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#2-7

 家へ帰って、風呂に入りながら今日のことを思い出す。冷たいシャワーが意識をより鮮明にさせた。  対面した時の反応、声にならない声、名前を呼ばれて少し紅色に染まった頬、驚いた顔。そして、僕だけを見つめる真っ直ぐで鋭い視線。  どうしようもなく膨れ上がる感情が抑えきれなかった。     §  水でも飲んで落ち着こうとキッチンへ向かうと、ダイニングで忌々しい兄が待ち構えていた。目が合うなり嬉しそうな笑みを浮かべてくる。 「やあ周、おかえり。遅かったじゃないか」  当然何か言うことがあるだろうとでも言いたげな雰囲気を(にじ)ませながら、僕の次の言葉を待っている。  普段は何事も我深く関せずと安全圏にいるくせに、弟である僕に干渉してくることにおいてはやけに生き生きとしている上に、嫌なところで察しが良いことに腹が立つ。 「ただいま」 「帰りが遅くて心配して待っていた兄に対して素っ気ない弟だね」  その雰囲気を無視して挨拶だけするも、兄はそれでは解放してくれない。紅緒と話をしたことで帰りがいつもより遅くなったのは事実だ。 「勝手に心配された挙句に批判までされる(いわ)れはないけど」 「まったく。成長期だというのに朝も昼もろくに食べないで、よくもこんな時間まで憎まれ口を叩くほど元気でいられるね。夕飯くらいはちゃんと食べなさい」  そう言ってテーブルを指さす。まだ温かい一人分の夕飯が用意されていた。そのどれもが僕の好物なのは優しさなどではなく兄の戦法でしかない。こうやって反応を見て楽しむのは分かりきっている。 「そっちが年取って衰えただけだよ。ご機嫌取りに必死すぎなんじゃない」 「おや、お前も五年経てば同じだろう? 若さというのは足が早いね。お前の優しい兄さんは、その若さを無駄にしないように手助けしてあげたいだけさ」 「助けて欲しいなんて言ってない」  昔からとにかく押し付けがましく、思ってもいないことを次から次へと言える浅ましさは認めてもいい。 「まるで父さんと母さんの悪いところを集めたような奴だね、お前は」 「へえ、なら兄さんは良いところを集めたんだろうね」  両親に悪いところは数あれど、良いところなんて一つもない。  兄も僕もお互いに、何をして何を言えば相手を怒らせられるかを知っている。それで何かが生まれるわけでも消えていくわけでもなく、喧嘩にもならない兄弟間の不毛なコミュニケーションがあるだけだ。 「あの人たちをかき集めたところで、お前も私も違う人間だよ」 「そうやって自分だけわかったような振りばかりして、友達いる?」 「あはは、周こそ心配してくれているじゃないか」 「憐れみだよ」  いつも飄々(ひょうひょう)としていて何を言い返してもどこ吹く風と聞き流される。  言葉で兄に勝てるとは思わないけれど、それでもいいようにされたくはなかった。 「まあ少なくともお前よりは多いと思うけれど……ああ、でも今は同じかな?」 「知ったような口聞くの、凄く腹立つ」 「これでも兄弟だからね。誰よりもお前のことは知っているつもりだよ。そばにいる時間が長い分、弟の変化くらい簡単に気付くさ」  もういない母と、ほとんど顔を合わせない父と違って、憎たらしいけれど兄は確かにずっとそばにいる。とはいえ何故そこまで感付けるのか不思議で仕方ない。  人前で感情を表に出すことはほぼないに等しいというのに、兄は僕の微妙な違いに目ざとく気付く―― 「なら余計な邪魔をして欲しくないのも気付くと思うけど」 「お前にちょっかいを出すのは趣味だからやめたくないね」  ――はずだけれど、調子がいいことに意地が悪い。 「悪趣味」 「ああ、知ってる」  相変わらず嬉しそうに笑いながら言う。 「ところで周」 「今度は何」 「料理が冷める。お前のためにも停戦しよう」  テーブルに並んだ料理を見る。結局、こうやってペースを乱そうとしてくる兄には勝てない。

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