小田か?」  手前にいる純己が湯舟の端から見下ろすと、高村ともう一人が腰にタオルを巻いて見上げていた。 「……あ、た、高村さん、ハ、離れじゃなかったんですね」 「そうなんだ、夜桜だけ見に行ってたんだよね」  そう言って階段を上って来る。ふと、湯舟に目をやるとお湯が少なくなっているような気がした。それに、あれっ……肌色の三角のキノコみたいなイカの頭みたいなのがニックのすぐ前の水面に浮かんでいた。よく見るとそれがニックのあそこの先だと分かった。 「それっ、ほらっ、出てるよっ」 「え? お、うおおっ」  ニックは自分のものがまだ収まっていないことを自覚したのか、慌てて腰を引いた。水しぶきが派手に上がり、そこへ来た高村たちにかかった。 「うわっ、なに、え? あ、ニックもいたんですね、お疲れ様です」 「や、やあ、高村君、お、お疲れ様っ、すまないお湯がかかってしまって」 「大丈夫っす。あれ、湯少なくない? 小田、最初からこんな感じ?」 「は、はい、最初から、こ、こんなだった、ですかね」  高村たちはざぶっと湯舟に浸かった。お陰で少しだけお湯のかさが増えた。ニックは常に腕を前にしていて不自然だったけれど、それで必死に隠しているのだと思った。  高村たちと日常的な会話をしてニックもおとなしくなったのか、我々は先に出るねと言ってニックが純己に目配せをしてきた。純己はタオルを巻いて立ち上がったが、ニックはタオルは持って来ていなかったのでそのまま堂々と立ち上がった。  ニックの下半身はちゃんとおとなしいままだった。安心したけれど、先から透明で光っている雫が糸を引いて垂れていた。それがお湯の水滴でないことくらい、純己にはすぐに分かった。

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