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第9話
頃は十二月になり、本格的なクリスマスイルミネーションが町を飾っている。俺はというと店もなく、比較的穏やかな毎日を送っている。
放火事件は三好が身を切る形で終わった。実際に火を付けた奴を見つけ出し、出頭させたのだ。動機は「うちから思ったほど金が取れずに上司に怒られ、腹いせに」というやつだ。これで一応は手打ちとなるだろう。
跡地は更地になり、来年から基礎が始まる予定。一階は以前と同じく店舗。ただし席数は六席から十席に変更される。今の時代六席じゃ流石に小さすぎると羽鳥に言われた。実際、最近は席がなくて客を逃すこともあったのだ。
その分手が回るか心配だったが、そこは梶くんが入ってくれるという。傷も癒えた彼から正式に頼まれて、俺も彼ならとお願いした。ちょっと、張り合いが出てくる気がする。
勝手口はセキュリティも強化され、周辺に水回りがくるのは今まで通り。そこから住居部分に上がるが、中二階というものを採用した。今までは二階全部がぶち抜き状態の一間だったが、流石に無防備すぎる。リビングはあった方がいいと提案され、上がってすぐをリビング、そこから二階に当る高さの場所を寝室とした。
家具や調理器具は新しい物を入れるそうだ。換気扇も強力なのに静音、コンロもピカピカ、オーブン備え付け。なにより冷蔵庫と冷凍庫が大きくなる。これで食材を少し多めに仕入れられる。
更に、勝手口付近に地下室が作られ、そこが酒の貯蔵庫になる。間仕切りしてワインセラーもつくそうで、豪華すぎるものだ。
空調も最新で省エネ。生活空間含めて風の流れを計算して効率よくできるそうだ。至れり尽くせりで多少怖い。
だが、何より良かったのはガクさん達に「店、再開できるよ」という報告ができたことだ。メッセージを送ったら皆喜んでくれて、早く戻ってこいと言ってくれた。
野瀬のマンションのリビングソファーの上で、俺は仰向けに寝そべりながら本を見ている。今日は野瀬も早く帰ってきて、早めの飯を食ってシャワーも浴びてのんびりしている。よれてないスエットにシャツというラフさが、こいつの部屋では浮いて見える。
今は野瀬がのんびりと風呂に浸かっている。シャワーだけだと「カラスか!」ってくらい早いのに、湯を張るとカピバラぐらい出てこない。本人曰く「風呂は好き」らしいのだが、今までは疲れて家に帰ってから用意するのが面倒だったらしい。俺が今は家事をしているから、毎日風呂に浸かれて幸せなのだそうだ。
背中にクッションを挟んで読んでいるのは料理の本。ただし、洋食の本だ。和食はあれこれ作るがこういうのはご無沙汰で、どんなのが喜ばれるのか知らなかった。ので、イメトレ中だ。
ガチャッとリビングのドアが開いて、下半身パジャマ、上半身裸の野瀬が肩にタオルを掛けて入ってくる。一緒に暮らして知ったが、こいつ風呂上がりは裸族になる。暑いらしい。
髪から滴る水滴をタオルで拭きながらキッチンに向かい、炭酸水を一本。これもルーティーンだろう。数口飲んでから片手にペットボトルをぶら下げて、俺へと近づいてきた。
「また本読んでるんですか?」
「ん?」
不満そうな目をして俺の腰の辺りに座る野瀬に、俺は笑いかける。こいつはどうにも狭量で、本にすら嫉妬するらしい。飼い主に構ってもらえない犬かっての。
「何をそんなに真剣に読んでるんです?」
「料理の本」
「料理本? 新しい店用のメニューですか?」
「ん? お前とのクリスマス用よ」
本で顔半分を隠しているが、俺はニッと笑った。驚いたらしい野瀬が目を丸くして、その後でジワジワ嬉しそうに顔を染める。この瞬間はガキっぽくて、なんだかとても可愛いのだ。
「チキンレッグ、食べたいんだろ?」
「はい!」
「照り焼き派? 黒コショウ派?」
「照り焼きで!」
「ははっ、お子様好きだよな」
