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おまけ1:そうだ、遊園地に行こう。(畑智則編2)

 約束の時間、予約している店の前で再会した小百合の手には別れ際にはなかったはずの指輪。それにいち早く反応した俺に、小百合は嬉しそうに笑った。 「お父さん、貰っちゃった」 「!!」  それは、つまり、あれであれであれか!!  パニックな俺。その前に一樹くんがスッと出てきて、丁寧に頭を下げた。 「畑さん」 「はひぃ!」 「小百合さんを必ず幸せにします。悲しませたりしません。どうか、俺達の仲を許してください」 ……………… ………………え? それってこんなドッキリ的なタイミングで言われる事なの??  俺はパニクっていた。いや、反対なわけじゃないけれど。ちょっと心配ではあるけれど! でもそんな、娘の恋路を邪魔するような悪い親父ではないつもりで。ってか、今は俺親父だって大声では言えない立場だし! 「あ、え? あの、えっと??」 「あ…………ちょっと時間ちょうだい。この人、今パニクってるから」  目は白黒、頭はパニックの俺を見かねて野瀬が助け船を出してくれる。俺は……いや、ちゃんと言わなきゃいけないんだけど! 「とりあえず、夕飯食べましょう。ね?」 「そうですね」  野瀬に背中を押されるようにして店の中に。俺はそれでもまだ言葉がないままだった。  楽しく夕食も食べたはず。でも俺は機会を逃したままで、なんだか飯の味も分からないまま今、夜のパレードを見るために座っている。一番いい場所は小百合と一樹くんに譲って、俺達は立ち見にした。 「……言いそびれました?」 「……ん」  察しているのか、野瀬は苦笑いで俺を見ている。そしてポンと、帽子越しの頭を撫でてきた。 「反対じゃないでしょ?」 「しないっての、そんな事。んなの……」  嬉しそうな小百合の顔を見たら、大事にされてるのが分かる。昼に俺に言ってきた今日の目標の何倍もいい事があったんだ。  それに一樹くんも、小百合の事を考えている。周りを見て、でもちゃんと小百合の事を見て気遣っていた。  任せていいんだ。それに、これを本当に判断するのは俺じゃなくて沙也佳と祐馬さんで。俺は……俺は……。 「……貴方からの許可を、真っ先に貰わなければと思ったそうですよ」 「え?」 「一樹くん。次はいつ会えるか分からないし。何より小百合ちゃんは今でも、貴方の事を大事な父親だと思っているから。貴方に祝って貰えなかったら、小百合ちゃんはきっと悲しむからって」 「あ……」  そんな事まで、考えてくれていたのか?  胸の底に沈む痛みは、それの何倍も小百合や沙也佳が感じていた。これを俺が、痛いと言ったらいけない気がしている。俺の勝手だったんだ。 「……結婚式、行かなきゃダメですよ」 「どの面下げてだよ」 「お父さんでしょ?」 「祐馬さんに義理立たないし、相手も訳わかんないだろ」 「いや、相手一ノ瀬のオヤジさんですから分かりますって。拒んだらきっと、一ノ瀬組の兄貴達が総出で連れに来ますよ」 「……コエェ」 「でしょ? だから、いいんですよ。それと、泣くのは今ではありませんからね」  伏せた俺の顔を見ないのに、野瀬は今の俺を分かっている。俺は……。 「良かったなって、言わなきゃ」 「えぇ」 「一樹くんにも、お願いしますって」 「お父さん頑張らないとですよ」 「うっ、ん」  離れて正解だった、こんな顔見せられない。今日はずっと情けない父親だったから、更にこれじゃ格好がつかない。  煌びやかなパレードの半分を俺は見逃した。でもその半分ずっと、俺の頭に乗せられた温かい手を感じていられた。  大きなメインツリーの前で集合。花火が打ち上がる前に合流できて、俺はグッと腹に力を入れた。 「お父さん遅い!」 「悪い! あっ、えっと……」  始めが出てこない。その俺の手にある物を、野瀬がツンツンと示す。不格好だけど、俺は言葉が足りないからこれでいいんだ。  小百合と一樹くんの前に、俺はペアのぬいぐるみを出した。クリスマス限定のそれは恋人の設定で、やっぱり恋人達に人気なんだという。 「お父さん……」 「その……言葉足らずでさ、俺。だから、その……おめでとう、小百合」 「! 有り難う!」 「一樹くんも、その……小百合を、よろしく」 「はい。有り難うございます、畑さん」  俺の手からぬいぐるみを受け取った二人の嬉しそうな顔を見たら、一目瞭然だ。きっと、この二人なら大丈夫だ。 「さっ、お土産買って……」 「その前に写真撮ろう! 今日の記念に」  小百合の提案でメインツリーの前。パークのお姉さんがスマホで撮ってくれたものを共有した。  写真の中の小百合は一樹くんと腕を組んで嬉しそうで、そんな小百合を見る一樹くんの表情も優しげで柔らかい。そして俺を見る野瀬の目も、驚くくらい優しい。  こいつはいつも、俺をこんな目で見ていたのだろうか。こんな、とても甘くて穏やかな目で。画面越しだってこんなの、ただの友達とは言えない。俺は、ずっとこんな風に見られていた?  意識したら恥ずかしくなって、心臓が五月蠅い。 「お父さん、お土産買うよ!」 「あっ、おう!」  何歩も先を行く小百合の声に反応した俺が前に踏み出す。その腕が不意に後から掴まれ、振り向いた。 ドォォォン!  大きな花火が打ち上がり、周囲の視線が空へと惹きつけられる中。俺の目は目の前の酷く甘い男の視線と夜空。感じているのは、はっきりと残る唇の触れた感触だけ。 「……へ?」 「さて、お土産買いましょうか」 「え? いや……え!」  悪戯な笑みを浮かべる野瀬がさっさと逃げに転じる。何事かを理解した俺は体中が熱くて、同時にふつふつと湧くものもあって、野瀬を睨んで追いかけていった。

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