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#3-9

「それで、そろそろ言う気になった? 待ってあげたいけど、時間は有限だよ。それとも気が変わった?」  周の催促はもっともだ。  時計を見る。あと二十分もしないうちに家族も帰ってくる。次へ進まずに消化不良で終わるのは避けたい。  けれど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。ここで「言わせないでくれ」と言ったら、周は俺の願いを叶えてくれるだろうか。  いや、さっきまで勢いに任せてあれもこれも言えたくらいなのに、俺はなんで今更になって怖気付いているんだ。このまま恥ずかしいからと渋っていては、そのうち周に呆れられてしまう。  とはいえ、実のところどう言えばいいのかが分からない。何者にも代え難い存在が目の前にいて、夏輝風に言えば“イイフンイキ”だと言うのに。  ――好きなら好きって言えばいいじゃないか。  ふと、夏輝に言った言葉を思い出す。人にはそう助言するくせに、俺は何を悩んでいるのか。  周が一切恥じらうことなく、俺のことが好きだとか俺を知りたいだとか嘘偽りのない真っ直ぐな表現で言ってくれるのは、言われる身として恥ずかしくもあるけれど正直とても嬉しい。  俺だって周と正面から向き合って、俺の本心を言葉で伝えてやりたい。視線を交わすだけで、周が俺を知り尽くしてしまわないように。  抱きしめていた枕を元に戻して、気合いを入れ直す。 「そんな簡単に変わるわけないだろ。俺は、放課後から今までずっとお前と……キスしたいなって思ってる。けど、ただ周がそばにいてくれるだけでもいい」 「うん。僕は紅緒から離れたりなんてしないよ、絶対に。約束する」  心做しかその言葉は俺に対するものではなく、周が自分自身に言い聞かせるために出たものな気がした。俺が知らない何かが周の中にはあるのだろう。 「だから、そうやって僕が紅緒のそばにいてもいい理由をたくさん教えて」  近くで見れば見るほど、やっぱり周には誰も敵わない魅力を感じる。  俺は眉フェチだから、人より一層周の良いところを分かっているんだ――なんて優越感を抱きながら目を閉じれば、唇に触れる周の感触が夢見心地と現実を綺麗に混ぜ合わせてくれた。 (あぁ俺、周の名前も知らなかったのに)  そもそも、ほんの二週間前に初めて見てから今日に至るまででこんなことになるとは思ってもみなかった。でも一気に距離が詰まるのも悪くはない。むしろ願ったり叶ったりだ。  名前を知らなかったことがなんだっていうんだ。今や唇の柔らかさとか舌から伝わってくる体温とか、簡単には知れないようなところまで感じている。

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