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#2-9

「まあ、そう呼んでも良いくらい俺と……周の仲が特別だと思うなら」 「どうだろう。僕はそう思うけど」 「はは……知り合ったばっかりだっていうのに、結構積極的だな」 「君の真似してるだけだよ」  思った通りに上手くいかないのは重々承知していた。足踏みしたり後戻りしたりもして、そうやって一歩手前にいたい気持ちと、じれったいことはすべて無視して飛び込んでしまいたい気持ちがいつまでもお互いを潰し合おうとする。 「それで、紅緒は僕に何を聞きたい?」 「あの物置になってる教室で何してたんだ、って」  定まらない気持ちと止まらない感情の相性は最悪だ。どちらか一方に気を向ければ、もう一方が理性を埋め尽くして足をすくわれそうになる。  確かに僕は兄の言う通り、両親の悪いところを集めたのかもしれない。本当によく見ている。 「大したことじゃない……“知ること”が好きなんだ。でもなんでもいいわけじゃない。魅力を感じるものだけ。強く惹き付けられるほど深くまで知りたい。余すところなく可能な限りどこまでも……なんてね」  彼を知りたいと願う欲と、独り占めしたくなる(やま)しさを、僕はいったいどうしたらいい。 「それを大したことって言うんじゃないか? 俺も好きなものは徹底的に追求したくなるから、その気持ち分かる気がする。まあ俺の場合は、眉だけど」 「知ってる」  この視線は僕だけしか知らない。もっと僕だけの紅緒を知りたい。 「なんかその話聞いたあとだと、重みあるな」 「ねえ、そんなに気に入った?」 「ん……まあバランスとか形とか、どこを取ってもまさに“究極の美”って感じ、だしな」  紅緒は恥ずかしそうに視線を泳がせながら褒めてくれる。自分に美しさなんて感じたこともなかった。 「あぁ、だから“マユミ”なんだ」  眉と美、シンプルかつ紅緒らしさがある。 「そう、安直だろ? 周の眉って凄く理想的でさ。というか100%俺の理想そのもので、初めて見た時に“あいつこそが俺の探し求めていた存在だ!”って、もう頭ん中大騒ぎだったり真っ白になったり。で、いつの間にか駆け出してた。ずっとその興奮が収まらなくて、それで――」  勢いよく話し出した紅緒の言葉が突然止まる。 「それで?」 「あ、いや……あの時までこんなに完璧な眉の持ち主が近くにいるなんて気付きもしなかった。同じ学年なのに。俺、色んなやつと話したつもりだったんだけどな。いやぁ、世間って広いんだか狭いんだか」  まるでその先は隠し通したいとでも言わんばかりの不自然さの所以は、わざわざ追及しなくてもなんとなく分かる。 「髪切ったんだ。夏休みにバッサリね。昔のままだったら、紅緒は気付いてくれなかったかも」 「どんだけ別人だったんだよ」 「秘密。ああ、でもこの眉は生まれた時から変わってないよ。安心して」  恐らく紅緒はまったく気付かなかっただろう。僕に対して鋭いのは視線だけで勘は鈍い。     § 「――時間切れ、だな」  予鈴を聞いて、紅緒がまるで僕の真似をするように言いながら立ち上がる。 「戻るか」  騒がしい校内を通り抜け、教室まで戻ったところで紅緒がこちらを振り返る。 「あー、えっと、連絡先教えろよ。放課後連絡するから」 「ああ、そうだね。どうぞ」  最低限の交流しかしてこなかった僕に出来た新しい“友達”。どんなものでも、紅緒との繋がりを感じられる。 「ん。じゃあまたな、周」 「またね、紅緒」  ――一目惚れとそれに伴うあらゆる感情が、僕たちを繋いでいる。

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