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第5話
あれからまた、数件の店を梯子した後の記憶が途切れている。
気づいたのはまったく知らない高そうな部屋。やたらとスプリングのいい広々としたベッドの上に転がされた俺は、暗い室内で天井と、泣きそうな顔をしている野瀬を見上げている。
「畑さん」
濡れた声が俺を呼び、肩口へと降りてくる。それでも酔いの残る俺はぼんやりとしたままだったが、その首筋に濡れた感触を感じて一気に覚醒していった。
「野瀬!」
「起きてしまいましたか?」
苦笑いを浮かべる野瀬はそれでも俺を離す気はないようで、俺を組み敷いたままにしている。
いつの間にかジャケットもベストも脱がされ、タイも取られ、シャツのボタンもいくつか外されている。その裸の首筋に、野瀬は何を考えているのか唇を寄せているのだ。
「おい、止めろ」
「嫌です」
「野瀬!」
「貴方が悪い。こんな……昔と変わらない姿で俺の前に立ったから。もう、俺だって分からないんですよ」
俺が悪いのか!
確かに多少見てくれはよくなったが、だからってこいついきなり襲うのかよ!
俺は抵抗して野瀬のシャツの後ろを掴んで引き離そうともがいたが、どうしたってあいつのほうが強い。びくともしなくて、逆にもっと強く押さえ込まれる。
本当に、好きな相手を見るような濡れた目。それが近づいて、キスをする。驚いたのは、気持ち悪いと思わなかった事。その事実の方が俺にとっては痛い。それは、受け入れてるって事と同じだ。
「畑さん」
「んぅ! んっ……んぅぅ!」
やんわりと舌が唇を割って入り込み、勝手知ったるように絡めて吸われる。
思えば十年くらい、こういう経験とはご無沙汰だ。だからか、俺の体は求めるように疼いた。枯れたと思っていた欲望を急激に刺激するキスはどこまでも深く酔わされる。一瞬、このまま流されてもいいかとも思った。
が、野瀬の手が俺のベルトにかかり器用に外し、前を寛げパンツ越しに触れた時、俺は自分を取り戻して抵抗した。
「っ!」
血の味のするキスは不味い。目の前の男は唇を噛まれて離れたが、完全にしくじったのを俺は自覚する。飢えた獣みたいにギラついた目を見ると、何やら入れちゃいけないスイッチを入れた気がする。もしくは地雷を踏み抜いたか。
「随分ですね、畑さん」
「あっ、いや…………んぅ!」
切れて流れた血を親指の腹でグイッと拭い、野瀬はそれでも俺を犯すとやっきになる。再びされたキスはもう、優しくなんてない。根こそぎ奪い暴くような深さと荒さがあるが、こっちの方が俺は疼く。舌の根を吸われたら腰に響いた。
同時にシャツのボタンを引きちぎる勢いで引っ張られ、実際いくつかボタンが飛んだ。どうすんだよこれ、俺のじゃないっての。
「やめ! 野瀬、いい加減にしろ!」
「貴方こそ、いい加減観念して俺に犯されてください!」
「誰が分かったって言うんだよ!」
言ってる事が滅茶苦茶だ!
野瀬の下で暴れた俺はもう酒なんて抜けた気がしているが、実際体には残っていて動きが鈍い。それでも、俺は下から野瀬を蹴り上げた。上手く腹に入ったのか蹴り落とした俺はそのままドアへと全力で走る。もう、格好とかどうでもいい。このままここにいたら野瀬に犯されるの間違いなしなんだ。
ドアについて、ノブに手をかけた。その瞬間、ドアに穴でも開けるのかって強さで背後から壁ドンされ、背中に殺気を感じた。
「逃がすと思うのか?」
「!」
理性よりも先に本能が俺の動きを封じる。動いた瞬間俺は殺されるかもしれない。怯えながら振り向いたその先では、自分の血で唇を僅かに染めた野瀬の冷たい修羅みたいな顔があった。
「あ……」
逃げなきゃヤられる。でも、逃げたら殺られる。
振り向いた顔をドアに戻した、その首筋に野瀬の濡れた唇が走る。ゾクリと背に走った痺れは拒絶的なものじゃなく、快楽だった。
「あっ……」
「具合、良さそうですね。これ、好きですか?」
「やめ……っ!」
結局ボタンは全部飛ばされ、だらしなく開いた前。その肌に野瀬の手が触れていく。俺よりも高い体温を背中に、触れてくる脇腹に感じる。
こんな触り方をされたらたまらない。十年忘れていた欲望に火がついて、急激に快楽を求めだしていく。触れる手は男のゴツい手なのに、俺はその気になって疼くのを止められないでいる。
肩に手がかかって、反転させられてドアに背中を預けるようにされ、正面からも噛みつくようにキスをされた。奪うのに、妙に優しくもある動き。求めてくる様子は、縋ってもくる。俺に、どうしろっていうんだ。
「野瀬、やめっ」
「嫌だ」
「分かってるのか、俺もお前も男だぞ! 嫌じゃないのかよ!」
「まったく。まぁ、他は考えられませんが、貴方なら」
ここで特別感出してくるなよ……。
首筋に、鎖骨に、降りた唇が味わうように俺を攻め立てる。俺はというとドアに手をついて立っていて、妙に走る痺れに抗っている。
が、その手がズボンにかかり、下着ごと引き下ろされた時には肝が冷えた。急速に危機感を感じたのだ。が、逃げられもしない。
「ははっ、ヤバいな俺。全然引かないとか」
「野瀬、冷静になれ。な?」
「冷静ですけど」
「酔っ払いだっての!」
俺のちんこを目の前にして余裕とか、お前どんだけだよ!
