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おまけ1:そうだ、遊園地に行こう。(畑智則編1)
緊張で吐きそうだ。
野瀬の、ごく普通のファミリーカー(レンタル)の助手席の窓を開けて、俺は到着前からぐったりしている。けれどまず、第一段階は突破した。
日野祐馬さん。沙也佳と小百合の今の家族にどうにか挨拶ができた。そして安心した。いい人そうだ。ちょっと頼りない感じはあったけれど、沙也佳があの性格だからきっとバランスが取れているんだろう。それに話によると、キメる時はキメるらしい。
でも、あの人がいい人なのは会う前から分かっていた。沙也佳はしっかり者で幸せそうで、小百合もちゃんと育っている。
俺はもう、余計な気なんて回さなくていいんだろうな。
「お父さん、大丈夫?」
後部座席の小百合が心配そうに聞いてくる。可愛く着飾って、本当に美人になったなぁ。
「大丈夫だよ、小百合ちゃん。この人、緊張で気持ち悪くなってるだけだから」
「野瀬!」
「良かったですね、ちゃんとご挨拶できて。偉かったので、ここからはご褒美ですよ」
隣の野瀬が運転しながらもチラリとこちらに目線を流す。一瞬……でも、なんだか褒められた気がする。
何がって、これにちょっと心動かされる自分がいるのがまずい。こいつと一緒に生活している今、見せられる色んな顔にいちいち反応していたらしんどい。そしてこれじゃマジ恋愛じゃないか。
「お父さんって、本当に京一お兄ちゃんが好きよね」
「え!」
「可愛い」
「ちっ、ちが!!」
とても朗らかに笑う娘のこれが俺には正直死刑宣告に聞こえる。知られるのはまずいだろ! だって、その……実の父親が年下の男を恋人になんて、多感なあの子に言えるわけがない。
野瀬は、これについては黙っている。言わない、ということなんだろう。
「そろそろ着きますよ」
小百合の隣に座っている一樹くんの声で顔を上げると、目的地のすぐ側まできていた。
ここはいつ来ても人が多い。小百合が小さかった頃もそうだった。あの頃は沙也佳が好きだったから、年に二回、誕生日にきていた。
入園時間三十分前に正面ゲートに来たというのに、既に列ができている。
「では皆様、準備はOK?」
そういう小百合は既に準備が整っている。頭には定番カチューシャ、首からは同じキャラのポーチ(中にチケットが入っていて取り出し簡単)。
そして何も言わずに一樹くんがそれとペアキャラのカチューシャとポーチを下げている。
なによりも驚くのが野瀬までもがそれに従いキャラクター帽子(おそらく帽子屋)を被って首からシンプルなチケットホルダーをつけている。
「お父さんのはこれから買おう! 私が選ぶ!」
「あ、いや!!」
「可愛いのにしようね!」
「……はい」
逆らってはいけないオーラが出た。
何にしてもまずは楽しもうということで、オープンと同時に中に入った。相変わらず、一歩入った途端に現実感が薄れる。ここから先は夢の国だと言いたげだ。
「まずはいつものか?」
「そうだね、待ち時間少ないうちに乗っちゃおうか」
一樹くんの言葉に小百合も頷き、俺は何故か野瀬に手を引かれてパークの奥へと向かっている。
「目的地決まってるのか?」
「まぁ、来たら定番の場所があるので」
「……はぁ?」
分からないけれど、活き活きと楽しそうに一樹くんと並んで歩く小百合を見るのはちょっと嬉しくて寂しい。不意に、「お父さん!」と呼んで手を繋いで歩いたのを思いだした。あの時はとても小さくて、乗り物も沢山は乗れなかったのに。すっかり大人になったんだな。
……なんて、思っていたのに……
「のわぁぁぁぁ!!」
「あははははははっ」
俺は何故かカッパを頭から着せられて、可愛い兎さんのアトラクションにぶち込まれ、現在凄い勢いで水面に向かって下っている。なんかふわっとした! 内臓気持ち悪い!!
