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おまけ1:そうだ、遊園地に行こう。(一ノ瀬一樹編)

 大学生活は自由で気まま。というのは、ごく一部の人間の言い分だ。おそらくこれを本気で言っている人間はとりあえず大学に来たのだろう。羨ましい限りだ。  大学一年の初冬、俺こと一ノ瀬一樹はうんざりな友人や先輩にそろそろ縁切りを考えていた。 「一ノ瀬さ~。クリスマス一人じゃん?」 「はぁ」 「飲みの会場に使っていい?」  スマホを弄りながらこちらに視線すら向けない一年上の先輩に、俺は青筋を立てる。これが初めてというなら考えなくもない。一人暮らしだし、予定もない。が、この先輩はとにかく人を呼びたがる。先輩の友達までなら可愛いもので、友達の友達とか、友達の友達の友達ともなるともう他人だ。そんな人間を部屋に上げるつもりはない。  何より大騒ぎするから大家に怒られて平謝りすることになるんだ。 「あ…………実家に呼ばれると思うんで、パスでお願いします」 「えー、お前の実家って近いんだっけ?」 「そうですね。それほどは離れてませんけど」 「じゃ、行こうかなー」  ……来たいというなら喜んで招待しよう。少し家の奴らに肝を冷やせばいい。バカ騒ぎなんてしてみろ、黒服グラサンの厳ついのが何人も駆け込んできて「どうしやした、若!」と大騒ぎになるぞ。  という内心は、どうにか飲み込んだ。やりたいのはやまやまなんだが、その後が怖い。ある事無い事拡散されても面倒だ。 「うち、めっちゃ厳しいんで騒げないっすよ」 「えー。んじゃ、パスで」  人生平穏に何事もなく過ごしたいなら、それがいいんだろう。  それにしても周囲にこういうパリピがいると甚だ迷惑だ。  俺の家族は祖父と祖母だけ。両親は十年ちょっと前に亡くなった。事故……ということになっている。  九歳で両親を亡くして祖父母に育てられた俺は当然のように、周囲に厳つい大人のいる生活になった。何せ祖父は一ノ瀬組の組頭だ。傘下の組も従える任侠一家の長である。  最初は慣れなかった事と、両親を亡くしたショックでずっと泣いていた。部屋から出る事もできなかった。そんな俺が元のような生活を取り戻す切っ掛けになったのは、一人の少女との出会いだった。  突然スマホが鳴り出し、液晶を見ると「日野小百合」とある。その名を見るだけで、とりあえず先輩の事を水に流せるから不思議だ。 「あ? どうした?」 「電話なんで出ます」 「えー、もしかして彼女とか」 「あぁ、将来の嫁です」  軽い感じで立ち上がりつつ言ったら、後で盛大に先輩がずっこけてゼミ室がざわついた。それも全部放置して、俺は通話可能な自販機前まで来て通話ボタンを押した。 「ごめん、遅くなって」 『ううん、全然。大学生って忙しいんだね』 「ん、そういう訳じゃないんだけどね。ゼミ室は通話ダメなんだよ。移動に時間かかった」 『なんだ、そういうことか!』  電話の先でコロコロと笑うのは、俺の人生を変えてくれた少女だ。  彼女は祖父のお気に入りだった部下の一人、畑さんの愛娘だった。どうやら籍は入れてなかったらしく、彼がムショに入った時に縁切りしたらしい。  当時、俺達はとても似ている年の近い子供だった。俺は両親を失い、彼女は父親と離れた。寂しい子供同士、仲良くなるのに時間はかからなかった。 「久しぶりだけど、どうした?」  最後に会ったのは俺が高校を卒業する年のクリスマス、懐かしい遊園地に行った。彼女も中学校最後だったし、俺は大学に入ると一人暮らししたいと言っていたから気軽にあえなくなる。その前にと。 『あのね、一樹くん! 私、お父さんに会えたよ!』 「え? お父さんって……畑さん?」 『そう! すっごくかっこよかった!』  興奮する彼女の嬉しそうな声に、俺はどこかほっとする。他人事だが、良かったと素直に思える。  畑さんは当時舎弟だった野瀬さんの身代わりにムショに入って、その後は過去と縁を切るように生きていると祖父に聞いている。  この頃にはもう小百合には日野さんという「パパ」がいた。