それでも俺は何かに期待していた。流石にここから先はないと思っていた。思春期真っ只中、性欲も興味もサルレベルの男子高校生じゃあるまいし。精々触られるだけだ。それで気がすめばいいと……。
だけど、そんな期待を野瀬は一瞬で越えた。
久々の刺激に半勃ちのものに手を伸ばしたこいつは、躊躇いなく口の中に入れてしまう。あまりの出来事、そして絵面に俺の頭がついていかない。その間にもクチュリという唾液を絡めた妙にエロい音がして、俺の腰は重く痺れた。
「あっ……くっ、そ!」
「フェラ、何年ぶりです?」
「し……るかぁ」
腰、痺れて力入らない。熱く柔らかい口腔、絡む舌が擽る弱い部分。俺の息子はすぐにその気になってガチガチになる。俺は現実を上手く受け止められないのと、どうにもならない快楽に大混乱だ。
「はぁ、あっ、んぅ」
「すっご……ガチガチですね。自分でしてます?」
「ほ……とけ! あっ、はぁ!」
「まぁ、楽しんでください。俺も楽しみます。気持ちいいのは、嫌じゃないでしょ?」
「やめっ」
「それは無理です」
こいつ、本当に嫌じゃないのかよ。
喉のほうまでおれのを受け入れ、丁寧に刺激して。……嫌じゃないのは、こいつの顔をみれば分かる。嫌がるどころか、妙に色っぽい顔をする。
遊びでも、興味本位でもないってのかよ。こいつ本当に、俺みたいなのに惚れてるのか? こんな事が出来るくらい、俺がいいのかよ。
啜るような音。元妻だってこんな風にはしてなかったほどに熱心に。もう腰も立たなくてドアに体を預けてようやく立っている。こみ上げる射精感を何度かやり過ごしたが、もう無理だ。
「野瀬、もっ……やめ! 出るから!」
「いいですよ」
「いいわけないだろうが!」
でもその間にもドンドン余裕がなくなる。重い痺れに妙な力が入るし、声もどうにも抑えられない。なるだけ堪えているから限界にくるとどうにも留められない。
そんな状態だってのに、根元から先端までを早いストロークでされ、舌も使われて、俺はどうにもならずに吐き出した。
味わった事のない重い快楽に内腿の辺りが痙攣して、自分でも引くくらい出した。
なのに野瀬は口を離す事もせず、黙って受け止めて…………飲んだ!!
