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#3-7
二階へ上がると、部屋から声が漏れてきているのが聞こえた。
「――絶対に嫌。向こうにもそんな気ないってことくらい、兄さんだって分かってるくせに」
入ってみると、周は誰か――“兄さん”と電話をしているらしく、その声にははっきりと嫌悪感がにじみ出ている。
兄弟がいたのか、と黙ってそれを見守る。しばらく間が空いて、周は何も言わずに突然電話を切った。
「ごめん、取り込み中だったか」
「間違い電話だよ。考えごとは捗った?」
とはいうものの、間違い電話のやり取りには聞こえなかった。
しかし、わざとそう表現するだけの理由があるわけだ。そこに簡単には触れていけない不穏な空気を察知して、聞かないほうがいいことだと忘れることにした。
「まあ、それなりに。聞きそびれてたけど、服のサイズとか大丈夫だったか」
「大丈夫。ありがとう」
パッと見で周と俺の身長は、五、六センチほどの差があった。
同年代の平均より少し上の可もなく不可もない身長の俺は、背の高い周に羨ましさまで感じてしまう。
俺が着たら少し大きいTシャツも、周が着るとちょうどいいくらいだった。
「そりゃ良かった。あと周、こっち」
照れ隠しのために枕を抱えながら、隣に来るように周に促す。
「ほら隣」
「僕はここでも居心地いいけど、ベッドのほうが都合がいい?」
分かっているくせに、俺に言わせるためにわざわざ遠回しなことを聞いてくる。
それが嫌だと思ったりはしないけれど、言わされる俺の身にもなってみて欲しいと思わなくもない。
「だから……都合がどうとかじゃなくて、来て欲しいんだよ」
「ああ、そこまで言うなら喜んで」
ベッドが少しだけ軋 んだ音で、横に周がいることをはっきりと認識出来た。
枕をぎゅっと抱きながら、しばらく無言の時間が流れる。
時間が無いというのになかなか話出せない俺を見かねた周に、「それで?」と次の言葉を促されて、ようやくそちらに向き直る。
「あのさ、ポン吉が吠えなくても寸止めするつもりだったよな?」
「へえ、意外だね。勘は鈍いのかと思ってたけど」
「勘っていうか、ちょっと不満そうだったから。そうだろ?」
視線を交わしたとき、不思議と周がどこか本気じゃないと感じた。
あの場で寸止めされていたら、それはそれでまともに考えられなかった自信しかない。今こうして話すほうが、まだ落ち着いていられる。
「よく見てるね」
周の言う通りだ。俺は出来る限りずっと周のことを見ている。
なのに分からないことばかりで、周の考えはまるで靄 がかかったようにはっきりとは見えない。
「それで、悩むくらいなら周みたいに聞いたほうが早いって思って……何考えてた?」
「単純だよ。紅緒の口から、紅緒が考えてることを知りたい。ほら、視線はたくさんもらってるしね」
何かもっとこう、雰囲気がそぐわないとか「正直なところ俺とそんなことするつもりがない」とか現実的なものだと思っていたから、想定していなかった理由に面食らってしまった。
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