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宗介のこと
歩きながら、窓越しに見た宗介の笑顔を思い出す。
加賀見 宗介は、俺の恋人だ。同じ病院で消化器外科の専門医をしている。長身で、容姿端麗、甘いマスクというよりはスッキリとした目鼻立ちをしていて色気があり、爽やかイケメンの進藤と病院内の女性スタッフの人気を2分していた。
愛想のよい進藤とは対象的に、宗介は女性からのあからさまなアピールには塩対応なので、その点で進藤の評判が若干上だった。ただ、そんな塩対応が逆に素敵、という熱烈なファンのような女性スタッフも少なからずいるらしかった。
なぜ、この病院の女性スタッフの医者人気(イケメン)ランキングに詳しいかと言えば。
ランキングの対象外枠にいる俺に、みんなが旬の情報を提供してくれるからだった。
この女みたいな容貌と、人当たりがよく喋りやすいらしい性格の俺は、女性スタッフからは完全に仲間の1人だと思われていた(医者としての尊厳も少しはあると信じたいけど)。俺の前ではみんな平気で他の医者の噂話をするし、愚痴も吐く。それを、毎回、うんうんと肯定もせず否定もせず気の済むまで聞いてやるのが俺の役目だった。
まあ、それで現場の空気が和んでうまく回るのならいいか、と思っている。
それでもって、宗介を大学時代から知っていて、進藤と同じ職場で働く俺は、女子スタッフからイケメン情報を提供されるだけでなく、2人の情報を逆に提供するように迫られることもよくあった。
鬼気迫る勢いで質問してくる女性スタッフたちに恐れを抱いた俺は、自分が宗介と恋愛関係にあることを頑なに黙っていた。
『なんで?』
宗介に職場では絶対に付き合っていることを内緒にしておいてくれと頼んだ時。不機嫌な顔で一言そう返された。
『なんでって……男同士だと色々思われるだろうし、そういう目で周りから見られるとやりにくいだろ? 同じ職場なんだから』
『俺、ぜんっぜん、やりにくくない』
『いや、宗介はいいかもしれないけどさ……』
『俺と付き合ってんのが分かるのがそんなに嫌なわけ?』
『そうじゃなくて……』
『俺と付き合うのがそんなに嫌なわけ?』
『え? なんでそうなんの?』
『そうか……。新太は俺のこと好きじゃないんだ……』
『違うって!』
『……じゃあ、証拠見せて』
『は? 証拠?』
『俺を好きって証拠』
『……何それ』
『俺を好きで好きで堪らなくて、思わず襲って口で気持ちよくさせたくなる証拠』
『…………』
ニヤッと宗介が笑った。
俺は、またか、と心の中で溜息をついた。
宗介は。本人が意識しているのかどうかは謎だが、普段、他の人の前ではクールで礼儀正しく(言い寄って来る女子以外に)、王子様的キャラでまかり通っている。
だが本当は違う。少なくとも俺の前では全然違う。
全てが完璧に見えるこの男との付き合いで、唯一困っていること。
それは、宗介の俺に対する愛情表現がいささか異常のレベルにあることだった。凄すぎて引くぐらいに。
そして、その延長上に宗介が結構な色情魔だというおまけも付いてくる。
この時は結局、口で奉仕する代わりに職場では内緒にするという約束をこぎ着けて終わったのだった。宗介からしたら、俺が言うことを聞いてくれればどちらでもいいのだ。俺が宗介を好きなことを確認するために色々と試したいだけなのだから。
ほんと、時々面倒くさい。
俺を好きでいてくれるが故の行為だとは一応理解しているけれど。
それでも、少々捻くれていたり、人目を気にせずあからさまにアピールされたり、そんなことがいつも続くと、疲れる時もある。
ここ最近では、女性スタッフから宗介との橋渡しを頼まれることにもうんざりしてきたので、宗介には『美人でスタイルも良く非の打ちどころがないフライトアテンダントの彼女』がいる、ということにしている。
宗介のことをうだうだと考えている内に外来診察室へと到着した。
とりあえず仕事モードに切り替えなくては。
俺は、ふうっ、と一息ついてから、診察室の扉を開けた。
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