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#1-4

 それから夏輝は、“菜摘ちゃん”と昨日一緒に帰ったこと。  “イイフンイキ”を感じて告白をするなら今だと、男を見せようと気合いを入れたところで“菜摘ちゃん”から「付き合ってください」と告白をされたこと。  それはすごく嬉しかったけれど、返事をするだけではなく自分からも告白がしたくて、どうすればいいか分からず、考えさせてと答えてしまったことを矢継ぎ早に話してくれた。 「菜摘ちゃん、あの状況ではっきり答えないチキン野郎って思ってたらどうしよ……オレ嫌われちゃったかもしんないよな」 「“うん”とか“同じ気持ちだ”とか好意に応えるだけじゃ嫌なんだろ?」  俺の問いかけに夏輝は眉を曇らせながら頷く。 「好きなら好きって言えばいいじゃないか。そんなことで悩むなんてお前らしくもない」 「紅緒って」  俺の両手を掴み、まっすぐと目を見ていつものように笑いながら夏輝はこう言った。 「良い奴だな」     §  しばらくして、俺の言葉に励まされたらしい夏輝は廊下を歩く“菜摘ちゃん”を見つけると、待ってましたと言わんばかりに駆け寄り、ちらほらと増えてきた登校中の生徒も気にせず大音量で告白をしていた。  突然の出来事に菜摘ちゃんは面食らったような顔をしていたけれど、状況を理解すると嬉しそうに笑って夏輝に頷き返した。 「紅緒、お前ってホント良い奴! 大親友!」  廊下から手を振りながら夏輝が言う。手を振り返すと、夏輝に何か言われた菜摘ちゃんも手を振った。  俺は他に誰もいない状況ですら迷って仁科に話しかけられなかったというのに、みんなが見ている中で恥ずかしげもなく夏輝はやってのけた。あいつくらい怖いもの知らずで積極的だったら、今頃仁科と何か話が出来たかもしれない。 (俺って、誰とでも話せると思ってたけど……案外臆病だな)  窓の外を眺める仁科の横顔を思い出しながら、夏輝の言葉をあいつもどこかの教室で聞いているかもしれないなんて考えていた。     §  次の日もその次の日も、朝早く行くと必ず廊下に仁科はいたけれど、一人ではなかった。いつも誰かと話をしている。特定の誰かではなく、先生とか生徒とか俺が知っている人たちだ。  これでもコミュニケーション能力はある。知り合いもいるなら会話に加われるだろうなんて自意識過剰なことを思ったりもした。  しかし、問題はその先だ。どうにも仁科のこととなると冷静さがすうっと消えていく。頭の中ではとめどなく思考が溢れ出て、好ましくない方向にばかり進もうとしてしまう。  そこで冷静でいられる距離を保って、しばらく仁科を観察することにした。言うなればストーカーだけれど、物は言いようだな。 「紅緒最近遠くのほう見るよな。なんかいんのか?」  仁科を目で追う俺を見て、夏輝が手を双眼鏡のようにしながら聞いてきたことがあった。 「眉」 「マユ? 虫?」 「人」 「ほーう」  そう答えた日が金曜日で、休み明けには夏輝と菜摘ちゃんの中で何故か俺が“マユちゃん”という子が好きらしいということになっていた。

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