「おい! 出せ!!」
正直痺れて体に上手く力が入らなかったが、それでも必死にあいつの髪を掴んで引き離した。が、時既に遅し。綺麗さっぱり飲んでやがった。
「ちゃんと処理してます? 濃いし、量も多いし」
「おま!」
なに、飲んでんだよ。普通できないだろ。女だって嫌がるぞ。そんな…………そんななのかよ……。
大きな野瀬の手が俺の手を取って、その甲にキスをする。女ならうっとりするような濡れた色気のある瞳。真っ直ぐに見つめるそれを、俺はどう受け止めたらいいんだ。お前はこの好意を、どう受け止めて欲しいんだよ。俺は男で、お前も男で、過去に妻がいて、今の今までノーマルに生きてきたんだぞ。四十後半で男と寝る関係を一から作りあげるってのは、正直しんどいんだぞ。
手を引かれて、俺はなぜか逆らえなくて、ベッドに逆戻り。抗えないまま呆然と見ている俺の目の前で、野瀬は実に男らしく脱ぎ捨てる。
緩くなっていたネクタイを片手で雑に引っこ抜き、煩わしそうにシャツのボタンを外して脱ぎ捨てる。ズボンも簡単に脱いだこいつの体は、男が見ても惚れる。
割れた腹筋、引き締まった体、胸筋の張り。長い手足は動きに合わせて筋肉の筋を浮き上がらせている。
信じられるか? こんないい男が、俺みたいなおっさんに欲情してアソコおっ勃たててるなんて。
ギシリとベッドのスプリングが鳴る。俺は最後の抵抗とばかりに後ずさるが、ネコ科の獣みたいに四つん這いになってにじり寄る野瀬に手を掴まれてしまった。
「逃げないでください」
そんな、縋るみたいな目をするなよ。俺が悪いのか? このまま黙って掘られろってのかよ。
「好きです、畑さん。拒まれたら俺、何するか分からないですよ」
「どんな脅しだよ!」
「捨てないで」な仔犬の目でえらい怖い事言いやがる。
でも、俺ももう諦めてないか? 逃げらんないって、思ってるだろ。何より俺はこんな事されても、野瀬を嫌いになってないんだ。
唇が、鎖骨の辺りに落ちてくる。のしかかられて倒れた俺の手を、野瀬は離さない。逃げないように捕まえて、随分必死に縋ってくる。かっこ悪いの嫌いな奴が、随分泥臭い方法でこんなおっさん一人を手込めにしようとしている。
「あっ、おい! くすぐったいだろうが!」
胸に舌を絡めて、吸い付いて。俺は女じゃないんだから、そんな所されたってくすぐったいくらいしか感じねーよ。
「くすぐったいなら、可能性ありますよ」
「何の可能性だよ。勝手に人の体開発しようとしてんじゃねぇ」
「気持ちいい方がいいですよ。貴方のよがる所、見たいです」
「変態!」
「分かってますよ、そんなの」
いつもの調子。なのに、やってることは非日常。
出してスッキリしたはずのちんこはまた微妙に熱を帯びている。枯れてたはずなのに、水をやったら復活ってか? 俺、そんなに性欲強い方じゃないのに。
「まぁ、追々ですね」
……追々なのかよ。
当然みたいに体を反転させられてうつ伏せにされる。野瀬の手が俺の背骨をなぞるみたいに触れて、ゾクゾクッと走った快楽はさっきよりも深い。
肩甲骨の辺りに触れる唇の感触、吸われた時の僅かな痛みで跡を残したんだと分かる。上から少しずつ、存在を示すみたいに唇で触れるそれはあまりに生々しくて艶めかしいものだ。
「……この金魚に、触れてみたかったんですよね」
「!」
右の腰に残る刺青に、野瀬は触れる。そうして次には唇でも。弱い部分に触れられて、俺はブルッと震えた。
「たまに泊まらせてもらって、風呂上がりとかで見えるこれに妙な興奮を覚えたんです」
「その頃からかよ……っ」
「あの時は『格好いい』でしたよ。でも今は……これを見ながらヤリたい」
「随分ド直球になったな!」
「分かりづらいの嫌いでしょ?」
確かにそうだが……そういうド直球は正直いりません!
