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おまけ1:そうだ、遊園地に行こう。(野瀬京一編)
畑さんと小百合ちゃんからの提案で、午後から夕飯の四時半までは自由時間になった。多少心配ではあるけれど、一樹くんが側にいるなら妙な事にはならないだろうし、なったとしたら直ぐに連絡がくるだろう。うちの奴らを数人、それとなく入れているから対処はできる。
それよりもだ! まさか畑さんと二人きりになれるなんて思っていなかった。
「なぁ、ここなんだ?」
それとなく歩いている中で畑さんが指さしたのは、このパークのお化け屋敷だ。お化け屋敷と言っても泣いている子なんて見たことがないし、自分で歩くのではなくライドに乗るタイプだ。勝手に進むから平気。しかも今はクリスマスバージョンになっている。
「お化け屋敷ですね」
「げ! パスパス!」
「いや、陽気なお化けのクリスマスパーティーですよ」
顔色を変える畑さんに、俺は慌てて付け加えた。もしかして……苦手?
それを知った俺の妄想ははち切れんばかりだ。これではありえないけれど、怖がって抱きついてきたりして。強がりを言いながらも震えていたり、手を強く握ってくれたり。
……だめだ、これは勃つ。
「もしかして、怖いんですか?」
「!」
「小さな子供でも泣いてる子なんて見たことありませんよ? 怖いんですか?」
煽ったのはそういう畑さんを見てみたかったから。まぁ、これでは期待なんてできないけれど。
畑さんはこれでプライドが高くて、かつ沸点が低い。バカにされると乗ってくれる。
「バカか! そんなの、怖くなんてない!」
「では、乗りましょうか」
にっこりと言った俺に畑さんは一瞬怯みながらも頷いて、一緒に中へと入った。
――結果
「……大丈夫ですか?」
「うっ……お化けいた」
「いえ、いませんから」
まさか、泣かれるとは思わなかった。
「だって、人が透けて消えたぞ!」
「演出です」
「水晶に生首!」
「演出です」
「乗ってたカートにも!」
「演出です!」
「途中カクカクして時々止まったし!」
「それは仕様です!」
こんなに怖がりとは思わなかった。そういえば過去、この人の側でホラーを見たことはなかった。あれは避けていたんだろう。
でも……言ってはなんだが、可愛い。再会した当初からは随分容姿も違っている。頬のラインも体も引き締まって、だらしなかった髪もちゃんとセットされて、髭なんて勿論ない。羽鳥がエステをさせているせいか、肌つやもいい。ギリ三十代でいけると思う。
そんな人が……ずっと憧れていた兄貴のこんな一面が見られるなんて、幸せだ。人目がなければすぐに抱き寄せてキスをしたい。
「もうお化け屋敷は入らない。絶対に入らない」
「どうしてそんなに苦手なんですか?」
「……俺の母親が、大好きだったんだ」
「?」
「ホラー。週に一度はホラー映画や怪奇ビデオをたらふく一緒に見せられた。遊園地は必ずお化け屋敷。夏ともなれば頼んでもないのに怖い話をしてきた」
「あ…………」
「お化けはいる。たぶんいる」
「……写真も嫌いですよね?」
「だって、映ってたら怖いだろ!!」
「はぁ……」
この人をこの世に生み出してくれたご両親には感謝しますが、このトラウマは正直どうなんでしょう? そのくせ一人暮らし平気なんだから凄いですよね。
でも、こんな所にいたのでは時間がもったいない。俺は立ち上がって、畑さんに手を差し伸べた。
「では次は、大きな船に乗りませんか?」
「へ? 船?」
「えぇ、本物ですよ。のんびりと、温かい飲み物を持って」
「あぁ、うん」
「そうしたら、人気のライドに乗りましょう。シューティングも楽しめますよ」
「いや、あれはなんていうか、昔の仕事だから……」
「でも、お好きでしょ? ゲームなら、いいではありませんか。貴方は一般人なんですから」
今年の冬は、ゲーム機でも買ってみようか。この人と二人で少し懐かしいゲームでもしたら、また違う顔が見られるだろうか。
本当に、空白になっていた十年が埋まっていく。思い出も、気持ちも、少しずつ。
「では、まずは船に」
「おう」
俺の手に掴まって立ち上がった畑さんの手を、そのまま繋いでいる。拒まれることもなく、とてもさりげなく。見れば隣の畑さんはほんの少し恥ずかしそうな顔をしていた。ちゃんと手を意識しているんだと分かる。
デートだから? だから、恋人っぽくしてくれている?
