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#3-1 視線

『悪い遅くなった  今どこにいる?』 『準備室』  よりにもよってこんな時にホームルームが十分も長引いてしまった。急いで周にメッセージを送ったけれど、既に着いているようだ。教室の前で待っていられたらと身構えていたので逆にありがたい。  生物準備室のドアを開けると、周だけがそこにいた。 「あれ、先生は?」 「来てない。先行ってろって鍵渡された」 「あぁ、じゃあ」  ――二人で待ってるか、と言おうとして、また二人きりの状況になっていることに一瞬ドキッとした。何だか周を意識すればするほど、距離感が掴めなくなってくる。 「そこの鍵かけたら、この部屋誰も入ってこれないね」  そう言われて、振り返ってドアを見る。部屋の鍵も予備としてキーボックスとは別の場所に保管されているものを除けば渡された一つしかないし、内側から鍵をかけてしまえばそう簡単には開けられない。 「確かに……え?」  納得しかけたものの、その意図が分からず疑問が残って周のほうへ向き直る。 「そうしたら僕たち、ここで何をしても誰にも知られずに済むかな」  先程からこちらを見ずに、呟くように淡々と言う。正直、この光景はものすごく怖い。 「怖いこと言うなよ」 「怖い? 可能性の話だよ」 「先生だってそのうち来るだろ」 「来ないよ。知ってるんだ」  今度は一転して俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。駆け引きのはずなのに、眉を読めない状況に一方的に押されている。 「なんでそんなこと」  ふと帰り道のやり取りを思い出す。まさか俺を殺す前に先生で練習を―― 「伏見先生が、今日の会議とその資料作りを忘れてたから」 「へ?」 「全部知ってた。手伝いを頼まれたときからこうなるだろうって。先生は今頃、ここに来れないことを申し訳ないと思いながら、時間に追われて、必死にパソコンと向き合ってる」  俺の馬鹿げた予想は当たり前だけれど外れていた。周の言うようにてんてこ舞いになっている先生は容易に想像出来る。 「ここに僕たちがいるのは、先生しか知らないよ」 「あぁ……そう、だけど」  しかし、それが本当かという迷いがまだあった。けれども、周に“知っている”と言われると信じてしまいたくなる。 「ねえ、紅緒。君が今そのドアの鍵をかけてしまえば、僕たちはここでなんでも出来るかもしれないね」  冷たく優しい声が俺の思考を塗り替えようとしてくる。 「“”って……例えば?」 「さあ、なんだろう。僕はなんでも構わないけど」 「可能性の話、だよな」  別に疚しいことは考えていない。あの目に見つめられて、深いところまで覗かれながら話がしたいだけ。そう、俺は至って健全だ。 「ああ。君は少し手を(ひね)るだけ」  周が左手を捻って鍵をかけるような動きをしてみせる。 (本当に俺はそれだけでいいのか?)  確かに“なんでも構わない”と言った。その状況で話をするだけなんて。ずっと求め続けてきたあの眉を、周を、俺のものに出来るチャンスが目の前にあるのに。

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