「あっ? うっ……っ」
野瀬の手が不意に尻の割れ目を撫でる。驚いたと同時に、パニクって、そして覚悟もした。このままこいつにヤられる。間違いなくだ。
腰が逃げた。でも簡単に捕まる。ふにふにと尻を揉みながら尻の孔をマッサージされて……ふと違和感があった。
「…………バージンですよね?」
「言い方!」
「では、処女ですよね?」
「だから言い方!!」
止めてお願い、俺の精神が先にチィィンしそう。
野瀬は微妙に殺気立っている。背中が怖い、マジで。無防備な所でそういうの出されるとこっちはどうしようもないんだぞ。
「どうして柔らかいんですか? 誰かに掘らせました? ムショとかで」
「んなわけあるか!」
そこまで言われて、ふと思いだした。
「あっ、腸デトックス」
「は?」
「今日。下剤飲んですっからかんに出した後で、なんか専用の機械つかって腹の中綺麗にされた」
「………………」
野瀬も言葉がない。俺も言葉がない。なんだよこの沈黙、すげぇ気持ち悪い。
「言っとくけどなぁ、やったのお前の所の参謀だからなぁ!!」
「羽鳥……余計な気を回しやがって……後で臨時ボーナス出しときます」
「言ってる事と表情噛み合ってねぇよ!!」
何かがっかり、でもグッジョブ。そんな野瀬だった。
だが、そういうことならと遠慮がなくなった野瀬はベッドサイドからローションを出して俺の尻にぶちまける。ヌルヌルしたものが尻の隙間を流れるのは漏らしたみたいで気持ち悪い。
そこに指が一本、何の躊躇いもなく入ってきた。
「んっ」
「簡単に入りますね」
「し……るか……ぁ」
変な感じだ、尻になんか挟まったみたいで。いや、実際挟んではいるが。
それがゆっくりと前後して俺の中を探っている。指が中でクニクニと曲げられるのも感じる。綺麗にされて、なんか妙に敏感だ。
「おま……萎えねぇのかよぉ」
「愚問です。ご覧になりますか?」
「んな訳あるか! ぁ……やっ、そこ……」
一瞬、ピリッとした。腹の中が妙で、俺が怖い。腰骨の辺りが重くて、力が抜けそうだ。
「ここですか」
「んぅ!」
今度はもっとしっかりと感じが掴める。そうしたら、声が自然と出てしまう。なんだそこ、ビクビクして腹が変に締まる感じがする。
指が二本に増えて、圧迫感と違和感が増してもそこをされると俺の体はそれらを消してしまう。コリコリと撫でられると体が熱くなって力が抜けて、声が抑えられなくて怖い。出したってのに、俺の息子はやる気を取り戻して先走りをダラダラ流して染みを作っている。そして俺の頭の中はゆだったみたいにぼんやりで、もう気持ちいいことが優先になっていた。
「畑さん、才能ありますよ。もうここ、十分柔らかい」
「あっ、はぁ」
「良さそうですね」
何も良くねぇよ。俺の体バカんなってんだろ。これ、どうしたらいいんだよ。気持ちいいのに、ポイントがずれてる。知らない部分が疼いてるみたいで、俺はちょっと怖いんだぞ。
野瀬の手が僅かに離れた。逃げるなら今だろうが、俺の腰はまったく立たない。四つん這いにされて、枕に顔を埋めて尻を上げて、とんだ女豹もいたもんだ。
「貰います」
「やっ、いぁ……いっっっってぇぇえ!」
明らかに太さも質量も違うものが俺の尻の穴を突き上げる。慣したって言ったって、せいぜい指だ。自然に潤うわけでもない部分が悲鳴を上げるのは当然だ。ローション足そうが何しようが、痛いんだよ!
「っ……せま……」
俺の背中にのしかかる野瀬も苦しそうに息を吐く。押さえ込んで、僅かに腰を引いた時も痛む。引いては突いて、また……それを繰り返している。
「あぁ、少し切れましたね」
「はぁ……あ…………」
「まぁ、処女ですし」
「あ……ほぉぉ!」
こいつバカだろ!
涙目で振り向いた俺の目の前で、野瀬は男の顔で落ちてきた髪を無造作にかき上げる。ギラギラした目に、しっとりと汗ばむ肌。インテリのくせに野性的で、俺は色っぽいと思ってしまう。
こんな事をされても、そうなんだ。犯されてんのに、憎んでいない。この行為に合意はないはずなのに、俺はまだ捨てる気なんてない。
「畑さん、好きです」
徐々に奥まで抉ってくる野瀬が、俺に何度も伝える「好き」という言葉を、俺は疑わない。こいつの気持ちはそれなんだと分かる。好きだから、嫌われるのを恐れている。体を繋げるのも、そういう事だ。
でもそれなら、ちゃんと順序があるだろうよ。ヤリながら言う事か?