可愛いだろ? あんなに不機嫌顔してたってのに、今はちぎれそうなくらい尻尾振って見える。インテリヤクザで稼ぎ頭で、実はもの凄くおっかない奴が、俺にはこんな顔をするんだ。
「それにパイシチューと、ブルスケッタ、ワイン用意して、ケーキな」
「もしかして、ケーキも?」
「生クリームとチョコ、どっちが好きだ?」
「生クリームで!」
「イチゴでサンタ作ってやるよ」
「可愛すぎません?」
「まぁ、クリスマスだからな」
ウキウキして見えるこいつの緩みきった顔を、きっと羽鳥は信じない。これは、俺だけが知っているこいつの顔だ。
デカい体が全体で嬉しさを伝えるように俺に抱きついてくる。これを受け止めて、俺は背中をポンポンするのが最近のお決まりパターンだ。
「じゃあ、ワインは俺が用意します。あっ、パーティーならシャンパンもいいですね」
「マジで? 俺あんま飲んだことないんだよな、シャンパン」
「嫌いですか?」
「んにゃ、高い」
「ドンペリ、入れます」
「うわ、あからさまに高いのか! 気合い入れて飲まないとな」
「クリスマスプレゼント、何がいいですか?」
「もう貰ったからいらない。お前は?」
「畑さん」
恥ずかしげもなく言いやがったよ、こいつ。まぁ、予測はしてたけれどな。
お伺いを立てるかのように俺の顔を見てくる野瀬に、俺は手を伸ばす。目が、濡れている。欲しそうな顔をする野瀬の唇に、俺は自ら口づけた。
「ん……ふ…………っん」
最初から舌を絡めるようなキスに、野瀬のほうが驚いたのか引く。俺はそれを追って絡めて、吸い上げた。抵抗は、やっぱり無くなっていた。その代わり腰骨に響くような心地よい痺れと熱が、俺をかりたてていく。
「あん……はぁ……ぁ……」
「畑さん」
切なげな声で名前を呼ばれると、ゾクゾクした。濡れて見えた目が更に濡れている。そういう時の野瀬は、俺の目には初心に見える。実際はまったく違うと分かっていてもだ。
「……なぁ、野瀬」
「はい」
「今からさ、めたくそ重い話していいか?」
問いかけると、野瀬は途端に逃げ腰になる。なんとなくこいつの意図が分かってきたから、俺は逃がさなかった。野瀬は現状維持を望んでいる。ちょっとずつこれを日常にして俺の答えを聞かないまま既成事実を重ねようとしている。
でもそれは俺としてはアウトだ。俺は店ができたらそっちに帰る。その前に、こことの関係をちゃんとしておきたい。
「あの……」
「俺はゲイじゃない」
「……はい」
「今考えても、男と恋愛ってのはピンとこないし、欲情もしないと思う。男女両方いけるわけでもない」
「…………はい」
「……でも、お前にはキスできるし、触られるのも触るのも嫌ではないし、側は心地いい」
「!」
暗かった野瀬の表情が一筋の光明を得たように輝く。そういう反応、ずるくないか?
「どんな俺でも嫌がらずにいてくれるお前の側は心地いいし、最初は疑ったけれどお前の気持ちが本物だってのも伝わった。俺も……お前のことが可愛く見えてきた」
「畑さん」
「でもな、俺も男でお前も男で、多少はプライドとかあるし、いざとなるとジタバタすると思う。お前が嫌いなんじゃなくて」
「分かっている、つもりです。俺が嫌いなんじゃなくて、常識みたいなものが追いつかないというか、パニックになるんですよね?」
「それな」
想像してなかったからな、こういうの。俺の常識の範囲外の出来事が起りすぎているんだよ。
それでもお前を拒んでいない。お前にされるキスを、受け入れている俺がいる。体の関係はまだあの一回きりだが……それを思いだして恥ずかしくて顔が見られなくても、気持ち悪いとは思っていないんだ。
「正直まだ、お前に対する気持ちが恋愛なのか俺には分からない。守ってやりたいなんておこがましいし、養ってやるなんて不可能だし、セックスしたって何か実りがあるわけじゃない」
「……はい」
「それでも俺は、野瀬京一という人間の側にいたいと思っている。こんな風に、手を伸ばせば直ぐに触れられる距離に」
