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おかわり・クリスマスプレゼント

 クリスマス当日、テーブルセッティングをしながら野瀬の帰りを待っている。予定では二十時には帰るとのことだ。案外早い。まぁ、今日の為に最近忙しくして頑張っていたからな。  チキンよし、パイシチューも焼き上がる。ケーキは既に出来て冷蔵庫の中。ブルスケッタは盛り付けるだけで、物は出来ている。  それに、キッチンにこっそり隠した物も再度確認して隠し直した所で、玄関の開く音がした。 「うわぁ、いい匂い」 「お帰り。手洗って着替えてこいよ」 「ただいま、畑さん。これ、約束の」 「マジかよ……」  野瀬の手には明らかに高そうな黒い紙袋。中を開けると重量のある立派な箱だ。 「いいの選んできたんで、楽しみにしててくださいね」 「冷やしとくわ」  受け取って、野瀬が色々済ませている間に盛り付けを終わらせる。チキンレックに飾りの持ち手をつけて、クリスマス用のテーブルセッティングにシャンパングラスを置く。氷を入れたバケツの中にシャンパンを差し込み、焼き上がったパイシチューを出し、ブルスケッタの上にトッピングをする。生ハムとアボガド、オリーブオイルとニンニクで和えたシュリンプ、クリームチーズとブルーベリー。彩りも気にしたから、いい出来だ。  それらを出した所で野瀬が着替えを終えて近づいて、テーブルの上を見て子供みたいに目を輝かせた。 「凄い」 「一応プロだっての」 「うちで働きません?」 「嫌だ。人の下に付くのは今更合わないし、だからって沢山の人を動かすのも面倒。一人か二人が丁度いいんだ」 「勿体ない。とりあえず、写真撮っていいですか?」 「好きにしろ。あっ、それならケーキも出すか?」  俺は冷蔵庫から仕上げたケーキをテーブルの真ん中に持ってくる。苺のショートケーキだが、飾りは拘った。ホイップで縁を綺麗に飾り、真ん中には頑張って立体に作ったクッキーの家。苺とメレンゲ菓子で作ったサンタクロースの側には市販のトナカイがいて、クリスマスツリーとプレゼントはアイシングクッキーだ。 「これ、作ったんですか!」 「頑張ったんだぞ。まぁ、ちょっと可愛すぎるけれどな」 「凄い……嬉しいです」  色んな角度から料理の写真を撮る野瀬はとても満足そうだ。こいつのこの顔が見たくて数日前から頑張っていたから、甲斐があったってもんだ。 「食べるの勿体ないですね」 「料理ってのは食べる為にあるんだよ。食わない方が失礼だ」  席について、野瀬がドンペリの栓を抜いて俺のグラスに注いで、乾杯をした。人生初のバカ高いだろうシャンパンを飲み込んだが……正直、何が高いのかよく分からない。シャンパンなんて普段飲まないし……。でも、美味いのは確かだ。 「レックチキン、美味しい。柔らかくて、肉汁もしっかり。臭みもないし」 「酒と生姜で漬けてあるんだよ。臭みを抜くし、生姜が肉を柔らかくする」 「パイシチューも、優しい味です」 「シチューもパイシートもまだあるから、明日も食えるぞ」 「明日の朝いただきます」  ホクホクと嬉しそうに食う野瀬を見ると、頑張ったのも報われる。こいつ、本当に嬉しそうに飯を食うんだ。その分嫌いな物は分かりやすい。眉が寄る。多分、酢の物が嫌いだ。  そして、子供っぽい食べ物が好きだ。シチューは甘め、オシャレな盛り付けよりも分かりやすい色使いが好き。多分、小さい頃から大人の中で生活していた反動なんだろう。あと、洋食が好き。  一通り食べて、ケーキを切り分けた。一度上のデコレーションを丁寧に外して切り分けてから、別にしておいた苺を改めて乗せて、デコレーションは脇に添えた。野瀬のには約束通り、苺のサンタを添えておいた。 「こういうの、食べられないんですよね。可愛くて」 「ヤのつくご職業が何言ってんだよ」 「だって、勿体なくないですか? せっかく可愛いのに」 「食わずに腐らす方が可哀想だろうが」 「分かってますけれど」  変な所で子供だよな、野瀬は。  二人でケーキを食べ終えても、野瀬はまだ苺サンタを見つめている。 「服と帽子が苺で、顔はメレンゲなんですね」 「ん」 「顔も描いてある。チョコペン?」 「そう」 「帽子や服の雪は粉砂糖だ」  指で摘まんでしげしげと見つめた後、ようやく食べた野瀬は美味しそうな顔をしている。本当に、こいつの食ってる顔はいつまでも見てられるな。 「ご馳走様でした」 「おそまつさんでした」  礼儀正しくそう言って、下げるのを手伝ってくれる。俺はその間に洗い物をしてしまう。まぁ、下洗いして食洗機にぶち込むだけなんだが。 「風呂にするか?」 「あっ、いえ。