そういうことに遠慮もしたんだろう。会わないし、彼女の母親にも連絡をあまり入れていなかったとか。  でも小百合はちゃんと当時を覚えていた。こっそり持っている写真をお財布に入れているのを知っている。会いたいと言っていたし、事情も分かってるからと言っていた。  でもそうなると、どうして会うことがあったんだろうか? 「でも、ずっと会えなかったんだろ?」 『あのね、私がどっかの組のボスみたいな人に攫われた時にね』 「あ゛ぁ゛?」  思わずドスの利いた声が出てしまった俺に、小百合は『本性出てるよ』と指摘する。咳払い一つした俺は今日祖父様にも連絡しようと思う。俺の女に手を出したとはいい度胸をしている。 『大丈夫、お父さんと京一お兄ちゃんにシメられてたから』 「野瀬さん自ら出てきたのかい?」 『そうなの! なんかね、とても親密そうだったよ。お父さんもちょっと可愛くてさ。あの二人、もしかしたら……』 「それ、娘の君としてはどういう気持ちなの?」  いや、可能性は高いけれど。  野瀬京一は祖父の腹心でもある若頭の息子で、俺の世代になったら俺の腹心についてくれるだろう人だ。稼ぎ頭で今一番若い幹部だが、その性格は意外と粘着質だとも思う。  十年、畑さんを待ち続けたらしい。そうか、掴まえたのか。 『うー、別にいいと思うよ。お父さん、嫌そうじゃなかったし。京一お兄ちゃん幸せそうだったしさ。ママにはパパがいるしね。独りぼっちじゃなくて良かったなって思う』 「君は懐が深いというか、器が大きいね」 『だって、ママの娘だもの』  確かに、彼女の母親もなかなか肝の据わった人だ。  でも、そういう風に見るのか。確かに大事な人がどこかで一人で生きているのは、想像すると寂しい気持ちになる。自分が側にいられないのなら、誰かが側にいて欲しいと願うものか。 『それでね! 今度の日曜日に一緒に遊園地行く約束したんだけれど』 「日野さんはいいって言ったのかい?」 『パパ? うん、大丈夫だったよ』  日野さんもぽやっとしているのに、懐の大きな人だ。  小百合の義理の父親になるが、その人もちょっと変わった人だ。ぽやっとした柔和な空気を持っていて、とても優しい。頼りなく見えて、ちゃんと決める所は決める。ロマンチックなプロポーズをしたらしく、小百合まで「あんなのがいい」と言い始める始末だ。 『それでね、その……一樹くんも一緒に来て欲しいんだけど……ダメ?』  この言い方だと、おそらく既に頭数に入っている。俺は笑って頷いた。 「予定ないからいいけど、畑さんはOKしたの? せっかくの親子水入らずなんじゃないの?」 『あちらは野瀬さんが一緒だから、ダブルデートなの』  ……これは、ツッコむべきなのかな? 『だってね、お父さん凄く緊張してたしね、私も何を話していいか分からなかったんだもん。だからお互い、緩衝地帯が必要かなって』 「俺は小百合の緩衝体になれるのかな?」 『勿論! お父さんも野瀬さんがいた方がいいと思うし』 「お互いに緊張しない相手が必要なんだね?」 『そういうこと!』  声が弾んでいる。見えないけれどきっと、とても嬉しそうに笑っているんだろう。  久しぶりに、会いたい気分だ。 「分かった。迎えに行くかい?」 『車は京一お兄ちゃんが出してくれるから、朝8時に家の前集合で』 「分かった」  野瀬さんの車か……スモークの掛かったハイエースとかじゃなければいいが。流石にそこは分かっているか。  約束をして、彼女の帰りの電車が来たというので通話を切った俺はほんの少し困って苦笑する。 「高校卒業するまでは我慢」  あと二年と少し。そうしたらとりあえず彼女にプロポーズをして、ご両親と畑さんにも挨拶をして、俺が大学を出たら婚約をしよう。そして彼女が大学を卒業したらちゃんと結婚の運びとしたい。  それまで忍耐が持てばいいのだが。  最悪な気分はあっという間に最高の気分に変わる。俺も現金なものだ。

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