思うと愛おしくて、今すぐ攫ってしまいたくなる。小百合ちゃん達が明日学校でなければ理由をつけて今からホテルを取ったかもしれない。
近くのスタンドでホットチョコレートとコーヒーを買って船に乗り込み、人の少ない最上階デッキに出た。
「うわ、流石に冷えるか」
日の落ちるのが速くなった空は少しずつ暗くなる。まばらなベンチの一つに腰を下ろして、両手でホットチョコレートを包んで飲む人を見て、俺はキュンとする胸を押さえられない。
なんだ、その手。女子高生か? あざと可愛いのか!
「熱いですか?」
「あぁ、まぁ、少し」
ふーふーしながらチビチビ飲んでいる畑さんを今すぐにどうにかしたい衝動を、俺はぐっと抑える。今日は楽しいけれど、同時に苦行でもある。本当は何度も抱きしめたかった。
「あっ、出発する」
本格的な汽笛の音がして、ゆっくりと蒸気船が動き出す。子供みたいに目を輝かせた人がとても眩しく見えてしまう。
「すげぇ、本物だ」
「船、乗った事ないんですか?」
「無いな。飛行機も数えるくらいしかない。そんな長距離移動しないし、行く場所もないし」
「海外とかは?」
「ないない! 俺、英語無理だぜ」
今度、連れて行ってあげたいな。ゴタゴタした場所じゃなくて、ゆったりとした場所がいい。長閑な所を二人でのんびり、コテージでも貸し切って。
まずい、完全に夢が広がっている。まずは温泉辺りから誘ってみなければ。でも正月は何かと忙しいし……でも絶対に雪見風呂とかしたい!
「なぁ、あの真ん中の島も行けるのか?」
「えぇ、行けますよ。アスレチックとか、トレッキングができるはずです。子供向けですけれど」
「じゃあ、春か秋だな。流石に暗くなってくるし、今からじゃ遅い」
案外、体を動かすのが好きな人でしたね。
不意に、コトンと俺の肩に頭を乗せた畑さんにドキドキする。この人は俺の理性を試しているのだろうか。ならば残念! 既にギリギリいっぱいだ。
「小百合がさ」
「え?」
「俺とお前、付き合ってるのかって」
「……あぁ」
まぁ、彼女なら気づくでしょうね。なにせ一ノ瀬の本邸で怪しげな場面を見られてしまいましたし。聡いし、大人ですから。
でも、反対するような子ではないと思っている。むしろ応援するのではないかと。
「なんて、言っていましたか?」
「……俺に、幸せになってほしいって。大事な人と一緒に、寂しくない人生であればいいって」
「許してくれると?」
「うん」
……俺は、そっと畑さんの肩を抱いた。畑さんも、それに大人しく従ってくれる。
本当は、不安だったのを知っている。この人はノーマルだし、俺が特別だと言ってくれた。それでも、不安はあったんだ。昨夜なんて「俺とお前の関係がバレたらどうしよう」と悩んでいた。ベタベタしないからと言って来たのだ。
「幸せにしますよ」
「それ、俺のセリフだっての」
「では、幸せにして下さいね」
「……おう」
でも、実はもうとっくに幸せです。隣に貴方がいる、それだけで俺は幸せなんですよ、畑さん。
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