そのままの勢いで水面に落ちた瞬間、頭から水をぶっかけられる勢い。なるほど、これはカッパが必要だ。
結果、俺は死んだ気分だ。
「大丈夫ですか?」
心配そうに野瀬が俺の手を引きながら歩いてくれる。が、俺はというとフラフラだ。
「らいじょうぶ」
「ダメですね。休みますか?」
「いや、だって小百合楽しそうだし」
とても楽しそうな娘の姿を見ると水を差したくない。そういう気分で歩いているのだが……何やら不穏な音がしている。
「でも、この流れは十中八九……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……きゃぁぁぁ!!
目の前には何やら高速で動くトロッコと、楽しげな悲鳴を上げる人々が……。
「マジか……」
俺は二度目の地獄を味わう事となった。
――
ダメだ、父親の威厳ってなに?? 何あの高速トロッコ。ぶん回されて怖い。速いの怖い。めっちゃ怖い!!
「大丈夫、お父さん?」
近くに座って項垂れたまま顔を上げられない。そういえば俺、絶叫ダメだった。高所恐怖症って程でもないけれど、あの内臓ぶわって浮く感じとか、掴まってないと振り回される感じとか苦手だった。
野瀬が冷たい飲み物を俺にくれて、飲み込んで、ちょっと落ち着いた。
「ごめん、なんか」
「ううん、私こそごめんね。お父さん、苦手だったんだね」
「あはは、情けないな……」
本当に、情けないな……。
「小百合ちゃん」
申し訳なさそうな小百合の肩を、野瀬が叩いて指を差している。さっきの絶叫のすぐ側、西部劇に出てきそうな場所を示しているように見えるけれど。
「あれ、やりません?」
「え? うん。でも私、あれ下手くそだよ?」
「アソコのクリアバッチ、欲しいんでしょ?」
「? うん」
「じゃあ、お父さんにおねだりしてみたら?」
「??」
俺は何の事か、まったく分からないままそこに行った。
そこは……平たく言えば射的みたいな場所だ。お金を入れて弾が十発。的に当ればいいらしい。
「これ、難しくて。弾十発全部が当ったら記念バッチが貰えるんだけどね」
「あぁ、これは俺も難しいです。半分当ればいいくらいでした」
「俺もあまり射撃は得意ではないので」
「ふーん」
けっこうリアルな重さがあるけれど、的はそんなに小さくない。動くけれどそれも決まったパターンだから、別に難しくはないけれど。
俺はコインを入れてライフルを構える。そして狙いやすい的を射貫いた。
「凄い!!」
小百合が隣ではしゃいだ声を上げる。でも……難しいのか?
二発目、三発目。雑然とした物の影にあるのは狙いにくいが難易度はそれほどでもない。まぁ、重さはあるから小百合は難しいんだろう。
「え……本当に凄いお父さん」
「……野瀬さん、この人現役復帰できますよね?」
「できるよ。君のお爺さんがだたの愛嬌のある無能を側に置くと思う? この人、立派なスナイパーなんだよ」
とっくに過去だし、俺はそういう仕事はしてないっての。当てたことはない。当るギリギリを攻めたことはあるけれど。
かくして無事に記念バッチを貰い、小百合に渡すともの凄く喜んで、「凄いお父さん!」を繰り返された。……ちょっとは、父親の威厳ってものを取り戻せただろうか。
その場を離れて歩いていると、不意に楽しげな音楽が流れてきた。見ればパレードが始まるようだった。
「あっ、パレードだ。ちょっと見ていこうよ」
既に人が多いけれど、立ち見なら十分見られる。一樹くんの隣で見ている小百合を見ていて、俺は昔を思いだして思わず野瀬の手を握ってしまった。
「どうしました?」
「ん。……小さな頃はこれ、見えなくてさ」
「小百合ちゃん?」
「そう。で、俺が肩車してやってたんだよな」
もう、必要ないな。十分見られるようになった。
急に感じる十年を、今になってひしひしと思う。手放したものは確かに、大きかったのかもしれない。今更、知りたくなかったな……。
ギュッと、野瀬が強く俺の手を握る。これを心強く思う俺は無言のまま、黙ってパレードを見ていた。
そこからは、けっこう穏やかだ。小百合が俺に白うさぎのモコモコな帽子を買って「お父さん可愛い!」を繰り返して、俺は少し恥ずかしいながらも野瀬に「ここだけです」と言われて。穏やかな乗り物は平気で俺も楽しんだ。そうしてレストランの予約時間になって、俺達はビュッフェ形式のレストランに入った。
「取ってきますから、休んでてください」
「悪い」
「小百合も待ってていい。取ってくるから」
「有り難う、一樹くん」
野瀬と一樹くんが色々取りに行ってくれて少し助かった。実はけっこう疲れた。
「京一お兄ちゃん、優しい」
「だよな」
あれで本職を知ったら驚くよな。
「お父さん」
「ん?」
「京一お兄ちゃんとは、どこまでいったの?」
「うっ! げほっ、ごほっ!」
思わず飲んでいた水でむせた。え、どこまで? え? えぇ!!