手を伸ばして、頬に触れた。野瀬は切なそうに目を細めて……ちょっと、泣きそうになりながら頷いた。
「はぁ…………どうすんだろうな、俺」
「何がですか?」
「俺さ、四六よ? この年で恋愛、しかも相手は十以上年下の男ってさ。これしくじったらマジで立ち直れないっしょ」
色恋は力を使う。好きになればなるほどだと思う。俺と野瀬の間には法的に保証されるものは何もなくて、ただ相手を好きだと思う気持ちでしか繋がっていない脆い関係だ。どっちかが見切りをつけた瞬間、泡のように消えていく。そのくせ失った時を思うと、喪失感は大きいように思える。時を重ねれば重ねる程に、思い出が増えれば増える程に、約束をすればする程に。
それでも今、こいつとの関係を固めようと思ったのはきっと、そういう痛みも受け入れる覚悟ができたからなんだと思う。もう、言葉にするかしないかの違いでしかない。何も言わなくても俺はこいつがいなくなれば傷つくし、立ち止まって動き出せない気がしている。燃えた店を見たあの酷い苦しさの何倍も、俺は味わうんだろう。
それなら、口にしておこうと思う。俺の覚悟が揺らがないように、こいつが俺を捨てないように。
「好きです」
「あぁ」
「信じてください、俺が貴方を捨てることなんてありえません」
「本当か?」
「十年貴方を待ったんです」
「俺、これからドンドンじじぃに近づくけど。欲情とかできるわけ? 体も緩むぞ」
最近随分締め上げてるけれどな。マジで週三でジム行って鍛えてるっての。
「俺、畑さんのお腹とか二の腕とか、好きですよ。こう……柔らかくて気持ちいいです」
「おい!」
「いや、本当に。だらしなくズボンに腹の肉が乗っかってるのはちょっとですが、そんな事もないし。癒やされます」
そう言いながら、野瀬は片手で器用に俺のシャツをたくし上げて手を滑り込ませ、腹の肉を撫で回す。脇腹がくすぐったくて身を捩って背中をタップして、臍の周りは……なんか、変な感じがして息が漏れた。
「は……止めろって」
「畑さん」
「んぅ……ふっ……」
唇を塞がれながら触られると、勘違いする。くすぐったかったり、変な感じがしているのに、気持ちいいと思えてくる。手が徐々に上へとせり上がり、平らな俺の乳首を手の平で撫で回されて、俺の背にビリッと痺れるような感覚が走った。
「んぅ!」
「敏感ですよね、畑さん。乳首、気持ちいいですよね」
「おま! あっ…………はぁぁ……」
片方を何度も擦られ、爪で軽く引っかかれて、俺の腰は少し重怠くなる。気持ちいいんだと、認めたくないのに反応する。こんな場所で反応した事なんて今までの人生でなかったってのに、俺の体は野瀬の手で開かれていく。
「もっ、止めろって……俺を開発するな」
「気持ちいい方がいいでしょ?」
「男の真っ平らな乳首弄り倒して、お前は楽しいのかよ」
「愚問ですね」
「っ!」
スルリと俺の下半身に股間を擦り付けた野瀬のそこは、硬くなっている。そして俺も、ちょっとずつ硬くなっていた。
「畑さんも、気持ちいいでしょ?」
「……生理現象だ」
「まぁ、今はそれでもいいです。そのうち乳首だけでフル勃起するようになります」
「怖いこと言うな!」
「いいでしょ? 貴方の乳首弄り倒して硬くしている俺がいるんです。そのくらい、貴方にも俺を感じて欲しいんですよ」
……そう言われると、なんか…………悪い事じゃない気がする。絆されてるよな、これって。
脱がされないままシャツをたくし上げられ、野瀬はそこに唇で触れる。硬くなった俺の乳首を丁寧に舌で捏ねくり回しながら、もう片方は指で摘まんだりして。
でもこれが、気持ちいい。痺れるような感じが背に抜ける。腰に響く。息が乱れだして、声も漏れて。野瀬の下で身を捩りながら体を熱くしている。
「んぅ」
時々、下半身を擦り合わせるように腰を寄せられると一瞬突き抜けるものがあって、重く痺れてくる。パンツの中で先走りで大変なことになってるのを感じる。染みを通り越しているんだっての!