今日はその前に」  リビングに置きっぱなしにしているカバンから、野瀬は何かをゴソゴソと取り出す。そうして出てきたのは手の平に収まるくらいの黒い小さな箱だった。シルバーのリボンを丁寧にかけた、いかにも高そうなやつ。 「クリスマスプレゼント」 「え」  ……あのドンペリがプレゼントじゃねぇのかよ。  本日二度目の高そうな箱登場。ニコニコと嬉しそうな野瀬を見ると、遠慮したら悲しむんだろうと受け取った。現金じゃないだけ受け取り安いしな。  それにしてもこれ、指輪か? 俺は料理するから指輪は困る。邪魔だし、かといって外したら無くしちゃいそうだし。  ドキドキしながら箱を開けると、出てきたのは片耳用のピアスだった。シルバーのフープピアスで、表面はカッティングされていて不規則な感じがする。嬉しい事に針は真っ直ぐで付けやすくなっている。曲がってるのはどうにも付けにくい。  でもこれなら、普段使いもできる。あまり大きくないし、デザインもシンプルだから。  そう思って見ていると、側面に何か刻まれているのを見つけ、それを見て妙に心臓が跳ねた。シルバーに小さな文字、普通はブランド名とか思うだろう? 違った。そこには控えめに『N.Kyouiti→』とある。 「おま!」  見ると、ニヤリと笑ったあいつが降ろしている髪を梳き上げる。そこには同じデザインのピアスが一つはまっていて、しかも側面には『H.Tomonori←』とある。  完全なるマーキングかよ……。 「付けてあげましょうか?」 「いや」 「付けさせて下さい」  俺の手から箱を取って、中を手に取る。そして馬鹿丁寧に俺の耳にピアスをはめ込む。息が触れるほど近い距離で、まるで結婚指輪を嵌めるように厳かに。そんな風にされると俺は困る。酷く、心臓が五月蠅い。 「似合いますよ、畑さん」 「!」  耳に吹き込むように囁かれる言葉にビクリと首が縮む。くすぐったいし、変な気分になる。こいつが俺に触れるようになって、俺はドンドン弱くなっている。  顔を包むように触れる手つきは柔らかい。とても近い目は優しく微笑まれている。こいつのこんな甘い目を知ったのは、最近の事。多分羽鳥だって、こんな野瀬を知らない。  当然のように重なる唇は、ひどく甘ったるくて優しくて、もどかしいくらいだ。多分、気持ちに余裕があるんだろうな。  離れた唇、とても近い距離。気恥ずかしくて俺はこいつの顔を見られない。視線を外す俺を、野瀬は嬉しそうに見ている。  いたたまれなくて、「あっ、そうだ!」とバカみたいに声を張って、俺はその場から逃げるようにキッチンに行く。そしてシンクの下にこっそり隠していた包みを野瀬に押しつけるように渡した。 「え?」 「なんだよ」 「だって、これ……」 「クリスマスなんだから、用意くらいしてるだろ」  俺からプレゼントなんて想像もしていなかったのか、野瀬は凄く驚いた顔をしている。その驚きが終わったら、次は照れたように顔を赤くする。目が、輝くんだよな。 「開けていいですか!」 「いいんじゃないか」  お前にやるんだから、他の誰が開けるんだよ。……いや、こいつなら「勿体ない」と言って開けずに取っておく可能性もなきにしもあらずか。  包みを開けた野瀬が嬉しそうに中身を手にする。黒にダークグレーのラインの入った細身のネクタイと、シルバーのタイピン。光沢のある部分と、曲線に切り取られたマットな部分。普段使いならこういうのが使いやすいだろうと思った。  こいつは普段からネクタイを使うから、何がいいか考えた時に真っ先に浮かんだ。  ちょっと、恥ずかしくもある。こいつが俺の選んだ物を使うのを想像すると、ちょっと優越感がある。 「有り難うございます。凄く嬉しい」 「ん。まぁ、使ってくれれば」 「……使うの、勿体ない」 「言うと思った。でも使え」 「……ねぇ、畑さん。相手にネクタイを贈る意味って、知ってます?」 「?」  ……そりゃ、使って欲しいからだろ。  そのくらいにしか考えていない俺に笑いかけて、野瀬はニンマリと笑う。ろくでもないことを考えている時の顔だ。 「『相手を束縛したい』という意味があるそうですよ」 「!!」  言われて、ブワッとなった。知らない! そんな事意識して買ったんじゃない! 俺は本当にお前に付けてもらえるものって思っただけで。 「畑さん」 「!」  近づいて触れる手つきはさっきとは違って官能を擽るような指使い。見つめる視線にも熱が籠もっている。  今日も、夜はまだ長いよな……。 「俺の事、束縛してくれますか?」  したいのはお前だろうが、まったく。……でも、嫌じゃないんだよな、これが。 おしまい。

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