「小百合!?」
「恋人じゃないの?」
「恋……び、と……」
そうですと、言っていいのかこれ。
変な汗が出そう。え? 小百合はどうして平気な顔をしてるわけだ? え? これ隠してるつもりなの俺だけ? え? バレてる??
「いや、俺そんなんじゃ……」
「だってお父さん、京一お兄ちゃんの前では素直っぽいし。凄く頼りにしてるよね?」
「うっ」
「ママが言ってたけれど、お父さんってあまり人に弱みとか見せたくない、意地っ張りなんだって言ってたから」
「うぅ!」
「それなのに京一お兄ちゃんの前では素直に泣いたり出来るみたいだし、今も一緒に住んでるし、色々気を許してるからさ。もう付き合ってるんだと思ってたんだけど」
「……もっ、やめてぇ」
恥ずかしくてたまりません。はい……。
第一、そうなるとどうして平気な顔を。もしかして、気にしていない??
「小百合は、その……い、嫌じゃないのか? その、俺と野瀬が、あの」
「私? 全然」
あ、はい。本当に全然気にしてない顔してますね。むしろ「なんで?」と聞いてきそうですね、はい。
小百合はカラカラと笑うばかりで、俺の気苦労なんてまったく杞憂だったんだと言わんばかりだ。ほっとしたような……哀しいような。
「私ね、お父さんには幸せになってほしいの」
「え?」
「だって、一人は寂しいじゃない。私、知ってるよ」
その言葉に、ズキリと胸が痛んだ。一人にしてしまったのは、俺の責任。俺が……。
「もう、お父さん!」
「ふぎゃ!」
突然と頬をむぎゅっとつねられた俺は驚いて小百合を見てしまう。少し怒った顔をする小百合が、俺の鼻先を軽くぺしっとデコピンした。
「私は大丈夫! けっこう賑やかだったし、色んな人に助けてもらったから」
「あっ」
「お父さんにもそういう人がいたらいいなって、思うの。男とか、女とか、年とか関係なく。お父さんの事が大好きな人と幸せであればいいなって思うの」
……大人、だった。娘の方がよほど俺よりも考えが大人で、こんな俺の事を思ってくれていて。
ダメだ、泣くなよ。これ以上かっこ悪いところなんて見せられない。
「お父さんが幸せなら、私も嬉しい。だからさ、難しい事考えないで京一お兄ちゃんに甘えちゃっていいからね」
「ありがとう」
ギリ、泣かなかった俺は偉い。頑張ったよ、うん。
「ってことで!」
……ん?
「午後から少しの間、それぞれ分かれない?」
「ん?」
「私、一樹くんにどうしても『好き』くらい言わせたいのよ」
「え?」
「きっと私が卒業するまでは~、とか思ってるんだろうけれどね。でも、好きくらい言って欲しいじゃない」
「や、え?」
え? 小百合、本気で将来「姐さん!」と呼ばれたいわけか??
「だから! 少しの間だけそれぞれで動こう。お父さんも京一お兄ちゃんと二人きりデート、いいじゃない?」
「う、ん?」
結局押し切られるチョロい俺だった。
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