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#1-3
次の日、仁科は驚くほど簡単に見つかった。
悶々としてなかなか寝付けなかった俺は、いつもより三十分も早く登校した。グラウンドのほうから運動部が練習している声と相変わらずうるさいセミの声が聞こえてくる。
階段を上がり一年生の教室があるフロアに着くと、廊下の先で仁科が窓から外を眺めているのが見えた。他に生徒はいないようだ。
何か声をかけるべきか? 挨拶だけでもする?
昨日は話も終わらぬ内に逃げ出してしまったし、俺の顔なんて覚えているか?
知らない奴から声をかけられて、変に思うかもしれない。でも、何かきっかけを作らないと。
意を決して近付こうとした瞬間――
「なんだよ、たまには紅緒 より早く来て驚かしてやろうと思ったのに!」
階段のほうから聞き慣れた声が響いてきた。
「夏輝 、お前の声まじでセミよりうるさい」
耳を塞ぐジェスチャーをすると、声の主は楽しそうに笑った。
金澤 夏輝 、同じクラスの騒がしい奴だ。
誰とでも話せる性格のおかげで高校に入ってからも友達や知り合いは沢山出来たが、こいつが一番表情が大袈裟で何を考えているか分かりやすいし、話しやすい。
「てかさ、早く来たついでにちょっと話したいことがあんだよ。教室誰もいないっぽいし、男同士で秘密の話するなら今の内だろ。な?」
夏輝は少し興奮気味で言った。その口振りから察するに、片思いをしていると何度も聞かされた“花沢 菜摘 ちゃん”のことだろう。
名前が似ていて、どちらかが校内放送で呼ばれた際にばったり出会ったとかいう理由だけで仲良くなった他クラスの女子らしい。
「ああ、でも」
振り返ると、仁科はもういなかった。せっかくのチャンスだったけれど、仕方がない。この時間に来れば会えるかもしれないのが分かっただけでも収穫だ。今は夏輝の話を聞いてあげよう。
「でも声のボリューム下げないと、別の階まで聞こえちゃうぞ」
口に人差し指を当て、シーッとする俺の真似をしながら夏輝は「おお、そうだよな!」と大して変わらない声量で答える。
こうやって身振り手振りを交えて話していると、まるで六つ下の弟と接しているみたいだ。
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