「野瀬……くそっ……パンツ気持ち悪い!」
夢中になっている野瀬の髪を引っ張って引っぺがそうとする俺は叫んで、野瀬はそれでようやく顔を上げた。俺の乳首はすっかり勃起して唾液で濡れ濡れで、そこだけ別人みたいになっている。
おいおい、まさか本当に乳首開発するつもりかよ、お前……。
呆れている俺を知らぬ様子で、野瀬はいきなり俺のパンツの中に手を突っ込んでくる。思わず「ぎゃぁぁ!」と叫んだ俺がド突いても「アイテッ」というばかりだ。
そのままパンツの中でヌチヌチと先端を捏ねくり回され、俺の体は折れる。急激に波が来ている。
「うわ、グチャグチャ。畑さん、ここ緩いですね」
「うっせ! 年だよ!」
「お漏らしみたい……でも、違いますよね」
引き抜いた手に着いたそれは僅かにねっとりとしている。明らかにお漏らしじゃないっての。
野瀬は俺のズボンをパンツごと引っこ抜く。そして自分も脱いで、同じように俺の上に陣取ってしまう。そうして俺のちんこを握り込んで、上下に扱き始めた。
「っ!! まっ……バカぁ!」
「限界ですか?」
「近いから……もっ、やめぇ!」
急に重く痺れる腰骨と、腹の底が熱くなる感覚。俺はそれに耐えながら野瀬の背中を叩く。ここはリビングのソファーで、明るくて、そんな中で大人の男が二人真っ裸で抱き合って。ただの変態だろうが。
でも、そんな事を思えないくらいに切羽詰まってくる。腕を突っ張るにも、限界がきている。
「あぁ、はぁ……野瀬ぇ」
「俺のも触ってください、畑さん」
俺の片手を掴んだ野瀬が、俺の手に二人分のものを握らせ、上下に動かしていく。二人分の手と、擦れ合うものと。これは、ヤバい。
「あっっ、くそ…………はぁぁ!」
「あっ、気持ちいい……畑さん」
「や、もっ……イッ……くぅぅ!」
目の裏がチカチカして、弾けるように腰が浮いた。腹に散ったのは二人分の精液で、手はドロドロに汚れている。それでも二人ともなかなか収まらない。
野瀬からされるキスが熱い。俺も、それに合わせた。気持ち良くて、まだ熱くて。犬みたいに息を乱しながら求める事に嫌悪も違和感もなく、ただただこいつが可愛い。
「……畑さん、続きが欲しいです」
「ダメ?」と問いかけるくせに、こいつは俺に選択肢を与えていない。俺がダメと言ってもこいつはこの先をするだろう。何がダメかって、俺に拒む気持ちがないことだろうな。
「んっ、優しくしろよ。労れ」
「はい」
いい男の顔をして、野瀬が俺を抱き上げる。急に視線が上がって驚いた俺は不安定なお姫様抱っこに慌ててしがみついた。
「降ろせ!」
「大丈夫です。絶対に落としませんから」
「信じて。ね?」と言いながら、野瀬は寝室に俺を運んで丁寧にベッドに降ろす。暗い中、こいつの鋭い視線だけが光って見える。
仕切り直しのキスは甘くて熱い。俺も上は脱いでしまって、肌と肌が直接触れている。くすぐったいような、疼くような感覚だ。
「触って、いいですか?」
今更それを聞くのか? とっくに暴いた後だろうよ。
それでもお伺いを立ててくるこいつはしおらしくて気に入った。こういう抱き方だって、できるんだろうが。
「こいよ」
サイドボードからローションを出して、今度はちゃんと温めてから使うが……慣れねぇ。やっぱり違和感が強い。それでも痛くないのは、多分羽鳥が定期的に腸デトックスを強いるからだろう。アレも慣れないが。
「柔らかいですね」
「嬉しくねぇ……っ」
「辛くないですか?」
「違和感凄い……」
「気持ち良くしますから」
そう言って、野瀬は指を中で曲げる。途端、痺れたような感覚が腹の中にも響いた。これは、あれだ。
「それ、やっ……め」
「敏感ですよね、畑さん。最初からここ、気持ちいいでしょ?」
「知らなっ! んぁあ!」
グリグリされるとおかしくなりそうだ。頭の中をドロドロに溶かされるような快楽は俺には強すぎる。ここを押されるととにかく波が押し寄せて腹の中が締まる感じがする。出したばっかで出ないってのに、無理矢理出そうとしてるみたいで。
野瀬は分かっているのかいないのか、指を二本に増やして入口を解し始めている。こいつの節のある指が出入りする違和感はあるが、痛かったり抵抗があったりはしていない。強いて言うなら、下の世話をされるくらい恥ずかしい。
「も、いいだろ? これ、嫌だ」
「また切れちゃいますよ。好きな人に痛い思いはさせたくないんで」
「どの口が言ってんだお前っ、前回散々だろうが」
「畑さんこそ、酷いですよ。噛むし、蹴るし」
「合意なしにやらかしたからだろうが!」
「合意してくれる見込み無いから襲ったんですよ」
「余計に悪いわ!」
俺が悪いみたいな様子で言ってるが、あれはお前が悪い! 許したが、俺は噛んだことも蹴った事も謝らねぇからな!
