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おまけ1:そうだ、遊園地に行こう。(日野小百合編)
「よかったぁ……」
二人の様子をこっそりと聞いていた私は、安心したやら嬉しいやらで力が抜けて、登り口の階段下でへたり込んでしまった。だってお父さん達、よりにもよって階段側のベンチでこんな話してるんだもん。聞こえるよぉ。
たまたま船の乗り場にいるのを出向直前に見つけて追いかけて乗船した私は、二人のこんな密談を聞いてしまった。正直ちょっと羨ましいぞ、お父さん!
でも、安心したのも本当。私とママが堂々と側にいられないのは少し残念だけれど、京一お兄ちゃんが側にいるなら大丈夫。だって、京一お兄ちゃんのお父さんに対する気持ちは本物だって思えるから。
お父さんがいなくなった時、最初は訳が分からなくて不安で仕方が無かった。
でも、「大丈夫」と言って頑張るママを見たら、子供っぽく泣き叫ぶのは困らせてしまうと思った。私も、嘘でも「大丈夫」と言わないと頑張れないんだって、思った。
でもそんな時、助けてくれたのは京一お兄ちゃんだった。仕事で遅くなるママの代わりに迎えにきてくれたり、遊びに連れて行ってくれたり。多分、お金の面も沢山支援してくれた。
なのに、京一お兄ちゃんはママに「すみません」ばかり言う。お父さんの写真見ながら、泣きそうな顔をしていたのも知っている。それに、引っ越しの時にお父さんの服をいくつか持って行ったのも知ってる。
私には一ノ瀬のおじ様や一樹くん。それに今のパパもいてくれたから寂しい気持ちは薄れていったけれど、京一お兄ちゃんはずっと寂しいままなのを知っている。とても哀しい顔をしていたもの。
お父さんも、ずっと一人なんだって聞いて、それは寂しくないのかな? って思ってた。だから今、京一お兄ちゃんと恋人になって、優しい声で話すお父さんを見るとちょっと、嬉しい気持ちになってくる。ようやく、寂しくなくなったのかなって。
「小百合」
手を差し伸べてくれる一樹くんを見上げて、私は頷いてその手を取った。大きくて温かい、いつも私に差し伸べられる手。これに、私は昔から甘えてばかりいるな。
一樹くんは、私がお父さんと離れてとても寂しい時に出来たお友達だった。年上の一樹くんもその頃、両親を事故で亡くしたんだって。同じように不安で、寂しくて……だから私たちはお互いの前でだけはこの気持ちを隠さないと約束した。
沢山、話をした。一樹くんの両親の話、私のお父さんの話。一緒に遊びに行くようにもなって、とても楽しくて……慕う気持ちがいつのまにか恋心に変わったのは、中学校一年生か、そのくらいだった。
周りの友達に彼氏ができてきて憧れた気持ちもあったけれど、私の中で相手は一樹くんしかいなかった。
それは今も続いていて、会えないのが寂しいけれど、大学生になって一人暮らしをしていて、忙しい一樹くんに我が儘を言える年齢も過ぎているから、時々アプリでやり取りをする程度で我慢してきた。
でも…………何の約束もないまま待ち続けるのはやっぱり、少し不安で寂しいよ。
一樹くんに連れられて、私達は見つからない場所まできて座った。隣にはずっと一樹くんがいてくれて、なんだか小さな頃の思い出と重なった。
「なんか、子供の頃と変わらないね」
「ん?」
「覚えてる? 私達二人ではぐれちゃって、私が泣いたとき。一樹くん、船に乗ろうって言ってくれたよね?」
「あぁ、そんな事もあったな」
「ゆっくり船に乗ってる間に、きっと見つけてくれるって。あれ、嬉しかったし落ち着いたな」
泣きじゃくる私を船に乗せて、一樹くんはずっと隣にいてくれた。「大丈夫」って言ってくれて、手を握ってくれて。私が泣き止むまでいてくれた。船が元の場所に戻ったら、きっと皆いるって言ってくれて、その通りだった。
一樹くんは少し照れたのか、ふっと視線を外してしまう。案外シャイな部分があると思うけれど、今日はすぐに視線が戻ってきた。
「スマホ」
「え?」
「鳴ってないか?」
「えぇ?」
確かにバイブ音がしている気がしてカバンを漁ると、確かに鳴っていたみたいだ。しかもアプリ通話。開いて確認して、私は内心「げっ」と思ってしまった。
画面には「高田先輩」とある。部活の先輩でいい人なんだけど、今はタイミングが悪い。
「……誰、それ?」
「!」
隣で僅かに感じる低気圧。見れば凄く怪しむような目で一樹くんが見ている。
「えっと……部活の先輩」
「女の人?」
「あ……う~ん」
「……ふ~ん」
ニヤリとニヒルな笑いなんてどこで覚えたの一樹くん!
「あの、本当に親切でいい先輩なのよ! 教えるのも上手だし」
「その親切ないい先輩が、休みの日に通話って、どういう要件なんだろうな?」
「あ……えっとね……」
今度は私が視線を泳がせる番。でも更にタイミングは悪くて、ピコン! という音と共にメッセージが入った。
『この間の返事、聞いてもいい?』
「…………」
「…………」
ダメだー、アウトの奴だー。
完全に訝しむ一樹くんを見るとどうにも言い訳を思いつかない。でも逆に開き直ってくる。別に私はやましいことなんてない。本当に今はまだ先輩と後輩なんだから。
第一、ちゃんとした形を取ってくれない一樹くんにも問題ありだと思う。気持ちは……なんとなく伝わってるけれど。でも、それとこれとはまた話が別なんだから!
