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おまけ1:そうだ、遊園地に行こう。(日野祐馬編)

「ママ、バック貸してー」 「どれよー」 「えっと……」  朝早くからバタバタと動き回る小百合の表情はとても楽しそうだ。そして呆れながらも相手をしている沙也佳ちゃんもまた、どこか嬉しそうに見える。  今日、小百合は幼馴染みの一樹くんと、お世話になっていたという京一くん、そして実父と一緒に遊園地に行くそうだ。  十年ぶりに実の父と娘が再会したのは、一ヶ月程前。小百合の誘拐事件の際にだった。その時出張に出ていた僕が帰ってきてそれらの話を沙也佳ちゃんに聞いた時には肝が冷えた。  警察にと思ったが、もうそれ以上の制裁を受けていると沙也佳ちゃんが言ったので思いとどまらざるをえなかった。  彼女が元、反社会的組織の男性と事実婚状態であったことは知っている。それを知ったうえで結婚を申し込んだのだ。それでも、こうして自分たちの生活にそういう事が絡んでくると恐怖も覚えるし、戸惑ってしまう。  もっとどっしりと構えていなければと思うのに、どうしてもまごついてしまう。情けない限りだ。  そんな事から再会した二人は止まっていた時間を動かそうと、この度遊園地に行くことになったらしいのだが、流石に十年も間が開いてしまうと互いに気まずいらしく、その間を埋めるために幼馴染みの一樹くんと京一くんが同行するそうだ。  最初、この話を小百合からされた時は少しだが、複雑だった。あの子の父親になって四年程。まだ、ちゃんと父親が出来ているか分からない。年頃の娘でもあるし、正直自信がないのだ。  そこで実の父親と親交を深めたら……あっちの方がいいと言われてしまったら。  そんな不安が、無かったかと言われれば嘘になる。  それでも「行っておいで」と言ったのは、この狭量さを見透かされない為なんだと思う。 「パパ!」 「あっ、うん、なんだい?」  数回呼ばれていたのだろう。気づけば小百合がすぐ目の前にいた。可愛らしいベージュのチェックのショートパンツに黒のタイツ。上は薄手の白ニットに可愛らしいファーのついたコートを着て、小さな肩掛けバックを持っている。いつもよりもドレスアップして、薄らと化粧もした姿がなんだか目に染みる気がした。 「どう? 可愛い?」 「あぁ、可愛いよ」 「ほんと! よかった。久しぶりに一樹くんとデートだから、やっぱり可愛く見せないとね」 「……え?」  一樹くんを、意識して? 実父の畑さんではなく? 「お父さんに見せるんじゃなく?」 「畑さん? やだぁ、そんなわけないじゃん! 畑さんに足見せて得なんてないもん」  あっけらかんと笑う娘に呆然としていると、彼女はとても楽しそうに笑った。 「見せたい相手がいるからオシャレするのよ、パパ。女はどんな年齢だって、好きな人の前では可愛く綺麗でありたいんだから」 「あぁ……うん」  黒髪をアップにして、そこにピアスまでつけて。そんな娘の強かさを見たようで、僕は多少困惑気味だ。 「それより、今日は許してくれて有り難う。お小遣いまでくれて」 「あぁ。楽しんでおいで。畑くんに、よろしくね」 「うん!」  そうこうしていると、不意にインターホンが鳴る。そこには短い黒髪にキレのある顔立ちの男性が立っていて、とても緊張した顔をしていた。  この人が、小百合の父親で、沙也佳ちゃんの元旦那さん。僕とはまったくタイプの違う、とてもスマートで格好いい人だ。 『すみません、畑と申します。小百合さんを迎えにきました』 「今いきまーす!」  オートロックを解除した小百合が玄関口でブーツを履いて待ち構えていると、程なくして家のチャイムが鳴る。開けるとそこには、先程の男性が複雑な面持ちで立っていた。  この人も、複雑なのかもしれない。過失致死で刑務所に行っていたという彼が戻ってきたのは、二年前。沙也佳ちゃんはそのことを知っていたけれど、お互いに連絡は取らないようにしていた。切れてしまった縁を、この人も追おうとはしなかった。おそらく事件がなければずっと、この縁は再び結ばれる事はなかったのだろう。  そのくらいには、気を遣う人なんだ。今こうして僕に会うのは、僕と同じくらい気まずいのかもしれない。 「あの! ……畑、智則と申します」 「あっ、日野祐馬と申します。娘……小百合と沙也佳がお世話になりました」 「あぁ、いえ!! こちらの不手際に巻き込んでしまったようなもので。本当に、ご迷惑おかけしました」  お互いにペコペコと頭を下げていると、それを見ている小百合が大いに笑う。そして僕の首に抱きついて、頬にチュッと挨拶のようなキスをした。 「安心してね、パパ。ここが私のお家よ」  悪戯っぽく言う小百合。そしてそれを見る畑くんも微笑ましいような、安心したような顔をしている。  あぁ、そうか。この人の中ではもう、小百合は取り戻したい家族からは手が離れてしまったんだ。ただ穏やかに、幸せであるよう見守っていたい。そういう関係なんだ。  何人か、こうした顔をして小百合を見守っている人を知っている。一ノ瀬のおじ様と呼ばれている初老の男性と、京一くん。二人とも小百合の成長を影ながら見守り、何かあれば手を貸す。そういう感じの大人だった。  そこに一人、加わったに過ぎないのだ。 「それじゃ、行ってきます!」 「あぁ、気をつけるんだよ。畑さん、よろしくお願いします」 「はい、お預かりします。帰る前には一度連絡をいれますので」 「はい」  出かけていく娘を見送って、ドアが閉じる。そうして僕は恥ずかしく玄関口で沈んだ。 「祐馬さん?」 「沙也佳ちゃん、僕は嫉妬ばかりして不安になって、とても情けなくてかっこ悪い父親だね」  色んな想像ばかりをして、今の今まで疑って。沙也佳ちゃんも小百合も大丈夫と言っているのに信じ切れなくて。  でも、そんな僕を沙也佳ちゃんは笑って、ふんわりと抱きしめてくれた。 「許しただけでも十分、心の広いお父さんよ」 「でも……」 「普通は会わせないって言うもの。小百合も本当はとてもドキドキしていたのよ」 「……ダメって言って、心の狭いパパだと思われたくなかったんだ」  正直な所を伝えると、沙也佳ちゃんは笑って頷いてくれた。 「貴方は素敵なパパよ」 「そうかな?」 「優しくて心が広くて温かくて、文句なくいいパパで旦那様」 「自信ないよ。畑くん、とてもかっこよかったし」 「昔風に仕立てられたんだって、京一くんに」 「……僕も、ダイエットしようかな」 「必要ないわよ。私、祐馬さんの触り心地好き。太るのは健康上の心配があるけれど、無理に痩せる必要はないの」 「……恥ずかしくない?」 「全然!」  本当に、笑ってそう言ってくれる沙也佳ちゃんに、僕も自信なく笑う事ができる。 「さて、子供達は遊びに行って夜まで帰ってこないし。私たちも久しぶりにデートしない?」 「え?」 「見たい映画があるのよ。それに、貴方が見たがっていた美術展も。夜はディナーにしましょう」  そう言ってくれる沙也佳ちゃんに大きく頷いて、僕は彼女の手を取った。

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