「んっ!!」
野瀬のそれが、俺の腹の中を叩く。信じられないくらい深い部分を抉られて、俺は目の裏がチカチカするような快楽に崩れた。ここだと感じたんだ、疼いて疼いてしかたのなかった場所は。
「あっ、締まる……あんまり締めないでくださいよ。これでもギリギリです」
「無茶……言う…………なっ、あぁぁ!」
女みたいな自分の喘ぎ声に俺がパニックだ。なんだよ、この声。なんだよ、この快楽。知らなくて深くて怖い。突かれる度に頭の中が霞む。イッてるんじゃないかと思うようなこみ上げるものがあって、それが長い。正直腹筋つりそうだ。
「……もしかして、イッてます?」
「し……ない……っ!」
「ははっ、マジか…………本当に、たまらない」
振り向かされてされるキスに、もう血の味はない。熱くなった舌が絡むと気持ち良くて、俺も求めるように絡めていた。唾液が溢れるような品のないキスに溺れていく。さっきから、涙が止まらない。
「畑さん」
「っ、も……っ」
もう、いい加減辛い。飛びそうだ。訳わかんない。気持ちいいのがしんどい。
野瀬の手が俺の腕を後ろに引く。持ち上げられて、膝立ちみたいにされて……なのに下からガンガン掘られて気持ちよくておかしい。野瀬の膝に半分乗るようにしながら、腰を入れられる度に俺の体は浮く。
「自分の体、見えます?」
「あ…………っ!」
耳元で囁かれて見下ろした。その痴態に飛んでた意識が僅かに戻る。ダラダラと先走りで濡れた息子はガチガチだし、さっき何でもないと言っていた乳首がピンと立ち上がっている。
野瀬はその勃起した乳首を後から摘まむと、コリコリと転がした。その瞬間走った刺激は電流でも流されたのかってくらい強烈で、目の前が点滅している。
「っ! 凄く感じてますね。というか、イッたでしょ?」
「あっ、はっ、も……いやだぁぁ」
「イケます?」
分からない。感覚が違いすぎる。俺の知ってる絶頂ってのはこんなに深くない。こんな……腹の中からグチャグチャになってこみ上げるようなものじゃない。
「ですよね」
野瀬が息を吐いて、後から俺の手を持ってあろうことか一緒に息子を握り込む。その見た目は異様だ。こいつに犯されながら自慰をしているみたいで、羞恥心に悲鳴を上げたくなる。
でも、後を突かれながら手が一度上下しただけで全部が痺れて嬌声があがる。痛いくらいの快楽に訳が分からない。こみ上げる急激な射精感は知っているはずなのに規模が違って、何を吹き上げるんだってくらい波が大きい。飲み込まれたら戻ってこない気がする。
「っ! 畑さん、気持ちいいですね」
「っ! あっ、あぁ、っんん!!」
「イキそう……出しますよ」
肩甲骨の辺りにキスをされながら、俺の腹の中はグチャグチャに混ざって、一緒に前も扱き上げられて、パンッと頭の中が弾けた。
瞬間、押し寄せたそれは激しい痙攣と腹の底から搾り取るような感覚、何を出したらこんな焼けるような感じになるんだってくらいの射精で焼き切れた。
体は一切言う事をきかない。何度も押し出すような吐精の後は、完全に何も考えられなくなった。
虚ろなまま、体の感覚も鈍いまま。それでも野瀬が俺の中から抜けたのがわかる。虚ろな目に映ったのは、泣きたそうなアイツの顔だった。
◆◇◆
いつの間にか泥のように眠っていた。そうして目が覚めたのは、野瀬の腕の中。体は痛いし腰は重いしで最悪だった。
背中に、野瀬の体温を感じている。離さないようにと必死に抱き込むこいつの腕を、今ならきっと避けられる。深く眠っているのだと分かる息づかいを聞きながら、俺は考えていた。
まず、昨日のアレはダメだろ。叱らなきゃいけない。
そのうえでだ、俺はこいつとの関係をどうする。避けるか? 多分こいつは追ってはこないだろう。負い目がある。
でも…………きっと、泣きそうな顔をするんだろう。壊れそうな顔をするんだろう。泣き方すら知らない奴の不器用な「さようなら」ほど、後味の悪いものはない。
何より俺は、今でもこいつを心底嫌っちゃいない。叱らなきゃ、なんて思ってる時点で関わる気満々だ。
「はぁ…………」
結局、絆されたんじゃないか。捨てられないんじゃないか。必死にしがみつくこいつを振りほどけないんじゃないか。
「勘弁しろよ……四十のおっさんには重いっての」
この年で若い、しかも男の恋人なんてどうすりゃいい。正直昨日みたいなのをしょっちゅうは体がバラバラになる。大体恋愛も、もう引退考えてたんだぞ。
