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#1-10
「それで、紅緒は僕に何を聞きたい?」
「あの物置になってる教室で何してたんだ、って」
俺の答えを聞いて、周は一瞬だけ眉を顰めた。職員室でして見せた表情と同じだ。
しばらくの沈黙のあと、「大したことじゃない」と呟く。
「“知ること”が好きなんだ。でもなんでもいいわけじゃない。魅力を感じるものだけ。強く惹き付けられるほど深くまで知りたい。余すところなく可能な限りどこまでも……なんてね」
「それを大したことって言うんじゃないか? 俺も好きなものは徹底的に追求したくなるから、その気持ち分かる気がする。まあ俺の場合は、眉だけど」
「知ってる」
「なんかその話聞いたあとだと、重みあるな」
“知らなかった”とか“そうだと思っていた”ではなく、“既に知っている”と返ってくるとは思ってもみなかった。確かに今もずっと目が離せないけれど、それほど分かりやすかっただろうか。
「ねえ、そんなに気に入った?」
「ん……まあバランスとか形とか、どこを取ってもまさに“究極の美”って感じ、だしな」
本人を前にその美しさを褒めようとすると、伝えたい気持ちよりも恥ずかしさのほうが勝 ってしまう。
「あぁ、だから“マユミ”なんだ」
「そう、安直だろ? 周の眉って凄く理想的でさ。というか100%俺の理想そのもので、初めて見た時に“あいつこそが俺の探し求めていた存在だ!”って、もう頭ん中大騒ぎだったり真っ白になったり。で、いつの間にか駆け出してた。ずっとその興奮が収まらなくて、それで――」
勢いに任せて話してしまったけれど、ふと我に返る。その先はまずい。
「それで?」
「あ、いや……あの時までこんなに完璧な眉の持ち主が近くにいるなんて気付きもしなかった。同じ学年なのに。俺、色んなやつと話したつもりだったんだけどな。いやぁ、世間って広いんだか狭いんだか」
「髪切ったんだ。夏休みにバッサリね」
その返答には目からウロコだ。合点がいった。まさか髪型を変えていたとは、盲点だった。
「昔のままだったら、紅緒は気付いてくれなかったかも」
「どんだけ別人だったんだよ」
「秘密。ああ、でもこの眉は生まれた時から変わってないよ。安心して」
そう言われて、以前の周と小さい頃の周を見てみたくなった。その気はなくても、俺を煽るのが上手い。
§
それからいくつかとりとめのない話をしたけれど、やっぱり帰り道のことは話題にできなかった。
周のあの口ぶりからすると、前から俺の家を――俺のことを“知っていた”のかもしれない。となると、周は俺に魅力を感じたということなのか。
(いやいや俺はナルシストかよ。それにこいつだって、そんな一時 の俺みたいなストーカーじみたこと……しないだろ)
さすがに俺の考えすぎだろう。運命的な出会いも、一緒に帰ったことも、何もかもすべて偶然起きたことだ。こんな状況、そう簡単に作り出せるものではない。
「なあ、ところであの物置部屋にそんな惹かれるものがあったのか?」
「何も。ただの本と備品の山だよ」
「そっか」
そこでホームルーム開始十分前の予鈴が鳴った。
立ち上がり、一時間前の静けさが嘘のように賑わう校内を通って教室へと向かう。一組の教室の前へ来たところで、俺は周のほうを振り返り聞いた。
「あー、えっと、連絡先教えろよ。放課後連絡するから」
「ああ、そうだね。どうぞ」
長ったらしいメールアドレスだの一向に覚えられない電話番号だの、そんなものも必要なくスマホがあれば繋がりを持てる楽な時代だ、と両親がしみじみと語っていた。
“友達”に周のアカウントが追加されたのを確認して、スマホをしまう。
「ん。じゃあまたな、周」
「またね、紅緒」
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