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おはようの電話

 入院病棟と外来病棟を繋ぐ渡り廊下を歩いていると。白衣のポケットに入っている携帯が震えた。以前は病院内では医療用PHSが使われていたのが、PHSサービスの終了予定に伴い、つい最近、連絡手段が携帯電話に変わったところだった。  ある医療関係者用のアプリを入れることで、院内での人間と簡単に連絡が取れるようになり、患者の処置情報なども共有できるようになった。  が、何かの業務連絡かと思い確認した携帯の画面には、よく知った人物からのメールが届いていた。 『右向いて』  たった一言。  何これ?と思いながら、言われたとおりに右を見ると。  あ。  小児科病棟と並行して建っている外科病棟。その外科病棟にもこちらと同じように外来病棟とを繋ぐ渡り廊下がある。そこに立っている長身の人影が目に飛び込んできた。  宗介(そうすけ)。  ブルブルと再び携帯が震えた。今度は通話着信だった。画面を押して耳に当てる。 「もしもし? 宗介?」 『おはよう』  窓越しの宗介が笑顔で手を振った。それに手を振り返して応える。 「おはよう。偶然だな」 『そうだな。まさかこんな朝一に新太と会えるなんてな。俺、今日はついてるわー』 「そうか?」 『そうじゃん。愛しの可愛い新太くんと最近ゆっくり会えてないしー。寂しいなーと思って、窓の外見たらいるし。ついてるとしか思えん』 「はあ……」 『何? 新太は嬉しくないわけ? 俺と会えて』 「いや、嬉しいけどさ。ほんと相変わらず朝からテンション高いな。昨日、長いオペだったんだろ? 疲れてないの?」 『ああ、2時間ぐらい仮眠取れたから』 「タフだな」 『当たり前じゃん。普段から鍛えてんの。疲れてても新太を抱けるように体力つけとかないとさぁ』 「ちょっ、お前、朝からそんこと言うなって!」 『なんで? 誰も聞いてないって』  そうは言っても。さっきから宗介の後ろを病院のスタッフが行ったり来たりしているのが見えるし。俺の名前を堂々と出してるし。『抱く』とか言ってるし。  一応、俺たちの関係は職場には秘密になっているし。 「とりあえず、もう切るぞ。俺、外来だから」 『えー、もうちょっと話そうぜー』 「ダメだって。お前もミーティングあるだろ?」 『そうだけどさー』 「じゃあ、またな。今夜は帰れるんだろ?」 『うん』 「ゆっくり休めよ。今日もオペあるんだろ?」 『……新太も当直ないんだろ?』 「そうだけど……」  電話の向こうの宗介の声が、一気に不機嫌な声音に変わるのが分かった。窓越しによく見ると、遠くからでも分かるぐらい眉を寄せた不機嫌な顔がこちらを見ている。  その理由はすぐに分かった。 「いや、今夜はさすがに休まないと。倒れるぞ」 『俺の心配はいい。新太の気持ちが知りたい』 「……会いたいよ」 『……ほんとに?』 「うん……だけど、お前に無理させたくないから。今夜はちゃんと休んで欲しい」 『……分かった。じゃあ、お願い聞いて』 「何?」 『今日の休憩時間、連絡して。俺も空いてたら、どっかでちょっとでも会いたい』 「分かった。連絡する」 『じゃあな』 「ん……またな」  通話を終わらせ、窓越しに数秒見つめ合う。どちらからともなく微笑んで、同じタイミングで別々の方向に歩き出した。

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