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#2-1 一目惚れとそれに伴うあらゆる感情【裏】

 幼い頃から色々なものを“知ること”が好きだった。子供の目から見える小さな世界にも、知り尽くせないほどに物事というものは溢れている。  父の蔵書を読み耽ったこともあった。小さな子供には理解の出来ないものばかりだったけれど、知らないものがまだまだあるということを知るには十分な経験だったと思う。     §  十歳になる頃、母が一方的に父へ感情をぶつけるようになった。原因を作ったのは父ではなく母だ。しかし、父はそんな母に対して責めることも歩み寄ることもせず、怖いくらいに淡々としていた。 「私のこと何も知らないくせに、愛してるだとか……好きだとか……私はあなたたちのこと大嫌いよ」  暗い部屋で母は俯きながらそう言って、兄と僕を見て微笑んだ。 「ねえ、こんなこと(あきら)も周も知らなかったでしょう? 私の一番そばにいたのに」  それが母が最後に残した言葉だった。  幼心とは単純なもので、母が見せたたった一度の隠す気もないストレートな感情に容易く押し潰されてしまった。かといって、身についた性癖はそう簡単に無くなるものではない。むしろ母の放った言葉で、僕はそれを(こじ)らせた。  母がそこまでした理由なんて知らなかった。当時は、思い出の中の母まで消えてなくなってしまうような気がして、知りたいとも思わなかった。  ようやく踏ん切りがついたのは、五年経った春のことだ。兄から理由を聞いて以来、“母だった人”を心底軽蔑するようになった。  それを父に聞けなかったのは、あの人の世界から、最愛の人だったはずの母が跡形もなく消えていたからだ。  父のように考えられたのなら、どれほど良かっただろうか。僕は今でも母の言葉と笑顔に縛り付けられているというのに。

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