首だけ振り返って見る野瀬は、随分可愛い顔で寝ている。強い印象を与える目が閉じているだけで、整っているのに少しあどけない。落ちた髪が頬に掛かって……安心した顔をしている。
「…………はぁ」
溜息一つ。俺はそっと腕の中を抜け出して、脱ぎ捨てたズボンとパンツを拾ってとりあえず着た。
ドアを開けるとリビングらしい空間が広がっている。フローリングに、高そうなL字のソファ、馬鹿でかいテレビに、アイランドキッチン。
真っ直ぐキッチンに向かった俺は遠慮なく冷蔵庫を開ける。食材は乏しいものだ、多分自炊しないんだろう。キッチンも綺麗だが、どちらかと言えば使っていない綺麗さだ。いいレンジもあるのに、勿体ない。
他も漁れば食パンが出てきた。冷蔵庫には使いかけのベーコンと卵、野菜庫にはレタスとタマネギとトマト、一通りの調味料はある。多分だが、たまには作るんだろう。もしくは誰かが作りにきているか。
「まぁ、朝食だしな」
素早く食パンをトーストに。鍋にお湯を沸かしてコンソメを入れ、短冊に切ったベーコンを入れて卵を溶き入れる。野菜は洗ってレタスは手でちぎって、丁度よさげな木製ボールに盛り付けた。タマネギは薄くスライス、トマトはくし切り、それにドレッシングを出せば立派な朝食になる。
まぁ、時計を見たらもう昼だけれど。
それらを二人分盛り付けてテーブルに出した所で、寝室のドアが開いて上半身裸の野瀬が起きてきた。下は俺と同じように昨日のズボンだろう。
用意された飯を見て、野瀬は立ち止まって驚いて……やっぱり、泣きそうに眉根を寄せる。酷い悪戯をして帰ってきたガキかよ、お前は。
「食うだろ?」
「あっ、はい……」
「コーヒー?」
「いえ、炭酸水で」
「あっ、そ」
洒落てやがる。冷蔵庫から開いてない炭酸水を出して適当にコップを出して置いた。ついでに俺もそれでいい。
「ほら、冷めるから座れよ」
「あの……」
「美味い時に食う! 飯を作った奴に対する礼儀だぞ」
分かってるよ、色々あるのは。俺だって色々ある。でもまずは腹にいれよう。空腹でする議論はろくな結果にならない。
座った俺につられて、野瀬も正面に座る。「いただきます」と小さく言った野瀬が、黙々と飯を食っている。ほんの少し、嬉しそうに。
だから捨てられないんだ。なんだよ、その嬉しそうな顔。そういうのが、料理人を喜ばせるの知っててやってるのかよ。また作ってやろうかなって思わせてんじゃねぇよ。
無言で食べた。食べ終わって、洗い物をして、そこで一服する。灰皿と煙草とライターがセットで換気扇の下にあるってことは、ここで普段も吸ってるんだろう。
野瀬のだが、いいだろう。アイツは顔を洗いに行ってる。俺は一本貰って吸い込んで、馴染んだ匂いと感覚に紫煙を吐き出した。
俺が吸っていた奴だった。
ガチャッと音がして、シャワーを浴びた野瀬がやっぱり上半身裸でタオルを肩にかけて戻ってくる。見せつけてるのか、この野郎。
「あっ、一服ですか?」
「んっ。勝手に貰った」
「いいですよ」
隣にきて、水を飲み込んで。そうして煙を吐いた俺の手首を掴んで自分の口元に。そうして深く吸い込んだ野瀬は、妙に寂しそうな顔で俺を見た。
「お前、俺と同じの吸ってたっけ?」
「いえ」
「じゃあ、なんで?」
俺の記憶が正しければ、野瀬はもっと高いのを吸っていた。
妙に口を割らない野瀬を俺は睨む。するとしばらくして観念したのか、深く溜息をついた。
「貴方の匂いが、忘れられなかったんですよ」
「……はぁ?」
え、なに……。それって…………。
こみ上げる熱は恥ずかしさから。隣の野瀬が参ったと言わんばかりに濡れ髪をかきあげる。そして、観念して笑った。
「せめて同じ匂いを感じていたかったんです。そうすると、落ち着く」
「おま!」
「でも、違いましたね」
「っ!」
隣のまま、覗き込むようにされるキス。昨日ほど深くはないが、何かを伝えようとするそれを俺は感じて、目を丸くした。
「もっと、沢山の匂いが混ざってた。煙草、シャンプー、それに体臭」
「加齢臭だろ」
「そうですか? 少なくとも俺は、嫌なものだなんて思ってません」
言うやいなや、首筋に鼻を押し当てられる。煙草持ってるってのに、危なっかしい。触れないようにひっそりと灰皿に押し当てた。
「俺、好きですよ。畑さんの匂い」
「……あっ、そぉ」
もう、なんて言っていいのか。とりあえず言えるのは、説教はするが現状維持……かな。
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