「あっ! あぐっ…………んぁあ!」
指が三本、ちゃんと分かる。中で広げられたり、捻るように出入りしたり。
「ここは俺の事、受け入れてくれてるんですけどね」
知らしめるようにされると腹が立つ。どうせ快楽にグズグズのズブズブなだらしなさだろうよ。仕方ないだろ、三十代をソロ活もままならない状況で過ごしたんだ。遅れてきたサル期みたいで俺も恥ずかしい!
「畑さん、今日は合意ですよね?」
……今更合意を求めるのは、ずるいだろ。
俺は黙ったけれど、野瀬は求めている。欲しがりの顔を見ながら、俺はそっぽを向いた。
「今日は、蹴ってないだろうが」
「はい! では、貰います」
「んっ…………っ! いっ……あぁ、くそっ!!」
指が抜けてぽっかりと空間が出来たような物足りなさ。けれど直ぐに与えられるものは強すぎる。野瀬を受け入れるそこは薄く引き延ばされて悲鳴を上げていて、俺も痛みにやや萎える感じもある。
それでも、嫌だなんて欠片もない。むしろ、何か満たされていくようでもある。
正面から頭を撫で回されながらのキスを受け入れる。必死に緩めようとしているのに、脳みそ溶けていく。あっという間に舌の感触を追うようになって、俺はそれだけに集中していた。
「畑さん、キス好きですよね」
「んっ」
「全部、入りましたよ。気づいてました?」
「え!」
指摘されて感じたのは、自分よりも熱いものが腹の中を一杯に広げていること。尻の穴に触れる下生えの熱さとか。
野瀬は笑っているけれど、随分とセクシーだ。しっとりと濡れた肌と、熱を孕む視線、俺が馴染むまで動かないままだが確かに感じる楔。
それが少し引かれ、ゆっくりと中を穿つ。緩慢な動きは存在をよりしっかりと植え付けるようで、俺は気持ちよさと切なさを感じてギュッと野瀬の背に腕を回した。
感情を植え付ける、気持ちを確かめる。それだけの行為。だからこそ、純粋なものでもある。俺も野瀬もわりと大人で、それなりに穢れてもいる。けれどここにあるのは互いの想いをぶつけて交わらせる、たったそれだけの穢れのない感情だ。
「畑さん」
感情を殺すように日常を過ごす野瀬の、欲情に濡れた顔。これを知るのは、俺だけ。
「んっ! あっ、奥は……きっ!」
おっさんを自覚して、枯れたように生きてきた俺の熱を知るのは、こいつだけ。
恋と言うほど甘酸っぱくはなくて、愛と呼ぶほど情熱的でもないだろう。それでもこうして抱き合う時に、俺はこいつを独占して安心したりしている。
叩きつけるように腰を進め、快楽を互いに貪って、でもそれ以上に体以外のものが欲しくて、確かめるように抱き合っている。
「野瀬……んぅ!!」
「畑さん、イッ!」
「あっ、はぁぁ! んっぁああぁぁ!」
ビリビリと痛いくらいの射精と、腹の中から湧き上がるような快楽に体が跳ねる。野瀬が俺の体を抱きしめて、俺の中で果てるのを感じる。マーキングのように何度も何度も、ゴムも付けてるってのに奥に奥にと腰を入れて、隙間もないほど抱きしめ合ってぐちゃぐちゃなキスをする。
息も乱れっぱなしで苦しいのに、止める気はなくむしろもっとと思いながら、汗ばむ体を離さない。
「畑さん、好きです」
熱っぽい声で言う野瀬を、俺は鼻先が触れそうな距離で見つめて笑った。
「ん、俺も……」
――お前の事が、好きだよ。
END
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