「付き合って欲しいって言われたの。返事は後でいいからって、ほぼ言い逃げ」
観念して言っても、一樹くんは黙ったまま。せっかくのデートが途端に気まずくなっていく。こんなはずじゃなかったのに……。
「返事、してないし。いい先輩だけど、お付き合いとか考えてない」
お願いだから何か言ってよ。責める言葉でもなんでもいいから。ただ、沈黙だけなんて重すぎる。
「第一、私今フリーだし!」
「え?」
キレ気味に言った一言に、何故か一樹くんは目を丸くする。私はそれに目を丸くした。
「え?」
「小百合、フリー?」
「でしょ。私、お付き合いして欲しいなんて言われてないし。好きとも言われてない。『待って』とは言われたけれど、察しはしたけれど、でも他は何にも言われてないもん!」
去年のクリスマス、やっぱりこのパークで言われたのは「待ってて」の一言だけ。私は勝手に卒業とかを待てって意味だと思ってたけれど、これは告白とは受け取らない。せめて「好き」の一言くらい欲しい。
何故か一樹くんの方が額に手をやっていたたまれない顔をしている。そのうちに船は乗り場に戻っていた。
「え……と……。船、着いたよ」
降りないの? と促すと、彼は私の手をグッと掴む。そして一言「一緒に来て」と言って歩き出してしまった。
そうして訪れたのはパーク内にある宝飾店。はっきり言って、他の土産屋さんとはランクがグンッ! と違う。勿論お値段も格段に違う!
一樹くんは私をショーケースの前に立たせる。そこにはゼロが他よりも一つ多いペアリングが沢山置いてある。パークのキャラを象った物が多いけれど、デザインは大人びたものから遊びの物まで色々だ。
「どれが好き?」
「え?」
「どれ?」
どれって……買うの! え!
「こんなの貰えない!」
「虫除け。あと、何かないと決まりが悪い」
「え……と……」
ダメだ、目が据わってる……。
こうなれば出来るだけ安いのにしよう。それでも高いけれど!
「あ……これ、とか?」
「却下。値段見なくていいから」
「そんなわけにいかないでしょ!」
「一番好きだと思うものじゃないと意味がない」
……そう、言われたら観念するしかない。
私が気に入ったのは、私の好きなキャラクターのモチーフである薔薇の彫り込みがされたペアリング。女性用はピンクゴールドで、男性用はシルバー。二つを合わせると綺麗なハートが浮かび上がる。
でもこれ、宝石がついてるようなのに比べたら安いけれど、それでも学生が気軽に持てる値段じゃなかった。
「これ?」
「あ!」
「これ、小百合が好きなアニメのだね。一緒に何度も見たっけ」
「……うん。怖い野獣と、綺麗なお姫様」
「これにしよう。すいません!」
「!」
直ぐに店員さんが来て、偶然にも二人ともサイズがあって、裏に刻印してくれるというのでしてもらう事にした。私のには「K→S」に、今日の日付。彼のにはその逆で「S→K」と、今日の日付。三十分程度でできるというのでお願いして、その間に「首から下げられるように」とピンクの石のついたネックレスまで買ってくれた。
そうして買った指輪を持って一樹くんが連れてきたのは、最近オープンしたお城の前。丁度、買った指輪のアニメの舞台となったお城だった。
「小百合」
「あ……」
向き合って、人目もあるのにとても真剣な目で見られて、私は動けなくなる。でも、いつまでもこの目を見ていたいと思えてしまう。
「本当は、君が卒業するまではと思っていたけれど、その間に他の誰かが一瞬でも、君の隣にいるのが嫌なんだ」
「……うん」
「だから、ちゃんと君の隣に俺が立ちたい」
それは、分かってるしそのつもりなんだけど。
「……欲しい言葉じゃ、ないよ」
言ってよ、ありふれた言葉だけどちゃんと。
訴える私の目を見て、一樹くんはとても柔らかく笑った。
「好きだよ。子供の頃からずっと、君だけが好きだ」
「!」
伝えられる甘い言葉がジワジワ染みてきて顔が熱くなってくる。嬉しいと、震えるものなのかもしれない。あと、泣きたくなる。
「こら、泣くなよ」
「だってぇ」
「……答え、聞かせて」
「勿論OK! こちらこそ、末永くお願いします!」
抱きついて、笑って、一樹くんも笑ってくれて、指輪を嵌めてもらって。これ、絶対に私の一生の宝物!
「君が高校卒業したら、ちゃんとご両親にご挨拶に行く。正式に、お付き合いしたいって」
「うん」
「俺が大学卒業して、ちゃんと就職したら婚約しよう」
「うん」
「君が大学卒業したら、結婚」
「……ねぇ、それずっと考えてたの?」
「あぁ」
「…………ちゃんと私にも、相談とかしてね?」
このままいくと家族計画まで自分一人で立てちゃいそう。
でも……。
「お付き合いは今日からスタートだからね、一樹くん!」
ここからが本当のデート開始です!
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